第42話:物理法則、頬ずりで突破しました。~悪い子猫は全員逮捕です~
オトハが作業場に籠っている間、
帝国の周辺各国は、繰り返し空襲を受け続けた。
空を埋め尽くす「にゃーちゃん」の群れは、
やがて軍事設備だけでなく、学校や病院を無差別に
焼き払うようにエスカレートしていく。
これはリサが所属する中央司令部の命令に反し、
前線部隊が功を焦って、独自に進めた暴走だった。
この戦争協定に反する行為は、周辺諸国に改めて帝国の非道さと、
言い知れない恐怖を植え付けた。
そしてその恐怖は、人の良識ある判断を奪い去り、
人間の最も愚かな恥部をさらけ出すことになる。
そのきっかけとなったのは、新聞の一面に掲載された
『悪魔の考案者・オトハ、帝国と密通か』の文字だった。
報道をおこなったのは、オトハの故郷・シルバーランドの新聞社。
新聞社は、いくつかの証言を紹介し、彼女と帝国のつながりを指摘する。
コミュ障のオトハが帝国とつながるはずがない。
誰もがねつ造と分かっていても、言論という武器を持つ新聞社には逆らえない。
シバは商業ギルドから、発売前の新聞記事を伝えられた。
「オトハはんのこと、邪魔な人間はぎょーさんいるが、
ここまで露骨にするんは、彼女の技術力が怖い、あの国以外はおらへんで」
同時にシルバーランドのギルドから、ある情報が入ってきた。
学園長が保身のためにオトハを退学処分としたらしい。
さらに警察が、オトハの両親を逮捕したという続報もあった。
オトハを擁護するバルカス将軍も
「世界で唯一の希望を手放したのだ。後悔しても遅いぞ」
という言葉を最後に、憲兵に連行されていったそうだ。
シバは、オトハに伝えるべきか?悩んだ末に、打ち明けることにした。
オトハが故郷の惨劇を知ったのは、バルカスが逮捕された3日後だった。
深い闇に沈むオトハ。
そんな彼女の前に、ロンドラ連合王国のケイン皇太子が姿を現した。
連合王国は、国を救った英雄を見放さなかった。
新聞社を処罰し、国外へ追放しただけでなく、国を挙げて、
オトハの擁護をおこなうと、早々に発表した。
ロンドラの発表に合わせるようにサンブルグの法王庁から、
新聞社を神敵と認定し、メディーナの商業ギルドは新聞の広告拒否を指示した。
つまり、小国シルバーランドは全世界を敵に回してしまったのだ。
「安心してほしい。君のご両親は、我が国の隠密部隊が救出し、
安全な場所に確保した。……だが、バルカス殿は監視が厳しく、まだ救出できていない」
ケイン皇太子の報告を聞きながら、オトハは静かに拳を握りしめた。
瞳には、悲しみや復讐を超えた「技術者の意地」が宿っていた。
そして、オトハの隣で悠然と酒を飲むサクラに問いかける。
「サクラさん、どうすればいい?」
< 決まっているだろう。偽物の猫を、アンタの魔道具で『お仕置き』
してやるのよ。……あと、この汚い情報の元にも『お仕置き』が必要ね >
◇◆◇◆◇
三日後、新聞記事の調査に走っていたキキョウとシバが戻ってきた。
「オトハちゃん、ビンゴや。帝国が新聞社に特ダネと美女を与えて、
広告料で首根っこを押さえとった。記者の弱みもしっかり握られとる」
「……シバさんと決めたんだけど、目には目を、で、動き始めたんだ。
今、別の新聞社に正しい情報を流す準備をしているわ。
これが流れたら、、、うふふ、面白いことになるわよ」
キキョウの頼もしい言葉に、オトハはコクリと頷いた。
「こちらも……対抗策はできています。子猫の可愛さに対抗できる、
とっておきの魔道具ちゃんで、驚かせてあげるつもりです」
◇◆◇◆◇
オトハが満面の笑みで作業台から、ひし形の不思議な立方体を持ち上げた。
その一面には、垂れ耳の愛らしい子犬のイラストが描かれている。
「……オトハ、これはどうやって飛ぶの? 前回と同じで、はんじゅーりょく?」
「いいえ。今回は地面から引き寄せられる引力に加え、
月、そして星たちの力も使っています。
だから速度だけでも、前回の100倍は増しているはずです」
「え、、、100倍って、殆ど見えないんじゃ……」
「百聞は一見に如かずです」
オトハがキキョウの手を取ると、
二人の間から魔力が光の糸となって立方体へ流れ込む。
その瞬間、立方体が青白く脈動した。
「それじゃ、子犬さん、巡回を始めてください」
<< ――わんわんわん! >>
気の抜けるような鳴き声が響いた刹那。
……立方体が消えた。
次の瞬間、それは百メートル先に、音もなく「出現」していた。
「なっ……転移魔法!? いや、魔法じゃないわね。これは空間そのものを……!」
< 天の引力を使って空間跳躍させるなんて、聞いたことないわ。
それじゃまるで神の魔法じゃないか。ついに物理法則をねじ伏せたっていうの? >
サクラが戦慄する中、オトハは戻ってきた立方体に頬ずりをした。
「よーしよしよし」
オトハが頬ずりするたびに、立方体が赤く光る。
「それは何をしてるの?もしかして魔力の注入?」
「なーに言ってるんですか、キキョウさん。私、魔力ゼロですよ。
可愛いから頬ずりしてるだけです」
愛情表現が、未知のエネルギーとして魔道具に極限の駆動力を与える。
まさに「機械愛が全てを動かす」、オトハ独自の魔導工学の誕生だった。
◇◆◇◆◇
一週間後。ロンドラ連合王国の軍司令部。
帝国の子猫爆撃機が王都ダブリンへ向かっているという報が入った。
オトハのいる前線に魔導無線から出撃命令が下された。
部屋を埋め尽くす「子犬のお巡りさん」部隊を前に、シバが不敵に笑う。
「準備おっけーや。……ほな、戦場へ行こか!」
一目散に駆け出すシバ。
「それでは、ボクたちも行こうか。オトハ」
キキョウがオトハの手を取る。
「はい、キキョウさん!」
それを見ていたカイル王子が、慌ててキキョウの前に手を差し出す。
しかし、オトハとキキョウはすでに背を向け、部屋を飛び出していた。
差し出された手は、虚空を掴む。
「…………」
静まり返る部屋に、カイル一人。
< 少年よ。恋はタイミング、そして『可愛さ』への理解が大切よ。
……まあ、手始めに犬のコスプレでもしてみるか? >
姿の見えないサクラの同情(?)だけが、虚しく響いた。
「子犬のお巡りさんたち、いいですか!
逃げる子猫(偽物)は逃がさずに、悪い人は全員『逮捕』ですよ。
みんな、頑張ってね」
魔道具の子犬の顔を、ひとつひとつ、優しくなでるオトハ。
オトハの手が触れるたびに、立方体が嬉しそうに赤く発光する。
やがて、子犬たちは、
オトハの周りをグルグル回りながら、空へと消えていった。
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