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第87話:堕ちた名門と、黒き神の狂気

 キルアは、遠い日の夢を見ていた。


 それはまだ、彼が幼かった頃の記憶。


 清らかな魔力が満ちる『第3太陽系』の神界――

その美しい湖畔に佇む極上のホテルで、母親と穏やかな

バカンスを楽しんでいた時のことだ。


 突如として、

神界の静寂を破るように緊迫した急報がもたらされた。


 ――それは、敬愛する父の失脚と、

神界からの追放を告げる冷酷な知らせだった。


 キルアの家系は代々、

神界の政務を一手に取り仕切る高潔な名門であった。


 しかし、平穏だった神界を真っ二つに割る決定的な出来事が

起こってしまったのだ。


 この世界を統べる『黒神』が、突如として

「他世界の天使を我が世界に召喚する」と言い始めたのである。


 その対象となるのは、

この世界には存在しない【黒い髪と瞳を持つ者】だという。


 本来、最高存在である『神』は、それぞれ並行する他世界の様子を

覗き見ることはできても、決してそこに立ち入ったり、

そこにあるものを奪い取ることはできない。


 なぜなら、神とは世界の『核』そのものであり、

核が自らの領域を動くことは、すなわち自身の世界を消滅させる

ことわりの崩壊を意味するからだ。


 ゆえに、他世界との境界を越えて行き来し、干渉できるのは、

神のしもべである『天使』や、その配下となる人間に限られていた。


 キルアの父親は、

「他世界への侵攻は世界の理を壊し、いずれ我が世界をも破滅に導く」

として、黒神の暴走に反対する勢力の中心に立った。


 しかし、神の欲望は日を追うごとに膨らみ、

もはや誰にも止められなくなっていく。



 そして、この混乱に乗じて、天界の権力を独占しようと

目論む『天界騎士団』の幹部たちが密かに動き始めた。


 彼らは天界の正当な運営基盤である議会を無視し、

独断で別の太陽系に巨大な『光の柱』を建立。


 他世界へと一気に攻め込んでしまったのである。


 当然、議会は激しく紛糾し、首謀者である騎士団幹部たちの

拘束に向けて動いた。


 しかし、時はすでに遅かった。


 軍事力を持たない文官の議員たちは、圧倒的な武力を持つ

騎士団によって逆に次々と拘束され、未知の他世界へと

容赦なく追放されていった。


 ――キルアの父親も、その犠牲者の一人だった。


「騎士団の幹部を裏で動かしたのは、黒神本人である」


 という不穏な噂も流れたが、神への不敬に当たるため、

誰もそれを声に出すことはできなかった。


 やがて政治の中心は完全に軍部へと移行した。

その時から黒神の世界は、並行世界のじつに7割を支配する

巨大な軍事帝国へと変貌を遂げたのである。



 なお、黒神がそこまでして欲しがった『黒髪黒瞳の天使』だが、

一度は捕らえられたが、神に匹敵する力を発動し、

騎士団を駆逐、姿を変えてどこかへ逃亡したと噂されている。


 その後、父が不在となったキルアの家は貧窮を極め、

彼は生き残るために、学費のかからない天界騎士団の

士官学校へと進むしかなかった。


 そこで血の滲むような努力を重ね、

見事に「主席」の成績で卒業したキルア。


 しかし、かつて父を追い落とした騎士団幹部たちの

汚い圧力により、彼の輝かしい成績は裏で改ざんされ、

栄転どころか、この最前線にして最弱の辺境地――

『第89太陽系』の前線部隊へと容赦なく左遷されたのだった。



◆ ◇  ◆ ◇  ◆ ◇  ◆ ◇


「また、昔の夢か……」


 ハッと目を覚ましたキルアは、執務室の天井を見上げた。

今日も深夜まで雑務に追われ、いつの間にかデスクで寝ていた。


 デスクには、本国から送られてきた書類が20枚ほど、

重ねられている。


 いずれも、彼の士官学校時代の同期生からの手紙だ。


 士官学校の同期たちのほとんどは、天界の中枢や

軍務機関の要職に就き、幹部候補生として、

華々しいキャリアを積んでいる。


 彼らはキルアの真の実力を知っており、

今回の不当な扱いに深い同情を寄せていた。


 そのため、彼らは時折中枢の極秘情報を

秘密裏にキルアへと知らせてよこすのだった。



 キルアは先日のオトハの驚異的な魔道具について

前例がないか、本国で大掛かりな調査を行わせた。


 しかし、中枢の有能な情報網を以てしても、

誰一人としてオトハの技術の出所を知る者はいなかった。


(……つまり、あのオトハという少女と、彼女がもたらす

天文学的なチート知識は、俺だけの掌中にあるということだ)


 キルアは静かに決断を下した。


 すぐさま信頼できる部下たちを呼び寄せ、

オトハとその魔道具に関する一切の情報について、

軍内部に厳重な「かん口令」を敷いた。


 さらに、オトハとの直接の接触を、最高責任者である自分と、

実務を担当する総務部隊長のわずか「2名」のみに

限定する措置をとったのである。


 キルアの野心と保護の網が、静かにオトハの周囲に

張り巡らされていくのだった。

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