第58話:真の勇者は定時に帰宅します
『 ほほう。かつて勇者と名乗る者が数名いたが、
ワシの前でそのように冷静だった者はいなかった。今日は楽しめそうだ 』
黄金の巨体を揺らし、ゴールドドラゴンが低く唸る。
その咆哮だけで神殿の壁がひび割れるほどのプレッシャーだが、
オトハはどこか眠そうに虹色の剣を抜いた。
その途端、膨大な魔力が天高く伸び、大神殿を貫く光の柱となった。
『 その剣は、まさか…… 』
「これは、私の友達から借りているものなんです。
傷つけたら怒られるから、丁寧に攻撃しますね」
オトハがその光の柱を、巨大な剣の形に凝縮させて振り下ろす。
<< ブン!! >>
『 ちょ、ちょっとー! いきなり切りつけてくるなんて、お前ただの変質者か!? 』
ゴールドドラゴン――竜王ルークが、慌てて飛び退きながら叫んだ。
『 まずは名乗り合って、正式に戦うものだろうが! 』
「あれ? 調子悪いわね……じゃあ、もう一度」
<< ブン!! >>
『 おい待てと言っているだろ! 戦いの作法ってものがあるだろ!
おい、もう一人の娘、何とかあの変質者に説明しろ! 』
「オトハ、さっきからこのドラゴン、アンタに何か訴えかけてるけど……」
「そうなんですか? 気が付きませんでした」
キキョウに言われて、オトハはようやく足を止めた。
『 やっとワシの声に耳を貸す気になったか。
ワシの名は、竜王の一人、ルークという。お前の名を聞いてやろう 』
「はじめまして。オトハです。
……ちょっと訳がありまして、あなたを倒させていただきます」
オトハがぺこりと頭を下げると、ルークは呆気にとられた。
『そ、そう、それだ!
まったく最近の若い奴らは礼儀作法というものを知っておらん』
「あ、そうなんですか。すみません。
私、ドラゴンさんと戦うの初めてなんで、慣れていないんです」
「わかればよろしい。次回からは気を付けるように。
……よし、ではかかってくるがよかろう!」
「はい。はーーーっ!」
オトハは元気に返事をすると、気合を入れた。
虹色の剣がさらに巨大化する。
やがて剣は、ドラゴンの巨体に匹敵する長さまで伸びた。
『 なかなかの魔力じゃ。
だが、そのような小さな身体で振り回せるのかの? 』
ドラゴンがニヤリと笑いながらオトハを見降ろす。
「 ほい! 」
<< ググググワン!! >>
オトハが舞を踊るように身体を動かすと、
巨大な剣はブワンブワンと重低音を響かせた。
剣先が、あたりの壁を豪快にぶち壊しながらルークを追い詰めていく。
「もう……オトハは、何をやっても、めちゃめちゃね……。
でも、そろそろ当たりそうかしら」
キキョウの予想通り、ドラゴンの硬い鱗が少しずつ削られていく。
「とりゃーーー」
オトハが細い声で剣を振るう。
さきほどより、剣の動きが素早くなった。
伝説の竜王がまともに吹き飛び、神殿奥の壁に激突する。
「ほ、ほらね! 師匠は何でも型破りなんです!」
場外で様子をうかがっているリサが興奮して叫ぶ。
だが、シバは目をつぶると、冷静に解説した。
「いや、見てみい!
最初はドラゴンも驚いてたみたいやけど、だんだん剣を受け始めとるで」
シバの分析通り、徐々にオトハの剣が空を斬ることが多くなった。
「あの剣の腕前じゃ、仕方ないわね……」
キキョウが頭を抱える。
オトハの剣技は、素人が棒を振り回しているのと大差なかったのだ。
「アンタ、学校で剣術サボってたでしょ?」
「だってー。痛いの嫌なんですもの」
『人間の娘よ、それほどの力を持っているのに剣の勉強はしなかったのか?
何という宝の持ち腐れ。もっと勉強した方がいいぞ……』
「もう、余計なお世話ですよ!」
「オトハ、そろそろタイムリミットよ」
キキョウの声に、オトハが分厚いメガネを指で押し上げ、荒い息をついた。
「……あ、あと、三分なら……。キキョウさん、まだ、いけます……」
七色の剣には禍々しい闇の力が渦巻き始めている。
だが、キキョウは冷淡に結界を閉じ始めた。
「オトハ、だめ。これ以上サクラの力を使うと、剣ごと世界が吹っ飛ぶわ。それに――」
<< グォォォーッ!! >>
『人間よ! ここまでやるとは誉めてやろう! ここからが本当の勝負じゃ!』
ボロボロになりながらもルークが再生し、復活の咆哮を上げる。
しかし、オトハたちはすでに目もくれず、事務的に後片付けを始めていた。
「あ、はい……分かりました、帰ります。
キキョウさん、これ。今日の討伐証明分の『竜の鱗』です」
「じゃあボクは結界を畳むから、忘れ物ないかチェックしてね」
手慣れた手つきで魔法レンチをポーチに仕舞い、手鏡で乱れた髪を整える二人。
『……いや、ちょっと待て! 最後まで戦わんのか!? ワシは今から世界を滅ぼすのだぞ!?』
ルークの悲しそうな声が神殿に虚しく響く。
「お疲れ様でした」
「うん、お疲れ様」
伝説の竜王を置き去りにしたまま、
一行は(気絶したままの法王と皇太子を抱えて)粛々と大神殿を後にした。
キキョウの提案で、明日の「サトル復活」に向けて、魔力を温存する作戦なのだ。
『 ワシ、本当にあばれちゃうぞーーー。おーーーーい 』
しょんぼりとオトハたちを見送るゴールドドラゴン。
その視界に、漆黒の闇に包まれたフォノグラムが現れた。
フォノグラムは、やがて実体へと変わっていく。
< ふふふ、大丈夫よ。アンタの相手はアタシがしてあげるわ >
第58話、最後まで読んでいただきありがとうございます。
さて、記憶力の良い読者の方、あるいは1話を大切に読み返してくださっている方なら、今回のラストシーンに既視感を覚えたのではないでしょうか。
そう、実はこのシーン、第1話の冒頭シーンなんですね。
あの時、絶望的な予兆として描かれた竜王との対峙。
その裏で、まさかオトハたちがパンを焼き、
「定時だから」と事務的に帰宅していたなんて、1話時点では誰も想像できなかったはずです。
58話かけてようやく、物語は「始まりの場所」へと追いつきました。
竜王の前に現れた「彼女」の正体は?
そして、オトハたちの明日の「サトル復活」はどうなるのか。
ここからさらに物語は加速していきます。ぜひお楽しみに!




