第82話:しあわせ運ぶよ!テントウムシくんと、消えた帝国軍の塔
全世界の首脳陣が注目する、歴史的な魔道具起動テスト。
まさにその実験が始まる直前、誰もが固唾を飲んで中央を見守っていた
その瞬間――突然、リサが鋭い声を上げた。
「ちょっと待ってください!」
「ど、どうしたんだ!?」
来賓席から心配そうな声が飛ぶ中、
リサは慌ててキキョウの元へと駆け寄った。
そして、手に持っていた小さな箱から一つのブローチを取り出すと、
手際よくキキョウの胸元へとピンで留めた。
「危ない危ない!
これを忘れたら、せっかくの実験が台無しになるところでした!」
「……何よそれ?」
怪訝そうな顔をするキキョウに、リサは満面の笑みで告げる。
「これは世界中から集まった魔力を回収して、
キキョウさんの体内に安全(?)に流し込むための制御装置です!
師匠の命名によると、
名付けて――『しあわせ運ぶよ!テントウムシくん』だそうです!」
ブローチはその名の通り、
なんとも緊張感のない赤と黒のテントウムシの容姿をしていた。
キキョウの胸につけられた瞬間、ピピッという気の抜けた起動音が鳴り、
その小さな目が怪しく赤く発光した。
『よろしくな! 相棒!』
「えっ!? ちょっと、このブローチ喋ったわよ!?」
飛び退くキキョウに、リサはふふんと鼻を鳴らす。
「まぁ、そこは師匠の設計ということで!
意思を持たせた方が魔力同調がスムーズなんだそうですよ」
「……それもそうね。あの子の発明したもので、
最初から最後までまともだった試試なんてないわ」
キキョウが完全に諦めの表情を浮かべたのを確認し、
リサは手元のスイッチを掲げた。
「それでは気を取り直して、実験をおこないまーす! それ、ぽちっとな」
スイッチが押された瞬間、世界中の聖堂や教会の天井が
一斉にまばゆい光を放ち、集まった信徒たちの祈りのマナが集約され始めた。
光は金色から紫、そして鮮やかな赤へと染まり、
次の瞬間、世界中からこの広場のテントウムシくんに向けて、
光速で一本の太い光の束となって躍り出た。
「おぉ……! 神の御力だ!」
「聖女様万歳!」
世界各地の聖堂で、信徒たちが奇跡の光に叫び、涙を流して手を合わせる。
『おぅ、相棒!
そろそろパワーがおいらに集まってくるぜ! 準備はいいか!?』
「いつでもOKよ!」
『がってん、承知の助だ! たまり始めたぜーーー!』
次々と世界中のマナがテントウムシに注がれていく。
テントウムシの背中にある星(七つ星)が、
まるで出力メーターのように、1つ、2つとピカピカ光っていく。
そして、ついに7つ目の星が眩しく輝いた。
『よっしゃ、相棒、いくぜ!!』
テントウムシが、突然キキョウの胸元で激しく躍り狂い始めた。
『しあわせーはこぶよー♪ おいらはテントウムシだー♪
点取り虫には、なりたくないよーーー♪』
「な、なんだ、あのふざけた歌は……?」
「よくわからんが、神聖な儀式の歌なのだろうか……」
来賓席の首脳陣が激しく困惑するが、
当のキキョウにはその歌はもう聞こえていなかった。
怒涛の勢いで体内にマナが流入し、全細胞を駆け巡る。
激痛はない。
しかし、経験したことのない圧倒的な全能感と違和感に、
精神が持っていかれそうになる。
『よっしゃー! 充填完了したぜ相棒!』
耳に飛び込んできた相棒の声と同時に、リサが大声で叫んだ。
「成功です!!」
しかし、当の本人のキキョウには、
一体何が成功しているのか全く実感が湧かなかった。
それは来賓席の関係者も同じだ。
キキョウが少し苦しそうな表情を浮かべたものの、
外見の変化は一切ない。
唯一変わったことと言えば、
胸のテントウムシが赤から眩い金色に変化したことくらいだ。
「それではキキョウさん、試しに空を飛んでみてください!」
「はぁ!? 私、鳥じゃあるまいし飛べるわけないじゃない。
どうやって飛べばいいのよ」
「とりあえず、その場でちょっと上に飛び跳ねてみてください!」
「……分かったわよ」
キキョウが軽く膝を曲げ、地面を蹴った。
次の瞬間、広場からキキョウの姿が完全に掻き消えた。
「おい!? 聖女様はどこへ行かれたんだ!?」
「消えたぞ!?」
首脳陣が慌てて辺りを見渡すが、どこにもいない。
すると、リサが嬉しそうに頭上を指差した。
「皆さん、上です、上!」
全員が一斉に見上げ、絶句した。
「おぉ……! あ、あんな上空に聖女様が……!?」
なんとキキョウは、高さ100メートルはある大聖堂の遥か頂点、
そのさらに上の虚空に静止していた。
「素晴らしい! さすが聖女様、本当に空を飛べるようになるとは!」
「い、いえ……正確には、飛んでいるわけでは……」
リサが気まずそうに言葉を濁した瞬間、
キキョウが地上に向かって真っ逆さまに降り始めた。
いや、正確には猛烈な速度で『自由落下(ただの墜落)』を始めた。
「きゃーーー!?」
「どしん!!!!」
凄まじい衝撃音と共に、広場に猛烈な土煙が巻き起こる。
「いったたたたた……っ!!!
