第十四話 魔力を操るために
翌日。
メルクルたちは、前日に遺体を発見した場所へと戻ってきていた。
集まっているのは、メルクルとレイグを含む三人組、村長、そして村で戦う力を持つ者たちだった。
森の中には、昨日と変わらず静かな空気が流れている。
しかし、そこに残された痕跡が、その静けさを不気味なものにしていた。
「……やはり、村の人間ではないな」
遺体のそばで、村長が口を開いた。
「村の人間なら、誰がいなくなったのか、ある程度は把握できる。それに、今のところ行方不明者の報告もない」
「では、旅人でしょうか?」
メルクルが尋ねる。
「その可能性が高いだろうな」
村長は周囲を見回した。
「ただ、馬車も荷物も見当たらない。ここを通りかかった者たちなのか、それとも別の理由でこの場所にいたのか……今の段階では、何とも言えん」
「馬車がないとなると、襲われたあとに持ち去られた可能性もありますね」
レイグが森の奥へ目を向けながら言った。
「だが、そう考えるには、まだ手掛かりが少なすぎる」
「そうですね。まずは、何が起きたのかを調べる必要があります」
メルクルも同意した。
遺体の状態から、何者かに襲われたことは間違いない。
しかし、それが魔物によるものなのか、それとも別の何かが関係しているのか。
今のところ、断定できるだけの材料はなかった。
「とにかく、ここで話していても仕方がない。まずは周辺を調べ直すべきだろう」
村長がそう告げると、メルクルたちも頷いた。
「それと、武器の準備もしておいた方がよさそうですね」
メルクルは腰に下げた斧へと目を落とした。
使い慣れた武器ではあるが、何が起きるかわからない以上、万全の状態にしておくに越したことはない。
「サイヴァンに頼むか。武器の調整だけでなく、必要なら新しいものも用意してもらおう」
「お願いします。私も、あとで工房に顔を出してみます」
「よし。では、一度村へ戻ろう」
話がまとまると、村長は周囲の者たちに指示を出した。
遺体をこのまま放置するわけにはいかない。
村の戦える者たちが手分けして遺体を運び出し、残された痕跡を確認しながら、周辺の片付けを進めていく。
亡くなった者たちは、どこから来て、何を目的にこの場所を通ったのか。
その手掛かりは、まだ何ひとつ見つかっていなかった。
彼らを襲った何者かが、今も近くに潜んでいる可能性もある。
次の犠牲者を出さないためにも、早急にその正体を突き止める必要があった。
メルクルは森を振り返り、しばらくその奥を見つめていた。
木々の向こうに広がる景色は、昨日と何も変わらない。
それでも、彼女の胸には小さな不安が残っていた。
その不安の正体を確かめるためにも、今はできることを進めるしかない。
メルクルは斧の柄を握り直すと、村長たちとともに森を後にした。
---
同じ頃。
ウルトは、昨日カイヴァンと話をした場所にいた。
村の外れにある、開けた場所。
周囲には木々が立ち並び、人通りも少ない。
剣の練習をするには、ちょうどいい広さだった。
「……しまったな」
ウルトは空を見上げた。
昨日、カイヴァンとは魔法について話をした。
そして、今日ここで何かを試してみようということになったのだが、具体的な時間までは決めていなかった。
もっとも、ウルトとしては、できるだけ早く魔法を使えるようになりたい。
待っているだけというのも、落ち着かなかった。
「……よし」
ウルトは腰の木剣を抜いた。
カイヴァンが来るまで、いつもの修行をしていよう。
そう考えて剣を構え、基本の型から踏み込み、斬り下ろし、返す刃で横薙ぎに払う。
一つひとつの動きを確かめながら、何度も繰り返した。
しばらくして、聞き覚えのある声が響いた。
「おーい! 待たせたか?」
ウルトが振り返ると、カイヴァンがこちらへ歩いてくるところだった。
「いや、剣を振ってたから待ってはいないよ」
「そっか! ならよかった!」
カイヴァンはニカッと笑い、手に持っていた袋を持ち上げた。
「それ、何?」
「今日使うものだよ」
そう言って、カイヴァンは袋の中から一つの魔石を取り出した。
