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第84話:カネさえもらえりゃ何でもやります! 謎のアライグマ職人部隊

 激しい熱風が吹き抜ける中、誰も声を発しない。


 いや、呼吸をすることすら忘れてしまったかのような深い静寂が、

テスト会場となったサンブルグ大聖堂前の広場を包み込んでいた。


「まさか……初歩的な『ファイヤーボール』の一撃で、

あの不落の塔が跡形もなく吹き飛ぶとは……」


「恐ろしいのは、聖女様のあの完璧な魔力制御スキルだ。

普通、あれだけの魔力量が一気に暴走すれば、人の力では制御できん。

それをあれほど、いとも容易く……。これが、聖女たる所以か……!」


 呆然と立ち尽くす帝国軍の幹部たちの間から、深い溜息とともに、

聖女キキョウに対する本物の恐怖心が芽生え始めていた。


「み、見事だ! 聖女よ!」


 やがて皇帝が立ち上がって口火を切ると、

広場はキキョウを称える割れんばかりの歓声と拍手に包まれた。



 だが、渦中のキキョウの表情はどこか浮かない。


「どうしたのですか? キキョウさん。大成功ですよ!」


 リサが嬉しそうに駆け寄るが、キキョウはいつも身につけている

『カエルの形をした髪留め』を愛おしそうに握りしめたまま、

唇を一文字に結んでいた。


「キキョウさん……?」


「あ……リサさん、ありがとう。うん、上手くいったわね」


「どうしたんですか? 何か不安な点でも?」


「いいえ。魔力召喚も出力も完璧だったわ。だけど……」


 キキョウは手の中のカエルの髪留めを見つめた。


「それ、師匠オトハの手作りのピン留めですか?」


「そうなの。今までどんなに激しい戦いでも一度も

壊れなかったのに……さっきの魔法の反動で、

ピンの根元が折れちゃったのよ。


 ……なんだか、オトハの身に、

何か大変なことでも起こっていなければいいんだけど」



キキョウの言葉に、リサも神妙な面持ちで遠い空を見上げた。


「そうですね……。たった二人で、

情報も何もない敵地に乗り込んだのですものね。

私達には計り知れないほどの苦労をしているはずです」


「うん。あの子、身体も強くないし……今頃、どこかで苦しんだり、

痛い思いをしていなければ良いんだけど……」



「あーーー、もうダメです、苦しいっ! 誰か助けてくださいーーー!!」



 ――その頃。


 遥か天界、遺跡『光の音』の麓にある村の食堂にて。

オトハは机に突っ伏しながら、本当に苦しそうな悲鳴を上げていた。


「まぁまぁ、オトハちゃん、そう言わんと。もう一個、いかがです?」


「えぇぇ!? もう無理です……。で、でも、食べたい……!

でも苦しい、うぅ、もう一口だけなら、ギリギリ大丈夫かな……?」


 オトハの目の前には、美しくデコレーションされた

フルーツタルトが山のように積まれていた。


 その横にはババロア、高級アイス、焼き立てのクレープ。

すべてオトハの大好物ばかりだ。



「さすがはシバさん。オトハさんの好物を完璧に把握してらっしゃいますね」


 他世界侵攻軍・第89軍の総務部隊長が、

満面の笑みでシバ(ユヅキ)に語りかける。


「いやいや、オトハちゃんさえ乗り気になって頑張ってくれたら、

もっとぎょーさん、おもろいもんをお納めできますわ」


「もっと面白いもの、ですか! それは是非とも拝見したいですね!」


「けどな、それには『先立つもん』がないと、

うちの天才職人も動かせまへんねや……」


 シバがわざとらしく指でブタの貯金箱のジェスチャーをすると、

総務部隊長は我が意を得たりと深く頷いた。


「はいはい、分かっております!

