第十五話 迫り来る群れ
サイヴァンの工房では、金属を打つ音が響いていた。
「それで、武器の手入れを頼みたいんだが」
メルクルは自分の斧を差し出した。
長く使ってきた武器だ。
刃には細かな傷がつき、柄にもいくつもの傷跡が残っている。
「おう。話は聞いてる。見せてみな」
サイヴァンは斧を受け取ると、刃の状態を確かめた。
「多少手を入れる必要はあるが、まだまだ十分使えるな。今日中には仕上げておく」
「助かるよ」
メルクルは頷いた。
それから、もう一つの用件を切り出す。
「それと、義手のことなんだが」
「ああ、魔石式の義手か」
サイヴァンは作業台に斧を置き、腕を組んだ。
「作ること自体はできる。ただ、使いこなせるようになるまでには、かなり時間がかかると思うぞ」
「そうなのか?」
「ああ。義足だって、ただ歩けるようにすればいいってもんじゃない。足の指まで含めて、地面を踏みしめたり、体のバランスを取ったりする必要があるからな」
サイヴァンは自分の手を広げた。
「だが、手はそれ以上に細かい動きを要求される。物をつかむだけでも、指一本一本の動きが違うだろう?」
「確かにね」
「それを魔石の力で再現して、自分の意思どおりに動かすんだ。歩けるようになるまでの訓練とは、また違った難しさがある」
メルクルはない腕に目を落とした。
義手があれば、できることは増えるだろう。
だが、作ったところですぐに使えるわけではない。
「……分かった。ひとまず、義手のことは置いておくよ」
「それがいい。急いで作っても、使いこなせなければ意味がないからな」
サイヴァンはそう言って、再び作業台へと向き直った。
メルクルも気持ちを切り替える。
「それと、もう一つ頼みたいことがある」
「まだあるのか?」
「片手剣を一本、買いたいんだ」
サイヴァンは意外そうに振り返った。
「お前が剣を使うのか?」
「いや、私が使うわけじゃない」
メルクルは少しだけ笑った。
「ウルトに持たせようと思ってね」
「ははー、なるほどな。あの坊主のためか」
サイヴァンは納得したように頷くと、壁際に並べられた武器を見渡した。
「なら、あいつの体格に合うものを選ばないとな。重すぎても扱いづらいし、軽すぎても振ったときに安定しないことがあるからな」
「できれば、長く使えるものがいい」
「分かった。いくつか見繕っておこう」
メルクルは礼を言い、サイヴァンとともに剣を選び始めた。
そのときだった。
――カン、カン、カン、カン!
突然、甲高い音が村中に響き渡った。
二人の手が止まる。
それは、村に危険が迫ったときに鳴らされる警鐘だった。
「……何だ?」
サイヴァンが顔を上げる。
メルクルはすぐさま斧を手に取った。
「魔物かもしれない。私は外を見てくる」
「おう。こっちはこっちで準備しておく!」
メルクルは返事の代わりに頷くと、工房の出口へと走り出した。
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一方、ウルトとカイヴァンは魔石を見つめていた。
「おお……本当に吸っているな」
袋から取り出した魔石を手に、カイヴァンが感心したように声を上げる。
ウルトが握った魔石は、少しずつ魔力を吸収していた。
カイヴァンの予想どおりだった。
「やっぱり、魔力を吸収させること自体はできるんだね」
「だな。しかも、これだけの数に魔力を込められるとは」
二人の前には、袋から取り出した魔石が並んでいた。
その多くは、すでに魔力を蓄えている。
「これなら、魔法の練習もできるんじゃないか?」
カイヴァンが期待を込めて言ったところで、ウルトは首を横に振った。
「いや、まだ無理だと思う」
「む? そうなのか?」
「うん。確かに魔力は吸われてると思うんだけど、正直、俺自身には変わったところがないように感じる」
