第十六話 迫り来る脅威
メルクルが鐘の下に到着すると、そこにはすでに村で戦える者たちが集まっていた。
レイグ、ガルド、ミレナの三人もいる。
「状況は?」
メルクルが尋ねると、ミレナが森の方を指差した。
「森の隙間から見えたらしいんだけど、魔物の群れがものすごい勢いでこっちに向かってきてるみたい!」
「数は?」
「正確には分からない。でも、かなりの数よ」
ミレナの表情は険しかった。
普段、村の周辺で見かける魔物の動きとは明らかに違う。
その異常さは、ここにいる者たちにも伝わっていた。
やがて、鐘の音を聞きつけた村人たちが次々と集まり始める。
そのときだった。
「全員、よく聞け!」
鐘が取り付けられた高いやぐらから、村長の声が響いた。
いつの間にか、村長もやぐらに上っていたらしい。
「魔物の群れが村に迫っている! 戦える者は全員、村の外に出て迎え撃て! 村の中に魔物を入れるな! 戦えない者は家の中に避難し、決して外に出るな!」
「了解!」
村人たちが一斉に返事をする。
メルクルも斧を握り直した。
「行くぞ!」
その声を合図に、戦える者たちが村の外へと駆け出した。
そして――森の木々の間から、最初の魔物が飛び出してきた。
「来たぞ!」
狼型の魔物が数頭、地面を蹴って突進してくる。
その後ろからも、次々と魔物が姿を現した。
「まずは目の前の奴らを片付ける!」
メルクルは斧を構え、正面から飛びかかってきた魔物の攻撃を受け流した。
体勢を崩した相手に、すかさず斧を振り下ろす。
一方、レイグは弓で魔物の頭を射抜き、ガルドは盾で突進を受け止めると、体勢を崩した魔物に剣を叩き込んでいた。
「右から来てるわよ!」
ミレナの声が飛ぶ。
彼女は素早く風の魔法を放ち、村人の背後に回り込もうとしていた魔物を切り裂いた。
ほかの村人たちも、それぞれの武器を手に応戦する。
しかし、魔物の数は多かった。
一体を倒しても、すぐに次の魔物が迫ってくる。
押し寄せる魔物を相手に、村人たちは必死に戦い続けた。
そんな中、群れの後方から二つの人影が現れた。
「メルクル!」
聞き慣れた声に、メルクルが振り返る。
「ウルト!? それに、カイヴァン!」
二人は魔物の群れをかいくぐりながら、こちらへ向かってきていた。
「なんで魔物の群れと一緒に来たのかは気になるが、とりあえず話はあとだ! ウルト、こっちへ来い!」
メルクルが叫ぶ。
ウルトはすぐに頷き、カイヴァンとともにメルクルのもとへ駆け寄った。
「カイヴァン、戦えるのか?」
「もちろん!だが、武器を持ってきていない。いったん工房に戻る!」
「分かった。気をつけろよ!」
カイヴァンは短く頷くと、村の中へと走っていった。
その直後だった。
「おーい! 武器を持ってきたぞ!」
村の方から、サイヴァンの声が響いた。
振り返ると、サイヴァンが木製の荷車を引いてこちらへ向かってきていた。
荷車には剣や槍、斧など、さまざまな武器が積まれている。
弓と矢も十分な数が用意されていた。
「好きなものを持っていけ! 矢もなくなる前に補充しろ!」
サイヴァンは荷車を止め、武器を取り出しやすいように並べ始めた。
「助かる!」
村人たちが次々と武器を手に取る。
メルクルもその様子を確認すると、再び斧を構えた。
これで、少しは戦いやすくなるはずだ。
剣が振るわれ、槍が突き出され、矢が魔物へと放たれる。
ウルトもメルクルの隣で、目の前の魔物に集中していた。
まだ戦いに慣れていない部分はある。
それでも、これまでの修行で身につけた動きは、確実にウルトの力になっていた。
「焦るな! 一体ずつ確実に倒せ!」
「分かってる!」
メルクルの声に、ウルトは答える。
そのときだった。
森の奥から、ひときわ大きな鳴き声が響き渡った。
「ギャアアアアッ!」
思わず、何人もの村人が手を止める。
鳥の鳴き声に似ている。
しかし、その声には、聞く者の背筋を凍らせるような迫力があった。
そして、森の木々の向こうから、大きな黒い影が姿を現した。
一羽。
二羽。
三羽。
それだけではない。
次々と現れる黒い影が、空へと舞い上がっていく。
大きな翼。
鋭いくちばし。
獲物を捕らえるための、太く鋭い爪。
その姿を見たメルクルの目が細くなった。
「……グラウクロウか!」
巨大なカラスの魔物。
その後ろには、ひと回り小さな個体が何羽も続いている。
グラウクロウの群れだった。
「なんて数だ……!」
誰かが呟いた。
その直後、ひときわ大きなグラウクロウが急降下した。
「うわっ!」
村の戦闘員の一人が、逃げる間もなく爪で捕らえられた。
次の瞬間、その体が宙へと持ち上げられる。
「おい! 助けろ!」
仲間たちが叫ぶ。
しかし、グラウクロウは構わず上昇していった。
十分な高さまで達すると、捕らえていた人間を地面へ向かって放り投げた。
ドォンッ!
