第17話:魔改造の聖女(オトハ)が去って、無機質な鉄屑(ドロイド)がやってきた。〜便利すぎる「帝国製」の毒薬と、消えた商人の背中〜
サンブルグ法国の首都パロマ。
その港は、未だかつてない群衆で埋め尽くされていた。
オトハを乗せた船が錨を上げ、ゆっくりと岸壁を離れようとする中、
そこには職人、母親、修道女たちが、彼女が直した「宝物」を手に必死に手を振っている。
「オトハ様! これ、一生大事にします!」
「あんたの言った通り、油を差して使い続けるよ! ありがとう、オトハちゃん!」
彼らが手にしているのは、
オトハがこの数日で「ついでに」直して回った生活道具の数々だ。
ある者は動かなくなった脱穀機を抱え、
ある者は亡き母の形見の時計を握りしめている。
彼らにとって、オトハは教典を語る聖職者よりも、
目の前の不便を救ってくれた「本物の聖女」だった。
その熱狂を、法王は大聖堂のバルコニーから、苦々しい表情で見下ろしていた。
「……ふん、やれやれ。やっと、やっと出て行ってくれたわい。
あのまま居座られては、この大聖堂の権威が『魔道具修理センター』に
塗り替えられるところだったわ」
法王は深いため息をつき、傍らに立つ側近に毒づいた。
彼はまだ、オトハを「預言にある不吉な存在」として警戒している。
「閣下。ですが彼女が直した鐘のおかげで、市民の信仰心は……」
「うるさい、わかっておる。……しかし……」
法王は、手元の古びた法典に挟んだ、オトハが調整していった老眼鏡をそっと直した。
以前よりもずっと文字がくっきりと、目に優しく映る。
「……あの騒がしい娘がいなくなると、この静寂が妙に寂しく感じるから不思議じゃ。
全く、悪魔の使い魔というのは恐ろしいものだな」
◇◆◇◆◇
ケープポイント。
ここは、シルバーランドと、連合王国へ向かう海路の分岐点だ。
オトハとキキョウは、ここで王子たちと別れることになる。
「ききょうさん。ぼく、は……にげません。
あにうえを……ささえる、おうじになります」
カイルは、特訓した「声」でキキョウに誓った。
「だから……(一緒に……)」
そこでカイルは言葉に詰まる。
キキョウはその成長を眩しく思いながら微笑み、頭を下げた。
それぞれの想いを乗せ、二つの船団は別々の航路を取った。
だが、カイルが連合王国の領海に入った瞬間、空気が一変した。
かつての陽気な風は消え、肌を刺すような冷たく湿った霧が、艦隊を包み込んだのだ。
「……兄上。港に、迎えの儀仗兵がいません」
レオンが不気味な静寂を指摘する。
凱旋する皇太子を待っていたのは、祝祭のラッパではなく、
ただ灰色の空を睨む無機質な帝国製の自動砲台のみだった。
◇◆◇◆◇
王都ロンドラへ帰還したカイルの目に飛び込んできたのは、
見たこともない異様な光景だった。
王宮の回廊には、オトハが作る「温かみのある魔道具」とは
根本的に異なる、鋼と黒鉄で構成された無機質な機械が鎮座している。
「これは……北の大陸の警備ドロイド?」
皇太子ケインの目に緊張の色が走った。
これらのドロイドは、彼らの留守中に、
第2王子が勝手に王宮の警備と置き換えてしまったものらしい。
兵士の話によると、これらは北大陸の商人から持ち込んだもので、
王宮内の照明、空調、さらには料理を運ぶ道具までもが、
商人が持ち込んだ「高性能で安価」な道具へと一新されていた。
高性能というだけあって、いずれも優秀で、魔導効率の良いものばかりだ。
「あやしいな。この道具たちは『便利さ』と『効率』しか見ていない。
何かとても冷たいものを感じる。カイルも承認には気をつけろよ」
「はい、おにいさま」
皇太子とカイルが、城のサロンに入ると、
第2王子が優雅に、しかし毒を含んだ笑みを浮かべて現れた。
「お帰り、ケイン兄上。……ずいぶんと『娘一人』に、国の予算を無駄遣いしてきたようですね」
久しぶりに見る第2王子。
陽気だった顔立ちが、いつの間にか影を帯びており、以前よりも大人びて見える。
(何かがおかしい……)
ケインの不安はこの後、的中することになる。
◇◆◇◆◇
一方、シルバーランドへ向かっていたオトハの船。
月明かりの下、シバが一人、甲板の上で商業国メディーナ国の紋章が入った封書を手にしていた。
文字を追うシバの目には、思いつめたような、大きな決心が浮かんでいる。
「しゃーないな。学園もなかなか楽しかったしな。そろそろ潮時か……」
翌朝、船内でシバの姿を見た者はいなかった。
サクラが不機嫌そうに海を見つめ、呟く。
< ……この空気、世界を堕落させた「あの男」の気配がする。
前世では、あいつのせいで世界が塗り替えられてしまった。
だけど、この世界は……、今度こそ……オトハはアタシが守って見せる >
最後まで読んでいただきありがとうございます。
そろそろ新展開の予感です。
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