第67話:寝不足の聖女と、消えた王子の違和感
――神の復活祭の朝。
世界中の運命がその両肩に懸かっているとは到底思えない、
マヌケな寝息が部屋に響いていた。
「ちょっとオトハ! いい加減に起きなさい!」
宿屋の部屋の扉を勢いよく開け放ち、キキョウが声を張り上げる。
しかし、ベッドの上の毛布の塊は
「ふにゃぁ……」と頼りない声を漏らすだけで、ピクリとも動かない。
前日の夜、オトハはリサと新しい魔道具の開発で
完全に盛り上がってしまい、夜中まで作業部屋にこもっていたのだ。
「もう、なんなのよこれ……」
キキョウが机の上に目をやると、そこにはサクラから頼まれていた
極薄の魔力布『つつんだるねん』の完成品と、見たこともない
「謎の小箱」が転がっていた。
どれほど強固な防衛結界よりも、
睡魔という結界に守られたオトハは簡単には起きない。
ついに痺れを切らしたキキョウに引きずられるようにして、
オトハは帝国の宮殿へと連行されることとなった。
「うう……キキョウさん、眩しいですぅ……」
「シャキッとしなさい! ほら、前を見て!」
寝ぼけ眼のオトハが視線を上げると、帝国の宮殿前広場には、
地平線を埋め尽くさんばかりの何万人という群衆がひしめき合っていた。
二人の姿がその場に現れた瞬間、地鳴りのような大歓声が沸き起こる。
『おぉぉ! 聖女様だ! 世界の聖女様がお見えになったぞ!』
「へはえー……さすがキキョウさん、帝国でもすごい人気ですね」
「違うわよ! あれ、アンタのことを言ってるの!
自分が『世界の聖女』に祭り上げられたこと、もう忘れたの!?」
「え? でも、みんなキキョウさんの美貌に目を奪われてますよ?」
「っ……! バ、バカなこと言ってないで急ぐわよ!」
キキョウは顔を真っ赤にしながらオトハの背中を押し、
そんな噛み合わないやり取りを繰り広げながら、
どうにか宮殿の重厚な入口にたどり着いた。
宮殿の玄関口では、帝国軍の軍服姿でリサが出迎えてくれた。
彼女の背後には、威厳ある帝国の将校たちが整然と列をなしている。
「少尉殿。あれが……西の天才と噂される、オトハ・ブルーノですか?」
一人の大柄な将校が、寝ぼけ眼のオトハを見て眉をひそめた。
リサは胸を張り、これ以上ないほど誇らしげに胸を叩く。
「そうなのです! 私なんか逆立ちしても及ばない、ちょー、ちょー天才です!」
「ほう……帝国の至宝たるリサ少尉に、そこまで言わせるとはな」
将校たちが感嘆の声を漏らす。
オトハたちは宮殿の奥へと続く長い廊下を進んでいく。
その途中、
今日の式典に招待されたシルバーランドの学生たちが並んでいた。
そしてその先頭には、見覚えのある大柄な男――バルカス将軍の姿があった。
「……キキョウ殿、オトハ殿」
バルカスはキキョウの顔を見ると、
憑き物が落ちたような穏やかな表情で近づき、丁寧に頭を下げた。
帝国が仕組んだ策略のため、シルバーランドで幽閉されていたバルカス。
そんな彼も、カオルが引き起こした魔人化の暴走で状況が変わっていた。
帝国側の被害は甚大で、もはや戦争を継続できる余力がなく、
同じく大打撃を負った連合国との間で正式に停戦協定が結ばれたのだ。
それに伴い、バルカスも、無罪放免として釈合されていた。
「これからは、お二人が世界の希望だ。どうか、よろしく頼みます」
「はい! がんばります!
そういえば、帝国で面白い魔道具を見つけたんんですよ」
「あのーー、オトハ殿、後ろでキキョウ殿が……」
オトハがバルカスの前で立ち止まり、魔道具の話を始めた。
『帝王の間』の前では、高貴な貴族達が待っている。
役人たちが時間を気にして焦りの表情を浮かべ始めた、その時。
「「 オーーートーーーハーーーー!! 」」
<< ガシッ!! >>
いきなりキキョウがオトハの首根っこを捕まえて、
帝国の間に向けて、引きずりながら歩き始める。
「き、キキョウさーーん、痛いですうー」
手足をバタバタしながら引きずられる英雄オトハ。
一部始終を見ていた、バルカスが笑いながら敬礼を送る。
オトハは引きずられながら元気に敬礼(のつもりで手をブラブラ)し、
さらに奥の『帝王の間』へと足を踏み入れた。
そこには、緊張した面持ちのケイン皇太子と、法王の姿があった。
「いよいよですね。オトハさん、世界のためによろしくお願いします」
深々と頭を下げる世界の最高権力者二人。
「うーん……この雰囲気、何かが足りない?」
周りを見渡し、オトハは首を傾げ、隣のキキョウの袖を引っ張った。
「キキョウさん。
なんだか、誰かの顔が足りないような気がするんですけど……誰でしたっけ?」
「言われると……そう感じるわね。
何か、すごくしつこくて暑苦しいのが足りないような……」
二人が記憶の糸を呼び起こそうとしていると、
今回の「もう一人の使徒」であるシバが、大きな荷物を背負って帝王の間に現れた。
シバもまた、周囲を見回して怪訝そうな顔をする。
「あのぅ、ちょっと気になってたんやけど、
このところ、ずっとミアはんの顔を見んのですが……どこ行ったんやろ?」
「そういえば、うちのカイルも、しばらく見ていない。
この場には絶対に顔を出すと思っていたが、どこへいったのだろうか?」
ケインが後ろの側近に向かって尋ねたが、返事はなかった。
「あーーーっ! カイル王子だ!」
オトハが手をポンと叩いた。
二人が感じていた猛烈な違和感の正体――。
それは、いつもなら隙あらばキキョウにまとわりつき、
熱烈なアプローチをしてくるはずのストーカー……
もとい、カイル王子の姿が、いつの間にか完全に消えていたことだった。
一体、いつから姿を見ていないだろうか。
不気味なほどの静けさが漂う中、突如として重厚な鐘の音が響き渡った。
「しっ、静かに! 帝国の皇帝陛下がお出ましだ!」
ケインの緊張した声と同時に、
世界の命運を決める運命の扉が、ゆっくりと開き始めた――。