鈍い音が響いた。
男の体が地面に叩きつけられる。
周囲の村人たちが息を呑んだ。
あまりにも突然の出来事だった。
グラウクロウは一度だけ地上を見下ろすと、翼を大きく広げた。
まるで、自分の力を見せつけるかのように。
そして、そのまま村の上空へと飛び去っていった。
「くそっ! 待ちやがれ!」
村人の一人が叫ぶ。
しかし、グラウクロウは振り返りもしなかった。
ほかの個体も、次々と村の上空へ向かっていく。
メルクルは、その光景を見つめながら歯を食いしばった。
森で見つかった遺体。
体に残されていた、鋭い爪による傷。
そして、何かに突進されたかのような損傷。
これまでの情報が、頭の中でつながっていく。
「……そういうことか」
ウルフやゴブリンたちが逃げていたのは、グラウクロウに襲われていたからだ。
そして、森で見つかった遺体も、おそらく同じ魔物に襲われた結果なのだろう。
「今回の騒ぎの原因は、お前たちか……!」
メルクルは、村の上空へ向かう黒い影を睨みつけた。
そのとき、やぐらの上から村長の声が響いた。
「弓や魔法を使える者は飛んでいる魔物を優先しろ! 近接武器しか持っていない者は、地上の魔物を食い止めるんだ!」
状況を理解した村長は、すぐさま指示を切り替えていた。
「メルクル! レイグ! ガルド! ミレナ! お前たちも飛んでいる魔物に対応してくれ!」
「了解!」
メルクルは返事をすると、荷車の方へ目を向けた。
サイヴァンが武器を配りながら、自分でも戦っている。
その腰には、一本の剣が下げられていた。
「サイヴァン! その剣を貸してくれ!」
「ああ、これか」
サイヴァンは腰の剣を外し、メルクルへ差し出した。
「今回の件が無事に片付いたら、金はいらねえよ。村を守るために使ってくれ」
「助かる!」
メルクルは剣を受け取ると、すぐにウルトのもとへ向かった。
「ウルト!」
「何?」
「これを使え」
差し出された剣を見て、ウルトは目を見開いた。
「これ……!」
「お前のための剣だ。ようやく自分の武器で戦えるな」
ウルトは両手で剣を受け取った。
鞘から抜き、刃を確かめる。
木剣とは違う、本物の剣。
その重みが、手の中に伝わってきた。
「……ありがとう!」
思わず、笑みがこぼれる。
ずっと欲しかった、自分の剣。
それを手にした喜びは、こんな状況であっても抑えきれなかった。
しかし、すぐにウルトの表情が引き締まる。
「メルクルは?」
「私はグラウクロウを追う。お前は地上の魔物を頼む」
「えっ……?」
ウルトは思わず聞き返した。
これまで魔物と戦うときは、いつもメルクルがそばにいた。
故郷の村を出てからも、メルクルとともに戦い、助けられながら旅を続けてきた。
だからこそ、別々に戦うことに、少しだけ不安があった。
だが、それ以上に――。
今のウルトには、剣を手にした喜びがあった。
そして、自分だって戦えるのだと証明したい気持ちもあった。
メルクルは、そんなウルトの目をまっすぐに見つめた。
「大丈夫だ。今までの修行を思い出せ。相手をよく見て、無理をせず、一体ずつ確実に倒せばいい」
「……うん!」
「それに、お前ならできると思っているから任せるんだ」
その言葉に、ウルトは一瞬だけ目を丸くした。
やがて、しっかりと剣を握り直す。
「分かった。任せて!」
その声には、先ほどまでの不安はほとんど残っていなかった。
メルクルは小さく頷いた。
「よし。無茶だけはするなよ!」
そう言い残し、メルクルはグラウクロウの群れが飛んでいった方向へと駆け出した。
レイグ、ガルド、ミレナも、それぞれの武器を手に後を追う。
「よし……」
ウルトは剣を構えた。
目の前では、まだ地上の魔物たちが暴れ回っている。
狼型の魔物が、こちらへ向かって唸り声を上げた。
ウルトはその姿を正面から見据える。
「今度は、俺がやる番だ!」
剣を握る手に力がこもった。
メルクルの期待に応えるために。
そして、自分自身の力で戦うために。
ウルトは地面を蹴り、魔物へと向かっていった。
村を守るための戦いは、まだ始まったばかりだった。




