第一話 教科書の中の英雄
「『――こうして、人々は少しずつ種族の境界を越えていった。後に【人類共生時代】と呼ばれる時代の始まりである』」
静かな教室に、少年の声が響いていた。
窓から差し込む、昼下がりの日差し。
教室の前では、女性教師が教科書を片手に立っている。黒板には、この世界の歴史を表す年表が書かれていた。
「――ト」
「『ヒューマンやエルフ、ドワーフやビースト、そしてデーモン。二つ以上の種族の血を持つ子供は――』」
「ウルト!」
教師が大きな声で少年――ウルト・メインパーズに呼びかけた。
「え、はい!」
「のめり込みすぎだ。一つのことに集中すると、周りが見えなくなるのは悪い癖だぞ。気をつけなさい」
「あ……すみません」
教室のあちこちから、小さな笑い声が聞こえた。
「剣術訓練の時にも言われてたな」
後ろの席から声が飛んでくる。
ウルトは少しだけ振り返った。
「うるさいな、シナーズ。お前だって、この前サボって怒られてただろ」
「俺は剣士志望じゃないからいいんだよ」
「いや、なんでそうなるんだよ」
二人のやり取りに、また教室に笑い声が広がった。
教師は呆れたようにため息をついた。
「仲がいいのは結構だが、授業中だぞ」
「すみません」
二人が同時に答える。
教師――メルクル・メインパーズは、少しだけ口元を緩めた。
「では、シナーズ。続きを」
「はい」
ウルトは座りながら、再び教科書へ目を落とした。
「『ヒューマンやエルフ、ドワーフやビースト、そしてデーモン。二つ以上の種族の血を持つ子供は、それぞれ類まれなる力を有し、それまでの文明を数百年は進めたとされる』」
シナーズがそこまで読んだところで、ウルトはふと顔を上げた。
黒板に書かれている言葉。
【人類共生時代】
今の時代の始まり。
最初のハーフエルフ。
数多の魔物を退けたとか、天変地異にも近い災害を収めたとか――。
話の規模が大きすぎて、うまく想像ができない。
しかし、ウルトはこの話が嫌いではなかった。
だが、どこか不思議な気持ちにもなる。
「ハーフエルフって、本当にいたのかな」
思わず呟いた。
メルクルがこちらを見る。
「さあな」
「先生なのに?」
「歴史に書いてあることが、全部真実とは限らないからな」
「じゃあ、嘘かもしれないってこと?」
「そういう意味じゃない」
メルクルは黒板を振り返った。
「長い年月の中で、事実が少しずつ変わって伝わることもある。英雄が英雄として語られるうちに、実際より大きな存在になっていくことだってある」
「じゃあ、本当はどんな人だったんだろう」
「それを調べるのも、歴史の面白さだ」
「なるほど……」
ウルトは頷いた。
「まあ、実際にいたことは事実だ。今の我々とどれほどの違いがあるのかは、わからんがな」
その横で、シナーズが小さく手を挙げた。
「先生」
「なんだ」
「そのハーフエルフって、剣も使えたんですか?」
「記録では、使えたとされている」
「じゃあ、ウルトみたいな奴だったのかな」
「なんで俺なんだよ」
「剣ばっかり振ってるから」
「勉強だってちゃんとしてるし、お前だってやってるだろ」
「俺は付き合わされてるんだよ」
メルクルが教壇を軽く叩いた。
「はいはい。話はそこまでだ。授業に戻るぞ」
「はーい」
教室に、再び穏やかな時間が戻っていく。
このときのウルトは知らなかった。
自分自身が、いつか教科書に書かれたその英雄と同じように、「ハーフエルフ」という言葉と向き合うことになるなど。
そして――。
この平穏な日々が、そう長くは続かないことも。
ウルト・メインパーズ:主人公。金髪緑目。15歳。種族ヒューマ。武器、木剣。
メルクル・メインパーズ:茶髪赤目。褐色肌。33歳。種族ヒューマ。武器、斧。
シナーズ:灰色髪金目。15歳。種族ビート。武器、木剣。
種族については次話で少しふれます。




