第87話:禁忌の魔道具と、天使将軍の甘い隠し事
「オトハさん、こんにちは」
午後の3時になると、決まって天使キルアが
辺境の鍛冶屋に顔を出すようになった。
ここ最近の彼のルーティンである。
「たいちょーさん、こんにちわー!」
「今日は、このようなものを持ってきましたよ」
キルアが掲げた手には、
天界の特製ババロア風タルトが乗っていた。
――ゴクリ。
思わずオトハの喉が大きく鳴る。
次の瞬間、彼女の目は完全に「飢えた野獣」のそれへと変貌し、
視線はタルトへ寸分の狂いもなくロックオンされた。
「実は今日、少しオトハさんにお願いしたい
魔道具のオーダーがありまして……」
キルアは真面目な顔で本題を切り出したが、
オトハの耳には一文字も届いていない。
完全に脳内がババロアに支配されている。
「あのー……。オトハさん? 聞いていますか?」
「隊長はん、それじゃオトハちゃんの食欲から
目を離すことなんてできへんですわ」
作業場の横で、パチパチとソロバンを叩きながら
売上帳簿をつけていたシバ(ユヅキ)が、困り果てている
キルアを見かねて苦笑交じりに助け船を出した。
「あぁ、シバさん。そうでしたね……順番を間違えました」
キルアは苦笑いしながら満面の笑みでシバを振り返ると、
今度は懐から、古びているが神聖な輝きを放つ
一つのロザリオを取り出した。
「実は、このロザリオなのですが……。
もし、私の願いを叶えてくださるのなら、これをお貸ししても
いいと思っているのです」
ロザリオを見た瞬間、オトハの目の色が変わった。
「このロザリオは不思議なことに――
持ち主の『魔法適性』を、後天的に一つだけ
増やすことができるのですよ」
「やります!」
「買います!」
間髪入れず、オトハとシバの声が完璧に重なった。
オトハは見たことがない未知の魔道具であれば、
どんなエサにでも秒速で釣られる。
しかし、シバ――ユヅキにとって、この魔道具の持つ意味は
オトハの知的好奇心を遥かに凌駕していた。
なぜなら、この世界(地球側)では誰も考えたことすらなく、
天界でも禁忌とされる【魔法適性の追加】というバケモノ級の能力だからだ。
魔法適性の追加。
それはすなわち、魔力を持たざる者が持てば、
無から魔力を得ることを意味する。
魔力なしのハンデを背負うユヅキにとっては、
文字通り喉から手が出るほど欲しい『奇跡の魔道具』だった。
一度の釣り針で二匹の大物を同時に釣り上げたキルアは、
愉快そうに大笑いした。
目の前の二人は、完全に目が据わっている。
「ふふふ、残念ながらこれは私の父から預かった
大切な形見ですので、お譲りすることはできません。
……しかし、『お貸しする』ことなら十分に可能ですよ?」
その言葉を聞いた瞬間、シバの瞳から一気に熱が引いた。
スンッ、といつもの冷静な商人の顔に戻る。
「……なるほど、お父上のものでしたら、
無理に買い取るわけにはいきまへんなぁ。
やったら、今回の権利はオトハちゃんに譲りますわ」
「やったーーー!
はやく、そのロザリオを貸してくださーーーい!」
大喜びで飛びつくオトハだったが、
キルアはそれをひょいと高く掲げて避けた。
「駄目です。きちんと私の願いを叶えてくれたら、お貸しします」
「やりますやります! 何でもやります!」
完全にエサに飛びつくアライグマ状態のオトハは、
キルアの手元に向けてぴょんぴょんと必死に跳ねているが、
悲しいかな身長が足りずに届かない。
「……それで、隊長はん。
その願いとやらは、一体どのようなものでっか?」
シバが冷ややかに笑いながら尋ねると、
キルアはようやくロザリオを懐に収め、満足そうに頷いた。
「シバさん、ありがとうございます。
これでようやく説明に入れますね」