既にキルア様からもお認めいただいているので、ご希望される

だけの特注料金を、金貨できっちり準備させていただきます!」


「ホンマに期待してええんですな?」


「うむ、この私が責任を持って約束しよう!」


 オトハが苦しくも幸せに包まれたとろけそうな表情で、

次のタルトにフォークを突き立てる横で――

大人たちの、どす黒い笑顔による熱い握手が交わされていた。


 その後、総務部隊長はすぐにキルア将軍の執務室へと戻り、

報告を入れた。


「それで、上手くいったのか?」


「はい、キルア様。例のバケツの増産は確実に約束させました。それに……」


「それに?」


「彼らの言い分では、

あのバケツよりもさらに『面白いもの』があるとのことです」


「なんと……!? あの工期を五千年も縮める奇跡のバケツよりも、

さらに凄いアイテムがあるというのか!?」


「どうも、そのようです」


「うーむ……。そうなると、あの鍛冶屋の一行を、我が軍のお抱え……

いや、技術将校として正式に招き入れることはできないものか?

――よし、今度時間ができたら、私も直接その鍛冶屋へ赴いてみよう」


「いえ、キルア様ほどの御方がわざわざ出向かずとも、

こちらに呼び寄せれば宜しいかと」


「それでは駄目だ。

彼らが実際に働いている、現場の素顔を見たいのだ」


「……かしこまりました、キルア様」


 一方、そんなこととは露知らず、ロク爺の工房では――。


「さぁオトハちゃん、軍からの特注品、あと300個! 気張ってや!」


「はーい! ロク親方も手伝ってくれてるから大丈夫です!」


 ソロバンを弾くシバの声に、オトハが元気よく答える。

しかし、ロク爺は頭を抱えていた。


「おいおい、嬢ちゃん、いくらなんでも300個なんてバケツ、

ワシら二人で作ってたら来年になっちまうぞ!」


「大丈夫ですよー親方!

親方は、最後の仕上げの取っ手の部分だけをお願いします。

あとは、この子たちも手伝ってくれますから!」


 オトハが工房の隅を指さす。


 そこには、なぜか丸っこいアライグマのぬいぐるみが5体、

ゴロゴロと横たわっていた。


「……嬢ちゃん、ワシを慰めてくれようとしてるならありがとうよ。

その可愛いぬいぐるみを見て、ちょっと元気が出たぜ」


「いえいえ、その子たちが本気で手伝うんです!

みなさーーん、おきてくださーーい! お仕事の時間ですよーー!」


 オトハがパチンと手を叩くと、ピピッという機械的な起動音が流れ、

ぬいぐるみたちが一斉にカチカチと立ち上がった。


 愛くるしいつぶらな瞳、小さな口、見ているだけで和む完璧な表情だ。


『へーい、わかりやしたー、親方』


「親方は、そっちのロクさんです!

皆さんは、ここにあるバケツの土台に、取っ手をつけるお手伝いをしてくださいね!」


『カネ。……カネはちゃんともらえるんだろうね?』


 アライグマの一体が、ぬいぐるみの分際でやけに世知辛いセリフを吐く。


「あげますよー! だからしっかり働いてくださいね!」


『おーけー。カネさえもらえりゃ、おいら達は何でもやりまっさ!』


 トコトコと短い脚を忙しなく動かしながら、

アライグマ部隊がバケツの山へと歩いていく。


「それじゃ、始めますよー! それーーっ!」



 ――ドンドン! ガシャガシャガシャ!!


 一度作業が始まると、オトハの腕の動きは残像すら見えなくなった。

オトハの持つ、驚異的な超高速生産スキルである。


 見る見るうちに、完璧に成形されたバケツの山が積み上がっていく。


「なんじゃあぁあ!? 嬢ちゃん、スピードが出すぎじゃ!

無理じゃ、とてもワシ一人じゃ取っ手を付けるのが追いつかん!」


 弱音を吐きながら目を白黒させるロク爺。


 しかしその横で、

これまた驚異的なスピードで取っ手を溶接していく存在がいた。


 アライグマ部隊である。


 ぬいぐるみなので指などないはずなのだが、

その可愛らしい丸い手から『磁器魔力』を器用に操り、

次々と超高精度な溶接と仕上げを爆速で進めていく。


「うひゃひゃひゃ!

みるみるうちに金脈……いや、バケツが積み上がっていくがな!

こりゃあ、たまらん。ホンマ、オトハちゃんは歩く大金塊やでぇ!」


 強欲な守銭奴天使ユヅキの汚い笑顔の回数が増えるたびに、

敵軍のインフラは完璧に整い、皮肉にも地球の危機はさらに

マッハの速度で早まっていくのであった。

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