第27話:黒い詰襟(学ラン)の来訪者。〜愛のレンチと、禁断の「ちょーる」〜
静まり返った戦場。
学ラン姿の少年は、まるでお気に入りの音楽でも聴いているかのように、軽やかな足取りで近づいてきた。
「……お姉さんに聞きたいんだけどさ。オトハさんって、そっちの眼鏡の子?」
「アンタも、オトハのレンチを狙っているの?」
キキョウが声を絞り出す。
全身から溢れる黄金のオーラが、周りの大地を白く焼き焦がした。
「……それなら、ボクが排除させてもらう!」
キキョウの手から、空を引き裂くような極大の稲妻が放たれた。
直撃すれば鉄壁の城門すら蒸発させる一撃。だが、少年は避けない。
パリン、という乾いた音が響いた。
稲妻は少年の肌に触れる数センチ手前で、まるでガラス細工が砕けるように光の破片となって霧散した。
「いきなり戦闘モード? レンチには別に興味ないんだけど。……ちょっと、お姉さんたちには興味があるんでね」
「ふざけるなッ!」
キキョウの杖が描く軌道に合わせ、今度は紅蓮の炎が巨大な竜巻となって少年に牙を剥く。
だが、それさえも彼の周囲に広がる「見えない壁」に吸い込まれ、熱気すら残さず消滅した。
「へー、すごいんだね、お姉さん。じゃあ、こういうのはどう?」
少年が右手を軽く掲げると、その掌から眩い光の球が浮上した。
光の中から『黄金の龍』が顕現し、その顎が開かれる。
「……っ!?」
龍が放ったのは、物理的な雷撃ではなく「光の奔流」だった。
キキョウが左手で必死に防御障壁を張るが、幾重にも重なった衝撃が、彼女の防御術式を一枚ずつ剥ぎ取っていく。
<< ズゴォォオオオン!! >>
落雷のような轟音と共に、キキョウの身体が光に押し流された。
気が付くと、小さな体は地面を転がっていた。
◇◆◇◆◇
「キキョウさーーーん!!」
オトハが泥まみれのキキョウに駆け寄った。
オトハの瞳には、かつてない怒りの色が宿っている。
「もう! キキョウさんをイジメるなんて、ゆるせない! お仕置きです、出てきて、にゃーちゃん!」
オトハがレンチを高く掲げると、空間の歪みから猫型魔道具『にゃーちゃん』が飛び出した。
にゃーちゃんは残像を残すほどの猛スピードで、少年の顔面へ嵐のような猫パンチを繰り出す。
すると、少年が再びポケットから「光の球」を取り出し、にゃーちゃんの足元へ転がした。
「……にゃ、にゃあ?」
刹那、凶暴な殺戮兵器は、ただの「愛くるしい猫」に成り果てた。
ゴロゴロと喉を鳴らし、至福の表情で光の球とじゃれ始める。
「にゃ、にゃーちゃんの性格をわかってるわね……! あなたを強敵と認めるわ!」
「では、次の攻撃はどうかしら?、皆さんお願いします!」
オトハがレンチを地面に突き立てると、虚空からインコ型の魔道具ロボたちがワラワラと飛来した。
「ピッピ――! チチチチチ!」
いきなり始まる小鳥たちによる、鼓膜を震わせる超音波の合唱。
特定の波長による共振破壊が、周囲の岩石をサラサラとした砂に変えていく。
「すごい発明だね。まさか声の波長で構造物を崩壊させるなんて……オトハさんだっけ?あなたは天才だよ」
少年は感心したように頷くと、今度は小さな袋を取り出した。
「じゃーん!『インコ向けちょーる』」
その封を切った瞬間、インコロボたちの電子アイが真っ赤に染まる。
彼らの破壊活動は即座に放棄され、我先に少年の指先に群がった。
そして、必死に『ちょーる』を食み始めたのである。
「……ま、負けたわ」
オトハがガックリと肩を落とす。
「あらら。じゃあ、そのレンチ、記念に持っていくね」
◇◆◇◆◇
「まだよ……!」
キキョウが這い寄り、オトハの手をギュッと握りしめた。
その瞬間、二人の魔力が合流した。
紫と黒、二つの魔力球がその周囲を衛星のように高速回転し始める。
オトハの手には黄金の光が宿り、禍々しくも美しい紫の魔剣が顕現していた。
「さぁ、オトハ、アンタのペットロボの心を横取りされた復讐を果たすのよ」
「よくも……よくも『にゃーちゃん』を手なずけてくれたわね……! あの子は私だけの、私だけの、にゃーちゃんなのよおおおーーーっ!!」
「え、戦う理由はそこなの!?」
少年が思わずずっこけた瞬間、オトハが魔剣を全力で振り下ろした。
空間を塗り替えるような膨大な魔力の刃。
少年は慌てて自身の剣を顕現させて受け止めたが、尽きることなく溢れ出すオトハの「独占欲」という名のエネルギーに、ついには悲鳴を上げた。
<< ガッ、ガガーーーーン!!>>
少年の剣が光の粒子となって砕け散り、その身体が淡い光の中に溶け始める。
《 ……っ、サクラ。こんなところにいたのか 》
突然、少年の若々しい声が、突然、重厚な男性のものへと変貌した。
◇◆◇◆◇
< ……お兄様? >
オトハの影の中から、サクラが震える声で応えた。
光の中に消えゆく少年の顔には、慈悲のない、しかしどこか懐かしげな笑みが浮かんでいる。
《 ふふふ。またもやこうしてお前と相まみえようとは。……せいぜい、この娘を大切に育てるのだな 》
少年の輪郭が崩れ、夜の闇へと還っていく。
《 また、近いうちに会うであろう。その時には、このようにはいかんぞ……サクラ 》
静寂が戻った戦場。
オトハは放心したように、いまだ光の球で遊んでいるにゃーちゃんを見つめている。
夜の風が、光の残滓と「お兄様」という言葉の余韻を、遠くへと運び去っていった。
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