第107話:奇跡の板と、謎のデジャヴ
今朝は、どこか秋の気配を感じさせる深い青空が広がっていた。
窓から差し込むやわらかな朝日と、乾いた風が肌に心地よい。
第89軍の司令官キルアは、いつものようにデスクで書類に
目を通しながら、朝のコーヒーを嗜んでいた。
「キルア様、例の鍛冶屋の娘が参りました」
「あぁ、通してあげてくれ」
キルアのデスクの傍らには、一枚の小さな絵画が飾られている。
幼き頃のキルアと、幼い少女が仲良く並んで写ったものだ。
その少女の面影は、黒髪と黒い瞳。
どこかキキョウに似ていた。
「おはようございます、キルア様ー!」
「おはようございます、オトハさん。
今日はシバさんは一緒ではないのですね」
「はい。シバさんは村祭りの会合に行きました」
「ほう、実行委員になったのですか」
「シバさん、お祭りが好きみたいで。
村長さんの話を聞いたら急に乗り気になっちゃって」
「そうですか、意外ですね。
……ところで、例の子ぐまですが」
「あ、クマちゃんはたいちょーさんが
好きなだけ使っていいですよー」
「それは助かります……!
正直、あのマッサージなしでは疲れが取れなくなっていましてね」
キルアが深く微笑む。
と、オトハの視線がデスクの絵画で止まった。
「あれ? それって隊長さんですか?」
「あぁ、そうです。
私の子供の頃の写真……いや、絵画ですよ」
「隣の女の子は誰ですか?」
「私の妹です」
「ふーん、可愛いですね。
……でも、あれ? どこかで会ったことがあるような……」
<ドダンッ!>
「っ!?」
椅子の倒れる激しい音とともに、
キルアが凄まじい勢いで立ち上がった。
「オ、オトハさん! それはどこでですか!?
どこで妹に会ったのですか!?」
普段の冷静沈着な姿からは想像もつかない必死の形相。
オトハは思わず首をすくめた。
「え……? 分からないです……。
何となく会ったような気がしたんですけど……
誰だったかなぁ……?」
「……そうですか。
実は妹は、その絵を描いた直後に行方が
分からなくなったのです」
「そうだったんですね……。ごめんなさい」
「いいえ。……もし何かを思い出したら、
どんな小さなことでも教えてくださいね」
「はい!」
キルアは気持ちを切り替えるようにひとつ息を吐くと、
戸棚から先日使用した模擬戦の防具を取り出した。
「さて。今日来ていただいたのは、ほかでもないお願いがあるのです。
オトハさん、我が軍の『専属魔道具士』になっていただけませんか?
報酬は望むだけ出します」
「わぁ、シバさんが聞いたら飛びつきそうですね!
でも、私の一断では決められないので、
帰って相談してみますね」
「うむ、そうしてください。……それにしてもオトハさんは、
どこでこのような素晴らしい技術を学ばれたのですか?」
「えーーっと……正直に言うと、私もよく分からないんです。
気がついたらできちゃったというか……(笑)」
「て、天才か……!」
キルアは呆然と呟いた。
長き時を生きる中で、数千年に一人、天から理を
授かったかのような「天才」が生まれるのを見てきた。
目の前の少女も間違いなくその領域だ。
「いやいや、天才なんてそんなんじゃないですよー。
ただ、魔道具を愛しているだけです!
だから、変わった魔道具があったら触らせてくださいね!」
「あはは、いいですよ。
……それなら、今日のところはこれを貸してあげましょう」
キルアは懐から、「小さな鉄の板」を取り出し、
オトハの手元へ差し出した。
「これは我が家に代々伝わる『奇跡の板』です。
大昔はいろいろな奇跡を起こしたそうですが、
もう数万年もの間、何の反応も示さないただの鉄くずでしてね」
手渡された板を、食い入るように見つめるオトハ。
黒く滑らかなガラス面、側面の小さなボタン、
そして裏面のセンサーらしき突起。
(これ……どこかで見たことがあるなぁ)
何度も触ったり、頬ずりしたり、臭いをかいで
最後には、なめようとし始めるオトハ。
そして、大きく首を傾げる。
(ううーーーん、何だったかなー。
とても大切なものだったようなーーー)
「えへへへ。もっと触ってみていいですかー?」
目の前で、先祖から伝わるオーパーツが、
見ている側が恥ずかしいまでに、触られていく。
「これが天才たる所以か!
それにしても常識を凌駕しすぎている」
キルアはただ茫然と眺めている。
その視線の先には、
ただ、現代の超科学技術が静かに光を反射していた。




