第79話:工期五千年の劇的ビフォーアフターと、やらかした天才魔道具師
「おまえ、今度新しく入ったあのバケツ、もう使ってみたか?」
「いや、まだだが……バケツがどうしたんだよ」
「信じられんぞ!
いくら水を入れても、これっぽっちも重くならないんだ」
「そんな馬鹿なことあるか。
普通、水を入れたらその分重くなるもんだろ」
演習場の片隅で、
二人の若い兵士がそんな奇妙な噂話を囁き合っていた。
そこへ、
コツコツと固い足音を響かせて上官が近づいてくる。
「そこの整備兵たち。私語は慎め。演習とはいえ気を抜くな」
「はっ! 上官殿、失礼しました!
……しかし、その、このバケツがですね……」
怒られた兵士が、恐る恐る一個の鉄バケツを差し出した。
「バケツがどうしたっていうんだ。どれ……な、なに!?」
受け取った上官の目が飛び出さんばかりに見開かれた。
「お、恐ろしく軽い……! これはどういうことだ?」
「はい! 門外の鍛冶屋が新しく納品したらしいのです。
現場からは作業が3倍も速くなったと報告が来ております!」
「うむ……確かにこのバケツがあれば可能かもしれない。
その鍛冶屋は、いつものロク爺の店で間違いないな?」
「はっ!」
その日の午後……、
真相を確かるべく一人の高官が鍛冶屋を訪れた。
「ごめん」
「はい、いらっしゃいませ!」
店番をしていたオトハがパッと顔を上げる。
「鍛冶師のロクはいるか?」
「あ、親方なら、
いま新しい鉱石を採集しに山へ出かけていますよ」
「そうか……。
嬢ちゃん、ロクの周りで何か特別なことはなかったか?
例えば、外部から何か特別な技士が来たりとか?」
高官は不審そうに工房の様子をキョロキョロと見回す。
「いいえ? いつも通り、親方が一人でコツコツと作業をしていますが……
特に他のお客様は来ていないようです」
「そうか……不思議だな……」
首を傾げる高官の手には、例のバケツが握られていた。
それを見たオトハが嬉しそうに声を上げる。
「あっ、それオハナさんだー!」
「ん? このバケツは『オハナさん』というのか?」
「はい! バケツの底の裏側を見てみてください」
言われるがままに高官がバケツをひっくり返すと、
そこには可愛らしいタッチで小さな子象の絵が刻印されていた。
「子象の絵が描かれているが……」
「はい、かわいいでしょ!
その子の名前が『オハナさん』っていうんですよー!」
オトハはメガネをくいっと上に押し上げると、
愛おしそうにバケツへと頬ずりをした。
「……変わった少女だな」
高官は少し引きつつも、コホンと咳払いを一つした。
「分かった。ではロクに伝えてくれ。
このバケツ――いや、『オハナさん』を、あと500個、
追加で注文したい。宜しく伝えてくれ」
「はーい! わかりましたーー!」
「オハナさんか……。
バケツに名付けをするなんて、本当に面白い娘だな。ふふふ……」
高官は機嫌良さそうに笑いながら去っていった。
その日の早朝、ここ第89軍の最高責任者であるキルアは、
執務室で深く頭を抱えていた。
彼のデスクの上には、本国から届いたばかりの
『予算削減の通知書』が無慈悲に広げられている。
「遠方の部隊に対して、これほどまで予算を削ってくるとは……。
このままでは、我々は敵を征服する前に、全員飢え死にしてしまう……」
既にキルアは自分の私財を切り崩し、
部隊の財政をなんとか賄っている状態だった。
彼らが攻め込もうと準備しているのは、
天界から見れば最も魔力が弱い辺鄙な場所、第89太陽系。
そんなド田舎への侵攻軍なのだから予算が少ないのは頷けるが、
ここ最近の削減っぷりは、もはや嫌がらせの範疇をはるかに超えていた。
静寂の中、ため息だけがが、部屋全体に漂っていた。
そこへ……、
総務部隊の担当兵が「失礼します」と一枚の発注書を持ってきた。
「キルア様、整備部隊より、
バケツを500個追加注文したいという要請が届きました」
キルアの眉間にシワが寄る。
一刻も早く予算を削減したい。
たとえ小さな出費であっても、今は徹底的に抑えたいのだ。
「ばかな!先日、300個のバケツを注文したと記憶している。
なぜ新たに注文が必要なのだ? 整備部隊長をここに呼べ!」
呼び出された整備部隊長は、反省どころか目が輝いている。
キルアの前に出ると興奮を隠しきれない様子で熱弁を振るい始めた。
「キルア様! 先日300個のバケツが納入されたのですが、
その直後、現場の稼働率が300%を超えました! 」
「キミは寝ぼけているのか?
