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第73話:天界より快適なベッドと、ぴょんた軍曹の夜間演習

「誰やぁ……? ウチの手を朝っぱらから引っ張るのは……。

天界マーケットのバーゲンセールやったら、明日やでぇ……」


 心地よい風、ふかふかなベッド。

そして、肉体を包み込む適度な疲れと、それを上回る圧倒的な達成感。


 シバの身体を借りた天使ユヅキは、ここ最近で一番と言っていいほど、

最高に気持ちの良い朝を迎えていた。


 だが、完全に寝ぼけた頭で薄目を開け、

周りを見渡した瞬間に現実に引き戻される。


そこはどこからどう見ても、ゴツゴツとしたダンジョンの洞窟の中だった。


「……あぁ、そうか。ウチ、サクラちゃんに頼まれて、

オトハちゃんと一緒に『光の門』に向かっとる最中やったわ」


 ふと隣を見ると、オトハが小さく可愛い寝息を立てて熟睡している。


 現在、二人が寝ていたのは、洞窟の切り立つ崖のすぐ横に設営された、

驚くほど豪華なテントの中だった。


 そして自分が横たわっているのは、薄暗い洞窟にはおよそ似つかわしくない、

究極の肌触りを誇る最高級のベッド。


「これもオトハちゃんの魔道具かいな……。

正直、天界の最高級ベッドより寝心地良かったで」


 シバが感心しながら独り言を漏らし、

伸びをしながらテントの外へと一歩踏み出した。


 ――その瞬間、シバの身体がピキリと硬直する。


「……なんやこれ」


 目の前には、おぞましい魔獣たちの死骸が、

ちょっとした小山のように積み上がっていた。


 その中には、昨日オトハが高電圧シャワーで仕留めたはずの

『ミスリルスパイダー』も、なぜかさらに数体、転がっている。


 そしてその死山のすぐ横で、昨日オトハが『ぴょんた軍曹』と

呼んでいたあの真っ白なウサギが、ポリポリとマイペースに人参をかじっていた。


「……なぁ、軍曹はん。

これ、もしかしてあんさんが全部一人で片付けたんかいな?」


 ぴょんた軍曹は人参をかじる手を一瞬だけ止めると、

フンと鼻を鳴らすように、シバに向かってコクリと深く頷いてみせた。


「はぁー……なるほどな。

あんさんが一晩中ここで目を光らせて護衛してくれとったから、

ウチらは襲われもせんと安全に熟睡できてたっちゅうわけや。

……おおきに、軍曹はん。頼りになりすぎるわ」


 あたりを見回しても、昨夜あれほど理不尽に怒鳴り散らしていた

『ビリビリ大佐』のホログラムはもう消えていた。


 安全が確保されているなら、あとは出発するだけだ。

シバは寝坊助な天才魔道具士を起こすため、再びテントの中へと入っていった。



◆◇ ◆◇ ◆◇ ◆◇


「――人間が我が『光の柱』に潜入しただと!?」


「はい。過去に例のない前代未聞の事態です。こちらをご覧ください」


 上空高くに佇む白銀の宮殿。


 その一室で、空中ホログラムのモニターを前に、

天使の翼を生やした衛兵たちが険しい表情で議論を交わしていた。


 映し出されているのは、豪華なテントから寝ぼけ眼のオトハを

引きずり出そうと、シバが彼女の手をぐいぐいと引っ張っている、

なんとも緊張感のない映像だった。


「魔力反応の規模は? 結界を破るほどの高等魔術師か?」


「いえ、それが……計測された魔力反応は『ゼロ』。

ただの無能力な人間のようです」


「ふん、魔力ゼロの人間がここまで来ただと?

まあいい、とにかくこの件はすぐにキルア様にお伝えしろ!」


「はっ!」


 翼を持った衛兵たちは、慌ただしく上層階にある

豪華な執務室へと飛び去っていく。


 残された衛兵の一人は、画面の中の二人を忌々しそうに見下ろした。


「それにしても、下等動物である人間ごときが

神聖なる柱に潜入するとはな。世も末だ」


 コンコン、と洗練された扉が叩かれる。


「入りなさい」

 

 中から響いたのは、凛とした、

しかしどこか退屈そうな女性の声だった。


「はっ、失礼します! キルア様!」


「どうしたのですか?

あなたは光の門の警備担当の衛兵でしょう。そんなに慌てて」


「実は……光の柱の内部に、人間が入り込んだ形跡があるのです」


「ほう、人間が、ですか……」


 何か昔の記憶でも思い出したかのように、

部屋の主――深紅の長い髪を美しく揺らした美女、

キルアは妖艶な笑みを浮かべた。


 そして、手元にあるグラスの高級ワインを上品に口へと運ぶ。


「その不法侵入者は……黒い髪と、黒い瞳をしていましたか?」


「え? いえ、記録映像を確認したところ、

一人はその特徴に一致しますが……丸い眼鏡をかけております」


 キルアは一瞬だけ目を見開いたが、すぐにふう、

と興味を失ったようにグラスを置いた。


「眼鏡ですか。……では、私の知る人物とは違うようですね」


「キルア様、何かご存知なのでしょうか?」


「いいえ、何も知りませんわ。

わざわざ報告に来てくれてありがとう。

もう持ち場に戻ってよろしくてよ」


「はっ! ……あの、侵入者の排除部隊は動かしますか?」


「放っておきなさい。どうせあのエリアには、

彼らの言う『魔獣』たちがウヨウヨしているのでしょう?

