第71-2話:はさみ撃ちのピンチと、100万ボルトの洗礼
「狩っちゃいましょう、ってアンタ、ほとんど魔力ゼロの一般人やろ!?」
「そんなときのための魔道具です!」
オトハがリュックから取り出したのは、一本の小ぶりなボウガンだった。
しかし、闇を割って目の前に現れたのは、巨大な岩石でできたゴーレムが五体。
とてもボウガンの矢でどうにかなる相手ではない。
「オトハちゃん、さすがにあの岩の塊をボウガンじゃ倒せんやろ!
せめてさっきの光の剣の方がまだマシや!」
「いいえ、これはシバさんが持ってください」
「えっ、ウチ戦えへんで!? そもそも今のシバちゃんの身体じゃ魔力が――」
「大丈夫です。これは魔力なしでも、ボタン一つで凄まじい攻撃ができますから」
「いやいや、そんな都合のいい武器あるわけ――」
「いいですか? シバさん。相手を撃つ時には、こうやって構えて、
この赤いボタンを押してくださいね」
シバの慌てぶりなどどこ吹く風で、マイペースに説明を終わらせるオトハ。
そして再びリュックの奥深くに手を突っ込んだ。
「シバさんはそっちのゴーレムをお願いしますね。
私はこちらのギガントスパイダーをやります」
「……なんやて?」
シバが振り返ると、なんと二人が立っている崖の下から、
ゴーレムの三倍はあろうかという巨体を激しく揺らしながら、
おぞましい蜘蛛が這い上がってきているところだった。
前方からゴーレム五体、後方(崖下)から巨大蜘蛛。
完全なる挟み撃ちの絶体絶命。
さすがのユヅキも、シバの身体の中で腹をくくった。
「……わかったわ、やったるわい!
最弱の天使と呼ばれたウチの、本気を見せたるわい!」
「え? 天使?」
「いやいや、こっちの独り言や! それよりオトハちゃん、大丈夫か!?
相手はゴーレムより強そうやで!」
「たぶん、大丈夫だと思います。
……あれ? 確かに持って来たと思ったんだけどなー」
カバンの中をごそごそと漁るオトハ。
「これかな?」
取り出したのは、シルバーランド軍に買い取ってもらった音声増幅マイクだった。
「違う違う。じゃあ、これかな?」
次にオトハの右手に握られたのは――どう見ても、
一般家庭の浴室にあるような、ピカピカしたメッキ仕様の『シャワーヘッド』だった。
「オトハちゃん、
それ思いっきりシャワーの頭やんけ!
今から風呂でも入ろういうんかい! って、
こんな緊迫した時に対抗して突っ込ませるな!」
「いえ、シバさん、これでいいんです。
大きい相手には効果てき面なんですよー」
「もうどうにでもなれ! ほなら、後ろは任せたでぇ!」
ヤケクソ気味にシバがボウガンをゴーレムの群れに向け、
教えられたボタンを押し込んだ。
――シュシュシュシュワーン!!!
凄まじい連射音とともに、ボウガンの銃口から
目視できないほどの速度で無数の矢が掃射された。
シバの放った矢の豪雨は、取られた的確にゴーレムたちの
急所に吸い込まれていく。
圧倒的な弾幕の前に、ゴーレムたちは原型を留める暇さえなく、
一瞬にしてただの砂の山へと化してしまった。
「なんやこれ……!? ヤバすぎるで、圧倒的やないか……!」
攻撃した張本人であるシバ(ユヅキ)が、
ボウガンを握ったままブルブルと震えている。
「そうでしょ? だから大丈夫って言ったんですよ」
巨大な蜘蛛がすぐそこまで迫っているというのに、
オトハはシバを振り返り、ドヤ顔で得意満面な笑みを浮かべていた。
「あかんあかん、あんた後ろや! はよ構えて攻撃せな間に合わんて!!」
「あっ、そうですね」
シバが慌ててボウガンをギガントスパイダーに向かって乱射したが、
先ほどゴーレムを粉砕した無数の矢は、蜘蛛の不気味な外殻に
ことことごとく弾かれ、カキンカキンと虚しい音を立てて落ちていく。
「な、なんやコイツ……普通のギガントスパイダーとちゃうで!?
まるで鋼鉄、いや、それ以上の甲羅やないか!」
「はい。たぶん『ミスリルスパイダー』ですね。
この谷底にある純度の高いミスリルを食べて育ったんでしょうねー」
「ミスリルやて!? そんな貴重な金属がこの崖の下にウヨウヨあるんかいな……って、
そんなバケモン相手にどうするんや!?」
「はい。そんな硬い物大好きな魔獣には、これがぴったりなんですよ」
「……だから、そのシャワーがかいな!?」
「じゃ、そこで見ていてくださいね。
――はい、スパイダーさん、おシャワーの時間ですよー」
オトハがシャワーヘッドを向け、勢いよくレバーをひねる。
シャワーからは、シャーッと勢いよく透明な水が噴出し、
ミスリルスパイダーの全身へと降り注いだ。
その光景は、どう見てもただ蜘蛛にお湯をかけて
洗ってあげているようにしか見えない。
だが、水が外殻に触れた瞬間――。
『ぎゃぁぁぁーーーっ!? ぎゃーーーっ!!!』
圧倒的な防御力を誇っていたはずのミスリルスパイダーが、
鼓膜を突き刺すような悲鳴を上げて激しくのたうち回った。
そして、ビクンビクンと痙攣したかと思うと、
あっけなくひっくり返って動かなくなってしまった。
「な、なんでや……!? 普通に水をかけただけやろ?
何がどうなっとるんや……」
まったく納得のいかない表情で、
シバが確認のために蜘蛛の死体に近づこうとする。
「あ、シバさん、ダメです!」
「何がダメ――あああああああああああああッ!!??(ガガガガガガ)」
一歩足を踏み入れた瞬間、シバの身体が光の檻に閉じ込められたように
激しく震え、その場に崩れ落ちた。
「なんや……これ……体中がビリビリして……動けへん……」
「ダメって言ったじゃないですかー!
今はもう電圧が下がりましたけど、あと数十秒早く近づいてたら、
シバさん黒焦げで死んでましたよ?」
「ど、ど、どういうことやねん……!?」
「このシャワーからは、100万ボルトの超高電圧を滞留させた
『電動水』が噴出するんです」
「そんなヤバすぎる兵器、涼しい顔して使ってたんかい!
ほんま無茶苦茶やなアンタ!」
「だって、普通の物理攻撃じゃミスリルスパイダーの硬い殻には
ダメージが通りませんから」
オトハは「えっへん」と胸を張る。
その姿を見上げながら、ユヅキはシバの身体の中で、心底震え上がっていた。
(……この子、普段はボーッとしとるように見えて、
戦いに関しては一切の容赦がないわ。やることに迷いがなさすぎる……。
こりゃ、オトハちゃんの評価を根本から変えなあかんな。
サクラちゃんが、あの『つつんだるねん』を預けてまで、
この子に執着するわけやわ……)
最弱の天使ユヅキは、魔力ゼロの天才魔道具士の底知れぬ恐ろしさを、
身をもって知るのだった。




