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第72話:キャンプをしようと思ったら、違うキャンプ(ブート)が始まりました

 魔獣たちの脅威は去った。

しかし、二人の前には依然として、底も見えない

巨大な崖が立ち塞がっている。


「……なぁ、オトハちゃん。この崖、どないするん?

どこにも橋なんてあらへんで……」


 シバの身体を借りたユヅキは、完全に途方に暮れていた。

本来の天使の姿に戻れば十メートルほどの谷など楽に飛び越せるのだが、

今の貧弱なシバの身体では、見上げることすら気持ちが折れる距離だった。


「シバさん、それじゃ始めましょうか」


「え? なにを?」


 あまりにも緊張感のないオトハの声にシバが振り返ると、

彼女はいつの間にか、先ほど倒したミスリルスパイダーの巨体を

テキパキと分解し始めていた。


「オトハちゃん、諦めて現実逃避し始めたんか!?

流石にそのクモは食べられへんで!」


「さすがに私も蜘蛛は食べませんよー。これは、糸を取っているんです」


「糸? それ、どないするんや?」


「えーっと、ちょっと待っていてくださいね」


 オトハは言うなり、ミスリルスパイダーの死体から、

尋常ではない強度を誇る白銀の糸をグルグルと手際よく巻き取り始めた。



「よし、終わりました! ではシバさん、この糸の端っこを、

両手でしっかり握っていてくださいね」


「へ? 握ったで。……で、これから何が始まるん――」


「じゃあ、行きますよーー! えい!」


「なにっ!?」


 次の瞬間、オトハはシバが乗っていた竹馬のパッパカくんの

尻(?)を、思いきり背後から蹴飛ばした。


『ちゃちゃちゃ! 何をするぜよーーーーーっ!? ヒヒーーーッン!!』


 ケツを蹴られて驚いた竹馬は、

あろうことか崖に向かって猛烈な勢いで暴走し始めた。


「ヤバいやばいやばい! 落ちる! 落ちるわこれーーーーーっ!!」


「シバさん、しっかり掴まっていてくださーーい!」


「何言うてんのや! 死ぬわボケーーー!!」


 シバの悲鳴を置き去りにして、パッパカくんは物凄い加速で

崖の縁へと突っ込み――そのまま、強靭なバネで大跳躍を決めた。


 その後、凄まじい放物線を描き、シバを乗せたまま、

十メートル以上の谷を軽々と飛び越えて対岸へと着地したのだ。


「ほら、大丈夫でしょ?」


「な、なんなんや一体……っ!

ウチ、今度こそ死ぬところやったでぇ……!」


 ガタガタと震えるシバに向かって、オトハは谷の向こうから

メガホン代わりに手を当てて叫んだ。


「それじゃシバさん!

その糸の端っこを、パッパカくんに結んでくださーい!」


「は、はぁ!? わ、わかったわ……!」


 シバが言われた通りに糸を竹馬に固定したのを確認すると、

オトハは手元にあるもう片方の端を、自分の身体にしっかりと縛り付けた。


「……まさかアンタ、オトハちゃん、それアカンって! 無理やて!」


「だから大丈夫ですよー。にゃーちゃんたち、よろしくお願いします!」


 オトハがリュックの中に手を突っ込んで取り出したのは、

以前にも登場したあの翼の生えた猫型ドローン『にゃーちゃん』たちだった。


 四匹のにゃーちゃんが、オトハの頭上でパタパタと羽ばたく。


「なんや、それはあの時の空飛ぶ猫やんけ!」


「はい。でも、人間を一人で運ぶとバランスが難しくて、

風でどこへ飛ばされるか分からないんです。

だからシバさん、私が飛んだら、その糸で私を手繰り寄せてくださいね!」


「おーけー! そういうことか、任せとき!」


『にゃーにゃー!』


「それじゃ、お願いします!」


 オトハが崖からふわりと飛び出す。

四匹のにゃーちゃんが必死に彼女を吊り上げるが、

洞窟内の突風に煽られて、身体が大きく揺れた。


「おいおい、めちゃくちゃ風に流されとるで!

これ、思っとるより力が要るわ!」


「シバさーーん! もっと強く引いてください!

そうじゃないと、そろそろ私、谷底に落ちちゃいます!」


「パッパカくんも手伝ってや!」


『まっこと、人使いの荒いやつらぜよ……!』


 パッパカくんが嫌がって踏ん張る。


 オトハは宙吊りのまま叫んだ。


「手伝ってくれたら、帰ってからパッパカくんの

『彼女(竹馬)』を作ってあげますから!」


『……ほんまかや!?

