第30話:未知のバグ『ハイミノタウロス』。〜失敗こそが、偏愛(しゅうちゃく)エンジニアの最上の燃料です〜
「天才とは聞いていたが、まさかこれほどまでとはな……」
商業ギルド最上階、重厚な執務机に腰掛けたギルド長は、しみじみと呟いた。
三日で六年分のノルマを完遂させた少女――オトハの異質さに、彼はようやく一人の「商人」として向き合う覚悟を決めたようだ。
「オトハさん。本来ならギルド長特権でいきなり引き上げ、お願いしようとも思ったんだ。だが、君の実力を正当に評価させたくて、あえて腕を試すような真似をしてしまった。悪かったな」
ギルド長は居住まいを正し、一通の報告書を差し出した。
「実は、メディーナの東の森で、多くの魔獣が出始めている。冒険者ギルドに依頼して商人の護衛をさせているのだが、冒険者のけが人が多く出ていてね。……そこでだ。その魔獣たちに対抗できるような、新しい魔道具を考えてはくれないか?」
◇◆◇◆◇
―――翌日。
オトハとシバ、そしてキキョウの三人は、現状を把握するために原生林へと足を踏み入れていた。
「……空気が重いな。商売人の勘やけど、あんまりええ予感はせぇへんで」
シバが鼻をひくつかせ、周囲を警戒する。
森の入り口付近だというのに、本来ならもっと奥地にいるはずの低級魔獣――ゴブリンやワイルドボアが、何かに怯えるように群れをなして逃げ出していくのが見えた。
「確かに、低級の魔物がようさんおるな。……おっ、今の音、中級の『マッド・ベア』やないか?」
シバの指摘通り、茂みの奥から立ち上がったのは、大人が三人並んでも敵わない巨体を持つ中級魔獣だった。
本来ならこれ一頭で、駆け出しの冒険者なら全滅しかねない脅威だ。
だが、そのマッド・ベアですら一行に目もくれず、必死の形相で森の外へと走り去っていく。
「キキョウはん、今の音は?」
「……変よ。あの子たち、私たちを怖がってるんじゃなくて、森の『もっと奥』にいる何かに追い出されてるみたい」
キキョウが杖を握る手に力を込める。その時だった。
<< ――ズゥゥゥゥーン! >>
大地を直接揺らすような、腹の底に響く重低音。
一瞬、すべての鳥の声が止まり、森から「音」が消えた。
次の瞬間、樹齢数百年の巨木が、まるで腐った枝でも折るかのように、一撃で粉々に粉砕された。
砂塵の向こうから現れたのは、本来ならダンジョンの最深部にしか存在しないはずの、上級魔獣ミノタウロスだった。
「アカン! 逃げるで、オトハはん! あれはパーティ組んで倒す化け物や!」
シバが叫び、キキョウも即座に同意してオトハの肩を掴む。
だが、オトハは動かなかった。
「……嫌です。試したい魔道具があるんです。ここで引き下がるなんて、愛が許しません」
◇◆◇◆◇
「おい! お前ら、何ボサッとしてるんだ! 早く逃げろ!」
そこへ、悲鳴を聞きつけた冒険者パーティが駆け込んできた。
彼らはメディーナでも指折りのAクラス冒険者たちだ。
だが、獲物を構えたリーダーの男が、ミノタウロスを見た瞬間にガチガチと歯を鳴らした。
「……う、嘘だろ。ただのミノタウロスじゃない……『ハイミノタウロス』だ!」
その言葉に、場が凍りついた。通常のミノタウロスではない。
Aクラスパーティ二十人がかりで、死力を尽くしてようやく倒せるかどうかの化け物。
パニックに陥った冒険者たちと共に、一行は強制的に撤退させられることになった。
しかし、その混乱の中で――オトハだけは、懐から「奇妙な筒」を取り出していた。
それは、大剣の鞘を一回り太くしたような、武骨な金属製の筒だ。
表面には複雑な魔導回路が刻まれているが、今の段階ではただの重そうな「鉄の棒」にしか見えない。
「……ニチャァ。ようやくこの『魔導収束筒』を試す時が来ました。ハイミノタウロス……その強固な外殻、私の愛でドロドロに溶かしてあげますよ……!」
オトハは恍惚とした表情で、筒の側面に備え付けられた起動レバーを引き絞った。
内部の魔導縮退炉が唸りを上げ、周囲の魔力を一気に吸い込み――。
<< …… >>
「……? なんで……起動、しないの?」
シュン、と情けない音を立てて、筒の輝きが消えた。
魔力を流し込んでも、愛用の魔道具は冷たく沈黙したままだ。
「嘘……充填効率は完璧だったはず……計算外の磁場干渉? それとも……」
逃げ遅れたオトハに、ハイミノタウロスの巨大な斧が振り下ろされる。
エンジニアとしての困惑に支配され、避けることすら忘れたその瞬間、視界が白銀の魔力に染まった。
◇◆◇◆◇
「――私の友に、気安く触らないで」
キキョウが一人で戻ってきた。
彼女が杖を一閃させた瞬間、森の空気が凍りつくような高密度魔法が爆発する。
Aクラス冒険者たちが「あんなの勝てるわけないだろ!」と絶叫する中、キキョウはたった一人で、あのハイミノタウロスと真正面から殴り合い、互角以上に戦い始めたのだ。
「……自分、あの姉ちゃん……誰や? S級冒険者か?」
驚愕して問いかける冒険者に、シバは首を横に振る。
「……いや、違うわ」
シバの返答を待たず、冒険者たちもその圧倒的な輝きに鼓舞され、キキョウに加勢した。
「馬鹿な……! メディーナ東部を十年守り続けた俺たちの剣が、掠りもしないのか!?」
絶望に染まる戦士たちを背に、銀髪の少女が静かに前に出る。
数多の魔法と剣閃が交錯し、ついにハイミノタウロスを後退させることに成功。
その隙に、一行は命からがら森を脱出した。
◇◆◇◆◇
メディーナに戻った冒険者ギルドは、「突如現れた謎の聖女」の話題で持ちきりだった。
だが、オトハは街の喧騒など耳に入らなかった。
「……何で。何で動かなかったの……」
作業部屋に閉じこもり、バラバラに解体した魔道具のパーツを睨みつける。
キキョウに守られた感謝よりも、自分の設計が「起動しなかった」というエンジニアとしての致命的な屈辱。
それがオトハの偏愛を、これまで以上に激しく燃え上がらせていた。
一晩中、彼女はパーツの海に溺れた。
そんな折。街に再び、悲痛な警報が鳴り響く。
「ま、また出たぞ! ハイミノタウロスだ!」
「……待て、増えてる! 今度は二体同時や!!」
――ニチャァ。
「二体ってことは、二回分もリベンジできるのね?うふふふ、さぁいくわよ!すないぱーちゃん」
部屋から出てきたオトハ。
その目は、寝不足のせいだけじゃなく、獲物を定めた捕食者のような爛々とした光を放っている。
シバは本能的に察した。
「あかん、これハイミノタウロスの方が被害者になるやつや」
ご一読ありがとうございます。
「この作品、ちょっと面白そう」と思っていただけたら、
下の【☆☆☆☆☆】と【ブックマーク】で応援いただけると、うれしいです。
いや、そろそろ押してみましょう。そう、押せば、いいことあるかも?




