第88話:洩らされた神の機密と、壁のクジラ
「実は、空を飛ぶ魔道具を『100体』作って欲しいのです」
キルアの提示した具体的な数字に、
シバはソロバンを止めて目を細めた。
「……それを、一体何に使うんでっか?
まさか、どこぞの国を攻める武器として
使わはるんやないでしょうね?」
「まさか! 私は純粋に『輸送』に使いたいのです。
そもそも、空を飛ぶだけの魔道具が、一体どうやって
武器などになるというのですか?」
「いえいえ、ウチらはただの一般の人間ですので、
武器の使い道なんて分かりまへんのですわ」
シバは愛想笑いを浮かべながら適当に受け流す。
横では、頼まれた魔道具が人殺しの武器として
使われないと知り、オトハが「よかったー」と
胸を撫で下ろしていた。
「できれば、一度に多くの物資を運べるようにしたいのです。
可能になれば、過酷な前線の舞台や貧しい村々に、食料や衣類、
そして何より『薬』を迅速に運ぶことができますから」
「なるほどな。
……ちなみに、どれくらいの大きさを想定してます?」
「そうですね……。
この作業場が丸ごと入るくらいの『コンテナ』を
吊り下げて運べると助かるのですが」
この工房の作業場は、およそ20畳ほどの広さがある。
人間たちの世界で言えば、大型のトレーラーが丸ごと
一台すっぽり入るほどの規格外の大きさだ。
「どうでっか? オトハちゃん、できそう?」
シバに話を振られ、
オトハは人指し指を顎に当ててうーんと考えた。
「うーん、実際に試してみないと細かいところは分かりませんが
……たぶん、大丈夫じゃないでしょうか!」
「おお……! 相談して本当に良かった!
これで兵士たちや村人たちに、ようやく十分な薬が行き渡る……!
最高の魔道具を、どうか頼みましたよ、オトハさん!」
キルアは目の前の少女たちが、自分の言葉をただ純粋に信じている
一般人だと完全に思い込み、すっかり気を許してしまっていた。
彼は満足感に満ちた顔で、意気揚々と帰路に就いた。
――帰る間際、キルアはオトハたちに、
彼らの本国が誇る移動手段『光の柱』の仕組みについて、
世間話の延長で自慢げに語っていった。
キルアの説明によれば、光の柱とは、光の密度を極限まで
高めたチューブに包まれた「道」なのだという。
外から見ればただの光の奔流だが、その内部は、
驚くほど穏やかな草原をただ歩いているかのような
広い空間が広がっているらしい。
そして何より重要なのは、光の密度を極限まで高めることで、
内部と外部の空間を「完全に遮断」している点だ。
この遮断は、なんと【時間の概念】すら拒絶する。
光の道の中に入った者は通常通り動けるが、
外の世界から見れば、内部の時間は完全に停止しているのだ。
だからこそ、どれほど離れた距離であっても、
外からは一瞬で移動したかのような『瞬間移動』に見える――。
いつものキルアなら、これほどの軍事機密を口にすることはない。
オトハに対する信頼と、空飛ぶコンテナの可能性が見えたことで、
重い口を軽くしてしまったのだ。
キルアが去った後、工房の薄暗がりの中で、
シバの細い目がギラリと小さく光った。
(光の密度で空間と時間を遮断する道、か……。
ええ情報もろたわ。隊長はん、一般人相手やと思って、
ちょっと油断しすぎやで?)
そして、次の日の午後3時。
いつものように手土産を持って鍛冶屋を訪れたキルアは、
工房の入り口で呆然と足を止めた。
「……オトハさん。これは、一体何ですか?」
キルアが指差した先――工房の木壁の一面には、
炭を使って巨大な【クジラ】の絵が大雑把に書き殴られていた。
どう見ても、小さな子供が泥遊びのついでに描いた、
ひどく下手くそないたずら書きにしか見えない。
「あ、たいちょーさん! これですか?
昨日頼まれた、空飛ぶ乗り物の設計図ですよー!
おっきくて、いっぱい荷物が積めるんです!」
オトハは鼻の頭に炭をつけたまま、
満面の笑みで胸を張った。
キルアは「ははは、なるほど。可愛いクジラですね」と
笑って受け流した。
――しかし、この時のキルアはまだ知る由もなかった。
オトハのチート知識によって具現化される
この『下手くそなクジラ』が、この後、天界の軍事バランスを
根底から引っっくり返し、彼自身の運命をも激変させる
恐怖の空中戦艦になるということを。