すぐにそのエサになって消えますわ」


「御意!」


 衛兵が深く一礼し、部屋を出ていく。


 静まり返った部屋の中で、キルアは深紅の髪をかき上げながら、

ゆっくりと窓辺へと歩いた。


 そして、遥か遠くまで白銀の輝きが広がる光の空を眺め、

深く、深いため息をついた。


「まったく……あの御方は、

一体いつまで下界で遊んでいるつもりかしら。

……本当に、困った王女さまですこと」



「もーーー! シバさん、そんなに力任せに引っ張らないでくださいよー!

キキョウさんに買ってもらったお気に入りの服が破けちゃいますよー!」


「早起きは3金貨のトクや!

朝ご飯はウチが作っておいたから、はよ食べてすぐに出発するで!」


 テントから引っ張り出されたオトハは、

眠そうに目をこすりながらスープをスプーンで口に運ぶ。


「シバさん、今朝はやけに元気ですね。

昨日はあんなに嫌そうに大佐の特訓を受けていたのに」


「なんやろな、自分でも不思議やねんけど、

体の中からパワーがモリモリ湧いてきとるんや!」


「さすが大佐ですね! きっと昨日の特訓が、

いいリフレッシュにつながったんですよ」


「そんなわけあるかいな! どこがリフレッシュや!」


 シバは手に持ったお玉を振り回しながら抗議する。


「なんか変なバネ付きのギプス(大リーグ養成ギプス風)を

全身に嵌められて『箸を持て!』って言われたり、

暗闇でろうそくの炎を揺らさずに歌わされたり

……なんや、けったいな特訓ばかりやったわ!」


「「 おい、ウジ虫野郎!! 」」


「ひゃいっ!!! 大佐どのっ!!!」


 突如、洞窟内に大佐の声(の幻聴)が響き渡り、

シバの背筋が文字通り垂直に跳ね上がって、完璧な敬礼のポーズを取った。


「……って、なんや! 変な声出してウチを脅かすなや、オトハちゃん!」


「ふふ、バッチリ染み込んでますね」


 天界一のぐうたら天使と呼ばれたユヅキを、

わずか一晩でここまで従順に鍛え上げたビリビリ大佐。

やはり、ただ者ではなかった。



「……ところでシバさん。

さっきから私達、誰かにじーっと覗かれていますよね?」


 スープを飲み干したオトハが、ふと真面目な顔になって呟いた。


「あ、オトハちゃんもやっぱり分かるんやね。

隠密魔法の気配がそこら中に漂っとるわ」


「はい。純情な乙女だけが持つ、

超高性能な気配レーダーがビンビンに反応しています」


 大真面目に答えるオトハに、シバはジト目を向けた。


「オトハちゃん、自分、時々本気で言うとんのかボケとんのか

分からん時あるな……。ほな、これはなんやねん?」


 シバが指差したのは、オトハの胸元でピコピコと

不気味に赤く点滅している、小さなウサギのバッジだった。


「あっ、それは『大佐のお知らせバッチ』です!

ぴょんた軍曹の耳に装備されている高性能魔力探知機と連動していまして、

わずかな隠密魔法の電波でも察知して教えてくれる優れものなんですよ」


「ほーーー、そりゃ凄い機能!……なわけあるかい!

ほんま頼むから最初から普通に説明してや!

で、その魔法はどんな感じなん?」


「詳しくは分かりませんが、どうやらどこか遠くの部屋から、

私達の様子をリアルタイムの映像でキャッチしているようですね」


 オトハはふむ、と顎に手を当てると、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「ちょっと、その覗き見している人たちを、指差してみましょうか」


 そう言うとオトハは、空間の何も無い一点。

――衛兵たちの監視カメラ(映像魔法)のレンズが存在する方向へと、

迷いなくビシッと人差し指を突き出した。


 そして、カメラの向こうの相手を挑発するように、

パチンと綺麗にウインクをしてみせた。



「――ど、どわああああッ!?」


 宮殿の監視室で、映像を見ていた衛兵の一人が、

あまりの恐怖に椅子からひっくり返った。


「こ、この人間……っ! 我々の最高峰の隠密映像魔法の座標を、

完全に正確に特定しているとでもいうのか……!?

もしそれが本当なら……あの黒髪の娘、とんでもないバケモノだぞ……っ!!」


 ただの魔力ゼロの人間(と、筋肉痛が治った天使)にすぎない

二人の存在が、天界の衛兵たちを恐怖のどん底に叩き落とすのだった。

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