第86話:天才の病気ということで……
オトハが素性を隠しきれず、絶体絶命の沈黙に陥る直前――
小気味よい関西弁と共に、工房の扉が勢いよく開いた。
「こんにちはー! 今日もがっぽり儲かってまっかー!?」
「あ、シバさん!」
「親方はん、今日もお邪魔しまっせー……って、あれ?
もしかして取り込み中やったんですか?
こりゃ失礼しました、また出直してきますわ」
「これは、シバ殿! ちょうどいいところにいらっしゃいました!」
総務部隊長の声に、シバ(ユヅキ)はいつもの商人の顔になり、
極上の営業スマイルを振り撒きながら振り返った。
「いつもお世話になってますー、総務部隊長さま!
あれ、今日はお一人やないんですね?」
愛想よく視線をずらした、その瞬間――シバの笑顔が、ぴきりと凍りついた。
総務部隊長の横に、静かに佇む一人の天使。
その背後から立ち上る魔力量は、人間の枠を完全に超越している。
(最前線の、こんなしけた村の鍛冶屋に、なんで天使がおるんや……。
しかもこの魔力量、サクラちゃん級のバケモンやないか! 冗談にもならへんで……!)
ユヅキの背中に冷たい汗が伝う。
(もし、ウチの正体がここでコイツにバレたら、
ウチだけやなくてオトハはんも一緒に終わりや。……サクラちゃん、堪忍な。
いざとなったら、ウチが命を張ってでも……!)
ユヅキが最悪の展開を想定し、奥歯を噛み締めて覚悟を決めた、その時。
当のオトハが、緊張感ゼロの声を上げてキルアに近づいていった。
「そ、その、腰につけている魔道具……もしかして、『銃』ですか?」
キルアの目が丸くなった。
「な……。あなた、この魔道具のことを知っているのか……!?」
「全部を知っているわけじゃないですが、なんとなくの構造なら分かります!」
オトハを見つめるキルアの身体が、微かに震え始めた。
それを見た総務部隊長が慌てて声をかける。
「キ、キルア様? どうかなされたのですか?」
「……この魔道具は、我が家に代々伝わる大切な家宝なのだ。
しかし、引き金のようなパーツがあるだけで、使い方はおろか、
正確な名前すら知る者は一族に一人もおりない。
本国の巨大な文書館や博物館の資料を全て調べ尽くしたのだが、
何一つ手がかりが掴めなかったのだ……」
キルアは驚愕の眼差しでオトハを見つめ直した。
「そのような失われた古代の遺物を、オトハさん、
なぜあなたのような若いお嬢さんが一目で知っているのでしょう……。
やはり、先ほどの自立型魔道具といい、あなたがとてつもない
『天才』であることは、もはや疑いようがないようですね」
その光景を見ていたシバは、心の中で深く息を吐き出した。
(ふぅ……! オトハちゃんの天然のおかげで助かったわ。……いや、待てよ?
この状況、ピンチをチャンスに変えな商人とちゃうで……!)
シバは一瞬でギラギラとした商人の目を輝かせると、
総務部隊長の前に一歩踏み出した。
「あのー、部長はん。もし、よろしければ……そのキルア様の
貴重な魔道具の分析、ウチのオトハにお任せいただけましたら、いかがでしょう?」
「な……っ、それが可能なのですか!?」
「は、はいーーーっ! 私にお任せください。
是非、ネジの1本までバラバラに分解させてください――」
「や、やらせていただきますわ!!」
オトハがキルアに向かって全力でダッシュしていくのを、
シバが物理的に体で割り込んで遮った。
「うちのオトハにお任せいただけましたら、
解析から精密なメンテナンスまで、きっちりお引き受けいたしますわ!」
「おおお……っ! なんということだ、神よ!
なんという幸運を私に……! では、是非とも頼みます。
それから、例のバケツの増産の件も、どうぞ宜しくお願いします!」
「かしこまりました!
では、今後の納期と報酬に関しては、
いつも通り部長はんと詰めさせていただきますね」
「うむ、頼む。オトハさん、
今日は実に素晴らしいものを見せていただいた。
家宝の件、くれぐれも宜しく頼みましたよ」
「はーい!」
元気よく返事をするオトハだったが、
その視線はすでに、キルアの腰の銃に完全にロックオンされていた。
その瞳は完全に据わっており、口元からは不気味な笑みが漏れている。
(えへへへへ……。待っていてね、私の可愛い黒鉄の塊ちゃん……。
後で、その硬いフォルムを全部脱がして、中までじっくり可愛がってあげる……。
もう、何も怖がらなくてもいいからね、えへ、えへへへ……)
キルアは、ゾクッと背筋に走った寒気に身震いし、引き攣った笑顔でシバを振り返った。
「……あの、シバ殿。
ちょっと、この娘、先ほどから様子が変ではないですか……?
何かブツブツと恐ろしいことを呟いているようですが……」
「あぁ、あれですか。気にせんといてください。時々こうなるんですわ。
天才が故の、一種の病気みたいなものなので、どうかお気になさらずに」
「……そうですか。それは、お気の毒に……」
キルアは本気で同情の入り混じった哀れみの目をオトハに向け、
大事な家宝を預けて、そそくさと工房を後にするのだった。