急にやる気が出てきたぜよーーーっ! ヒヒーーッン!!』


 現金な竹馬が凄い力で糸を引き戻し始める。

にゃーちゃんたちの羽ばたきとパッパカくんの怪力によって、

オトハはようやくの思いで、対岸の崖へと引っ張り上げられた。


「みなさん、ありがとうございます!」


『や、約束は絶対に守っちくれよ、頼むぜよ!』


「はい、大丈夫ですよ。

にゃーちゃんたちにも、帰ったらお高級な『ちょーる』をあげますね」


『にゃー! にゃー!』


大喜びで周囲を飛び回るネコ型ドローンたち。


「ほんま、もうアンタちゅう子は形容のしようがないわ……。

さすがにウチ、精神的にちょっと疲れたわぁ」


「そうですね。ちょうどいい時間ですし、今日はここでキャンプにしましょう!」


「……なんて? ここでキャンプなんかしたら、

寝とる間にさっきの魔獣たちの仲間に寝首をかかれるで!?」


「そうですよね。だから、とっても頼もしいキャンプの師匠を連れてきてるんです!」


「どこにもそんな人おらんで?」


「ここです!」



 オトハが腕のアッポーウォッチのスイッチをパチリと押した。


 途端に、空中に青白い光が走り、

軍服に身を包んだ屈強な男のホログラムが浮かび上がった。


「なんや、用心棒を連れて来とったんかい! さっさと出してや、ホンマに……」


『なーーーにをごちゃごちゃと言っとるんだぁーーーッ!!!』


 洞窟内に響き渡る大爆音の怒鳴り声。


『千里の道も一歩からだ! 泣き言を言う暇があるなら動け!

レッツ・ブートキャンプ・スタート!!』


「はい、大佐!!」


 突然、直立不動で綺麗な敬礼をキメるオトハ。

それを見たシバは、開いた口が塞がらなくなった。


「な、なに? 大佐……?」


「はい、この方は『ビリビリ大佐』です!

キャンプ(ブート)に関しては、泣く子も黙る超エキスパートなんです!」


「……もしかしてそれ、ウチらが思とる楽しいキャンプ(野営)とは、

根本的に違う種類の奴やないんか!?」


『おい! そこの小汚い少年!!』


 ビリビリ大佐のホログラムの鋭い眼光がシバを射抜く。


『さっさとこっちに来て、腕立て伏せを開始しろ! 1、2! 1、2!』


「早くしないと、大佐にものすごく叱られますよ!」


「ええええ!? なんでウチが、ここで腕立て伏せなんかをせなあかんのや!」


『苦しい時はチャンスの証だ! 復唱しろウジ虫ども!!』


「はい、大佐! 苦しい時はチャンスの証だ!」


 なぜか、すでに汗だくになりながら必死に腕立て伏せを頑張るオトハ。



「オトハちゃん、キャンプの準備(テント設営)はどうなったんや!?」


『おい少年、お前は今からウジ虫だ!

ウジ虫野郎、今、優雅なキャンプと言ったか!?』


「へえ、言いましたで!

ウチら今、晩ご飯と寝床のキャンプの準備中ですねん!」



『よーし! それじゃあ、貴様らにキャンプのイロハを叩き込んでやる!

まずは、このジャガイモの皮を剥け! 100個あるぞ!!』


 どこからともなく、地面に大量のジャガイモがドサドサと降ってきた。


「えーーー!? 誰が食べるねん、そんな数!」


『そこの小さな女子! お前は玉ねぎ100個だ!!』


「ハイ! 大佐!!」


 オトハは涙目になりながら超高速で玉ねぎを剥き始める。


『そして、この人参は……』


「大佐はんが剥くんかいな?」


『……ぴょんた軍曹に渡そう』


 大佐が人参を差し出すと、どこからともなく真っ白なウサギが現れ、

嬉しそうに人参を咥えて闇の中へと消えていった。


「なんですのんそれ!? その人参とウサギ、キャンプに何の関係があるんや!」



『おいそこ! 手が止まっているぞ! まだ30個しか剥けてないではないか!』


「はいはい! わかりました、剥けばいいんでしょ、剥けば!」


 それからどれほどの時間が経っただろうか。


「大佐! 終わりました!」


『グーーーッド! よくやった!

そんな従順な貴様らには、これを食わせてやろう!』



 大佐が手を叩いた瞬間、どこからともなく、

えも言われぬ芳醇なカレーの香りが辺りに漂い始めた。


 シバとオトハが必死に剥いた野菜たちも、

いつの間にか一瞬で煮詰められ、お鍋のルーの中でおいしそうに踊っている。


「大佐、さすがです!」


「大佐はん、……ゴクッ。おいしそうやん、おおきに」



『気にするな! ウジ虫ども。夜は長い、栄養をしっかりと取っておくのだな!』


「……えーーーー? もしかして、食べ終わった後もこれ続くんかいな?」


 その夜、疲れ果てたオトハとシバ(ユヅキ)の二人は、

深夜2時を回るまで、ビリビリ大佐の理不尽な鬼特訓に付き合わされるのであった。

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