第26話:新月の闇、黄金の焦げ付き。〜愛のレンチを狙うA級冒険者と、謎の学ラン少年〜
今夜は新月の夜。
空には星一つなく、世界は底知れない闇に沈んでいる。
うっすらと見える街道脇に停めた『ブリットちゃん改』が見える。
その周囲には、三つのテントが静かに並んでいた。
(……おかしい。空気が重すぎる)
浅い眠りの中にいたキキョウが、弾かれたように目を開けた。
耳を澄ますと、訓練された兵士のような、統制の取れた足音。
それが数十、いやそれ以上の数で野営地を包囲しつつある。
やがて、闇の向こうから金属同士が激しくぶつかり合う音が響いてきた。
「オトハ、起きて! 襲撃よ!」
キキョウは隣でよだれを垂らしていたオトハを叩き起こし、外へ飛び出した。
向かいのテントからは、シバが既に剣を抜いて構えている。しかし――。
「……ミアちゃん!? 起きなさい、ミアちゃん!」
キキョウがテントを揺らすが、昼間あんなに暴れていたミアが、糸の切れた人形のように動かない。
顔色は青白く、呼吸も浅い。
< ま、まさか……。この娘、竜族だから『新月の呪い』で動けないというのか!? >
オトハの影の中で、サクラだけがその異常な事態の正体に戦慄していた。
月の加護を力の源とする竜族にとって、新月は最も脆弱になる「空白の夜」。
だが、そんな種族の弱点を知る者は、人間界には存在しない。
「オトハ! シバさんとミアちゃんを車内に! 」
「はい、大佐! ブリットちゃん、第ニ防衛形態に移行!」
オトハが車体に触れると、ブリットちゃん改の外装からバチバチと青白い火花が散った。
ひとたび防衛体制に入ると、ブリットちゃんは、半径3メートル以内に近づく者を100万ボルトの電流で焼き殺す。
仮に突破されたとしても、今度は内蔵されたドリル刃が射出される鬼のような防衛力を持っている。
◇◆◇◆◇
オトハたちから離れた、背後の闇では、シルバーランドの密偵部隊『鴉』が、数倍の敵を食い止めるべく死闘を演じていた。
だが、その網を潜り抜けた一団が、キキョウたちの前に姿を現した。
覆面を被った12人の集団。その中心に立つ男が、軽薄な口笛を鳴らす。
「ヒューッ。ターゲットはこんな可憐なお嬢様かよ」
男が覆面を脱ぐ。
現れたのは、不敵な笑みを浮かべる20歳ほどの金髪の青年だった。
「お嬢さんたちを傷つけるつもりはないんだ。俺たちは『さるお方』に頼まれてね。その魔導レンチを譲ってほしいのさ。……で、どの子がオトハちゃんだい?」
「お前らなどに、オトハの大切な道具を渡すもんか!」
キキョウが鋭く言い放つと、金髪の男は肩をすくめた。
「おー、こわいこわい。やめときな。俺たちは全員A級冒険者だ。あんたじゃあ、かなわないぜ?」
キキョウが真っ向から斬りかかる。
男は最小限の動きでそれを薙ぎ払った。
「この男、軽薄なくせに、戦いに慣れている」
キキョウはすぐさま杖を持ち直し、魔力を練り上げた。
◇◆◇◆◇
激しい乱戦が始まった。
金髪の首領が前衛で猛攻を仕掛け、後方の魔導士たちが氷の矢を放つ。
キキョウはファイアボールで氷を相殺し、首領の剣を紙一重でかわしながら、ファイアウォールを展開して後衛5人を焼き払った。
「やるねー。でも、これならどうかな?」
首領を含む残りの剣士4人がキキョウを完全に包囲した。
後衛は身体強化で炎耐性を施し、さらに強力な遠隔呪文の詠唱を始めている。
前を叩けば後ろから魔法が、後ろを狙えば横から剣が届く。
キキョウが死を覚悟したその時――。
< あらら、キキョウ、ピンチみたいよ。オトハ、あれを出しておきなさい >
「キキョウさーん! 栄養補給の時間です!」
「ちょっと、なんでアンタが今出てくるのよ……ふがっ!?」
駆け寄ってきたオトハの手により、キキョウの口内に**『プロトタイプ・デニッシュ・改・しかも焦げ付き』**が無理やり押し込まれた。
ガリッ、という苦い食感と共に、キキョウの血管を「熱」が駆け巡る。
「おい、そこの姉ちゃん、いったい何をしたんだ? その子、様子がおかしくなったぞ」
金髪の首領が顔をひきつらせる。
キキョウの瞳は黄金に輝き、全身から圧倒的な金色のオーラが噴き出していた。
「待たせたわね。……ここからは一歩も引けないわよ」
◇◆◇◆◇
「やっちまえ!」
首領の号令と共に無数の氷の矢が飛ぶ。
しかしキキョウが左手をかざすと、巨大な爆炎の壁が現れ、氷を跡形もなく蒸発させた。
前後左右から同時に振り下ろされた四振りの剣。
それは確かにキキョウの身体を捉えたが――キィィィィン! と金属音が響き、すべてが弾き飛ばされた。
「な、なに……!? 剣が通らない……!?」
冒険者たちが驚愕に目を見開いた、
次の瞬間。キキョウが静かに右手を掲げた。
「落ちなさい。――『シャドウブレイク』」
音も、光もなかった。
サクラの得意技であるSSS級極大魔法。
対象の魂に極小のブラックホールを直接送り込み、存在そのものを消去する。
金髪の男たちは、自分が何に敗れたのかさえ理解できぬまま、魂を削り取られ、糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
屍の山の上、神がかった威圧感を纏って立つキキョウ。
その警戒網を易々とくぐり抜けて、一人の少年が歩み寄ってきた。
「まさか、人間が『あの破壊女』の技を使うとは驚いたな」
キキョウと同じくらいの歳だろうか。
見慣れぬ格好をしている。
<……な、学ランだと!? こいつは帝国の、しかも『転生者』だというのか?>
サクラの戦慄した声が、夜の闇に溶けていった。
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