なによこれ! 飛べるわけじゃないじゃないの!
ただ高く跳べただけじゃない!」
土煙の中から、頭を押さえたキキョウが這い出てくる。
それを見たリサは、すかさず来賓席に向かって胸を張った。
「皆さん、ご覧いただけましたか!? 恐るべき身体能力の上昇!
そして、大聖堂の高さから真っ逆さまにコンクリートへ
叩きつけられても無傷な、この絶対的な身体強化能力を!」
周囲は一瞬呆然としたが、確かに五体満足で文句を言っている
キキョウを見て、次々に歓声と拍手を上げ始めた。
「確かにこれは凄い!
これだけの強化があれば、魔王にも勝てるぞ!」
「うぉおおおおお!」
拍手喝采の中、得意満面で「師匠! やりましたー!」と万歳三唱するリサ。
――そのおでこに、猛烈な速度のデコピンがクリーンヒットした。
「いたたたっ!? 何をするんですかキキョウさん!」
「何をするの? は、こっちのセリフよ! いったい何なのよ、
この凄まじいチート能力のくせに、利用者に全く優しくない仕様は!」
「私は師匠の設計図通りに忠実に作ったのです!
その理不尽な怒りは天界の師匠に向けてください!」
「……それもそうね。だけど、ボクの怒りの一割は、
そのままテストを強行したアンタの責任よ。
せめて着地点に干し草の山を置くとか、優しさは持てなかったわけ?」
「それじゃあ、身体強化の限界テストにならないじゃないですか!
こうして無事痛がってるのも、強化能力の輝かしい成果です!」
「じゃあ、せめて痛くないようにしてよ!
もの凄く痛かったんだから!」
「なるほど、それは今後の貴重な改良点ですね」
リサはノートにメモを取ると、不敵な笑みで顔を上げた。
「それよりも、次の実験にいきましょう。師匠からの伝言です。
『ファイヤーボール』と『ウインドカッター』で、
あそこの塔を攻撃してみてください」
リサが指差した先には、対魔法耐性を極限(MAX)まで高めて作られた、
帝国軍総本部を守る防壁のシンボル『不落の塔』がそびえ立っていた。
この日のために帝国からサンブルグへ運んできたものだ。
本来、塔は移動式の砦ではないが人類の危機という名目で、
特別に解体と移動、そして設置が許された。
先月、リサが帝国軍の幹部たちと皇帝の前でこの実験内容を告げた際、
幹部たちは鼻で笑いながら快く許可してくれたのだ。
『ふははは! あの塔は我が帝国軍の魔法士部隊が総出で
束になって攻撃しても、傷一つ付かない最硬の設計にしてある。
たとえシルバーランドの聖女とやらでも、レンガ一枚すら剥がせまいよ』
『リサ少尉、我々は一向にかまわんよ。
だが、実験に失敗して聖女殿が自信を無くしてしまわないよう、
後で君がしっかりと精神的なケアをしてあげておくれよ? ガハハハ!』
「……はっ。寛大なるご許可、誠にありがとうございます」
その時のことを思い出し、リサの目がスッと据わる。
あの時、深々と頭を下げながら、リサの心の中は怒りと復讐の炎で
煮えくり返っていたのだ。
(……こんな傲慢な幹部ばかりだから、
カオル様があんなことになって国が傾いたのよ。
私の敬愛するオトハ師匠の技術を、鼻で笑った報い、今ここで受けてもらうわ。
キキョウさんが、あの人たちの絶対的な自信を完膚なきまでに叩き壊してくれる。
レンガを剥がすどころか、大穴を開けて絶望させてやるわ!)
リサは燃えるような目でキキョウを促した。
「さあ、キキョウさん! 思いっきりいっちゃってください!」
――しかしこの後、リサの「大穴を開けてやる」という
ささやかな期待は、大きく裏切られることになる。
「いくわよ……『ファイヤーボール』!!」
キキョウがそう叫んで、塔に向けて小さく手をかざした次の瞬間。
――ドンッ!!! という空間そのものが爆ぜるような轟音と共に、
目の前の視界の全てが、一瞬にして眩い『深紅の烈炎』で埋め尽くされた。
「熱いっ!? なんだこれはぁあ!?」
「うわあああ! 誰か、高熱を遮断しろ! 死ぬぞ!」
あまりの熱波に、来賓席の首脳陣から悲鳴と怒号が上がる。
慌てて周囲の護衛騎士たちが数十人がかりで前に飛び出し、
防護魔法『アイスウォール』を何重にも展開して熱を遮断しようとした。
しかし、極厚の氷の壁は、
熱風が触れた一瞬で水蒸気すら残さず蒸発していく。
「溶かされた!? 次だ、防壁を張り続けろ! 入れ替われ!」
何十人ものベテラン兵士たちが、
必死の形相で魔法を上書きし続け、命からがら難を逃れた。
ようやく熱波が収まり、ぜぃぜぃと息を切らす兵士の一人が、
ガタガタと震える指で前方を指差した。
「お……おい……見ろ……。塔が……」
全員が視線を向けた先には、ただ、ぽっかりと広大な
『何も無い焼け野原』が広がっていた。
レンガを剥がすとか、穴を開けるとか、そんな次元ではない。
帝国が誇った対魔法耐性MAXの『不落の塔』は、
土台の地面ごと、影も形も残さず消滅していた。
静まり返る静寂の中、キキョウの胸元で、
金色に輝くテントウムシの背中の星が、静かに一つ、消灯した。