300%だと?そんなことは不可能に決まっているだろう」
「いえ。現在、我が部隊は侵攻準備のために『光の柱』を整備中ですが、
当初の完了予定まであと【5000年】の工期が……一気に【1000年】も
短縮されたのです!」
「な、何だと!? 1000年もか!?」
「はい! さらに500個を追加投入することで、
おそらくは……『1〜2年後』には侵攻が可能となります!」
「おぉ!神よ……!」
思わずキルアは立ち上がり、机を叩いて拳を握りしめた。
工期が500年も早まると莫大な経費がすべて浮くことになる。
そうなると、武器の補充や、飢えている兵たちへの
給与還元に回すことができるのだ。
「しかし……
バケツだけでそこまで工期が短縮されるなど、信じがたい」
「なにせ、いくら水を入れても重くならないのです」
「そんな馬鹿な!」
今度はキルアの横に立っている副官が目を見開いた。
「当初は水を運んでいましたが、今ではバケツに資材や
重い鉱石を入れて、リフトや重機代わりに使い始めています!」
「どうもキミの話は信じがたい」
キルアはかぶりを振った。
「そもそも物体を浮かせるのは上位魔法『浮遊魔法』だ。
例えそれを使いこなせる優秀な魔法士を揃えたとしても、
資材を一つ二つ運んだだけで魔力を使い果たしてしまうはずだ」
「それが……魔法士は誰一人としておりません。
魔力のない人間の兵士や、年老いた下働きたちが運んでいるのです!」
「……整備部隊長、そんな子供でも分かるような嘘を私に信じろというのか?
だが、ありがとう。嘘でも一瞬、幸せな夢を見させてもらったよ」
キルアが自嘲気味に笑う。
「嘘ではありません! それでは今すぐ現場にお越しください!
ご覧になるのが一番早いかと思います!」
キルアが半信半疑のまま現場に足を運ぶと、
そこには信じられない光景が広がっていた。
重労働のはずの現場で、兵士たちがまるでピクニックでも
しているかのように生き生きと働いているのだ。
どれだけ鉱石を詰め込んでも全く重くないバケツ(オハナさん)。
現場はそれをリレーするだけで作業が進んでいた。
年老いた兵士たちも混じり、面白いように仕事が捗っている。
「このようなことが……現実に起こるというのか……っ!」
キルアの瞳に感動の涙が浮かぶ。
「よし! すぐに500個のバケツを追加発注したまえ!
私はこれから、第89太陽系の侵攻スケジュールを練り直す!!」
黒神の侵略を阻止すべく、そしてサトル復活のために、
遥か天界の遺跡『光の音』へとやってきたオトハとシバ。
しかし彼女は、その天才すぎる技術のせいで、
結果的に【敵の侵略速度を5000年分爆速化させる】という、
とんでもないウルトラやらかしをブチかましてしまったのであった。
一方、その頃のシバ(ユヅキ)はというと――。
「ウヒヒ……上層部のめちゃくちゃ太い上客(将軍)が釣れましたな……。
次は『オハナさん・二号』として、さらに高値で売りつけられる
新型の台車でも開発させまひょか……!」
新しいビジネスチャンスの到来に、ソロバンをパチパチ鳴らしながら
目をギラつかせているのであった。
すでに本来の使命を完全に忘れて楽しんでいるが、
まあ、彼(彼女)の強欲さが今後何かの役に立つかもしれない。
次回は、無責任すぎるデコボココンビの裏で、
今頃胃に穴を開けながら彼らの帰りを待っているであろう、
地球の可哀想な仲間たちの話です。
どうぞ、お楽しみに!