ウルトは自分の体の調子を確かめるように、軽く手を握ったり開いたりした。
「そうか……。これだけ吸収させても、まだ足りないのか」
カイヴァンは残念そうに息を吐いた。
「せっかく、これだけの魔石に吸わせたのになあ」
「まあ、仕方ないよ」
ウルトも少し残念ではあった。
せっかく魔石に魔力を込められることが分かったのだから、できればすぐにでも魔法の練習をしたかった。
しかし、思いどおりにいかないものは仕方がない。
「でも、無駄だったわけじゃないよ」
「ほう?」
「もしまた急に魔力が暴発しても、その分だけ危険は減るからね」
確かに、魔石に吸収された魔力は、ウルトの体から外へ出たものだ。
その分、体の中に残っている魔力も減っているはずだ。
それが暴発の危険をどれほど抑えるのか、今の段階では分からない。
それでも、何もせずにいるよりはいいはずだった。
「ウルトや。そなたは優しいのお」
カイヴァンはウルトの肩をポンポンと叩き、わざとらしく目元を拭う仕草をした。
「あはは、なんだそれ」
「よし! そうと分かれば、残りの魔石にもどんどん魔力を吸わせてこー!」
そのとき、森の方角から何かが聞こえてきた。
最初は、風の音かと思った。
だが、違う。
木々が揺れる音。
地面を踏み鳴らす音。
そして、それらが重なり合った、異様なざわめき。
「……何だ、あれは?」
森の奥から、何かがこちらへ向かってきている。
それも、一匹や二匹ではない。
「わ、分からん。だが、ただ事ではないだろう」
「っ! カイヴァン、あれ!!」
木々の間から、最初の影が飛び出した。
狼に似た魔物――ウルフだった。
一匹、二匹。
いや、数える間にも、次々と姿を現す。
さらに、その後ろからゴブリンが走り出てきた。
長い耳を揺らしながら、角付きウサギも跳ねてくる。
種類も大きさも違う魔物たちが、まるで何かから逃げるように森を飛び出してきた。
その数は、あっという間に増えていく。
「な、何だよ、あの数……!」
ウルトは思わず後ずさった。
魔物の群れ。
それも、普段この辺りで見かける数とは明らかに違う。
(まずい! やられる!)
しかし、先頭を走るウルフは、二人の横を通り過ぎた。
続くゴブリンも、角付きウサギも。
一匹として、二人を襲おうとはしなかった。
それどころか、魔物たちは二人を気にする様子もなく、後ろを振り返りながら走り続けている。
まるで、何かに追い立てられているかのようだった。
ウルトは目を丸くした。
「……え?」
魔物たちは、二人の存在など気にも留めていないようだった。
目の前に人間がいるというのに、立ち止まることも、襲いかかることもない。
ただひたすらに、同じ方向へと走っていく。
「何だ……? どうして襲ってこないんだ?」
カイヴァンも困惑した様子で見ていた。
魔物たちは、走り続けている。
しかし、その向かう先は――。
「……村だ!」
ウルトは気づいた。
魔物たちが向かっているのは、ムルトト村だった。
このままでは、村が魔物の群れに飲み込まれてしまう。
「カイヴァン、村に戻ろう!」
「待て、ウルト! あの数だぞ! いくらなんでも危険だ!」
カイヴァンが呼び止める。
「分かってる! でも、村に知らせないと!」
「ぐぐう……。わ、分かったよ! 行こう!」
二人は走り出した。
襲われないのなら、無理に戦う必要はない。
魔物たちに追い抜かれないよう、その後を追う。
「何なんだよ、いったい……!」
なぜ、自分たちを襲わないのか。
この群れは何なのか。
分からないことだらけだった。
それでも、一つだけ確かなことがある。
この先にあるムルトト村が、危険にさらされているということだ。
そして、その村には――メルクルがいる。
「メルクル……!」
ウルトは、魔物の群れとともに村へと走り続けた。