しかし、昨日見た魔石とは少し様子が違った。
手のひらに収まる程度の大きさなのは同じだが、まるで石炭のように黒くなっている。
「これって、魔石だよな?」
「ああ。魔力が空になったやつだ」
「空になった?」
ウルトは魔石を覗き込んだ。
魔石は魔力を蓄え、それを使ってさまざまな道具を動かすためのものだ。
しかし、魔力が空になった魔石を、こうして持ち歩く理由はわからなかった。
「魔石には、大きく分けて二つの性質があるんだ。魔力を吸収する性質と、魔力を発散する性質だな」
カイヴァンは魔石を指先で転がしながら説明を始めた。
「魔力を吸収して蓄え、必要なときに発散する。魔石を使った道具は、基本的にその仕組みを利用している」
「へー」
「それで、この魔石は発散する性質を利用して、蓄えていた魔力を空にしたものなんだ」
カイヴァンは魔石をウルトに差し出した。
「魔力が空になっても、吸収する性質までなくなるわけじゃない。だから、こうして持っていれば、周囲にある魔力を少しずつ吸収してくれる」
「へえ……。じゃあ、これを持っていれば、勝手に魔力が溜まっていくってことか?」
「そういうこと」
ウルトは魔石を受け取った。
見た目は普通の石とそれほど変わらない。
それが周囲の魔力を吸収して蓄えるというのだから、不思議なものだった。
「それで、これをどうするんだ?」
「お前の魔法の練習に使えないかと思ってな」
「魔法の練習?」
「ああ」
カイヴァンは頷いた。
「昨日の話を聞く限り、お前は魔法をうまく使えないんだろ?」
「そうだな……。自分では、ほんの少しだけ使うつもりなんだけど、うまく制御できずに大量の魔力を放出してしまうんだ」
「だったら、最初から使える魔力を減らしておけばいいんじゃないかと思ったんだ」
カイヴァンは自分の頭を指で軽く叩いた。
「これは、あくまで思いつきだけどな。魔石に魔力を吸収させて、お前の体にある魔力を少しずつ減らす。そうすれば、扱う魔力の量が少なくなって、操作もしやすくなるかもしれない」
「……なるほど」
ウルトは手の中の魔石を見つめた。
魔力を制御できないのなら、そもそも使える魔力を減らしてしまう。
確かに、考え方としてはわかりやすい。
しかし、気になることもあった。
「でも、それだと魔力がなくなって、倒れるんじゃないか?」
以前、シナーズを助けるために炎の魔法を使ったときも、ウルトは魔力を使い果たして倒れてしまった。
魔法を使えるようになったとしても、同じことが起きるのなら意味がない。
「そこは、気をつけながら試すしかないな」
カイヴァンは答えた。
「もちろん、無理をして倒れろって話じゃないぞ。ただ、自分の魔力が減ると、どんな感覚になるのか。それを知っておくのも大切だと思うんだ」
「魔力が減る感覚……?」
「ああ。魔力が十分にあるときと、少なくなってきたときじゃ、何か違いがあるかもしれないだろ? 自分の限界がどこにあるのかを知っていれば、危なくなる前にやめることもできる」
カイヴァンは魔石を指差した。
「それに、今回は魔石がある。魔力がどれくらい減っているのかを確かめながら練習すれば、何も考えずに魔法を使うよりは安全に試せるはずだ」
「……そっか」
ウルトは考え込んだ。
魔法が使えないままでは、これから先も困ることがあるだろう。
メルクルにも、魔法の先生を探す必要があると言われている。
けれど、先生が見つかるまで何もしないというのも違う気がした。
もちろん、危険がある以上、慎重に進める必要はある。
それでも、カイヴァンは自分のために、こうして方法を考えてくれたのだ。
「……ありがとう、カイヴァン」
ウルトは顔を上げた。
「昨日、話をしただけなのに、こんなことまで考えてくれて」
「いいって、いいって!」
カイヴァンは照れくさそうに手を振った。
「俺だって、魔法については専門家じゃないからな。大したことはできないけど、試せそうなことがあるなら試してみたいだろ?」
「それでも、嬉しいよ」
ウルトは素直にそう答えた。
村に来てから、カイヴァンとはまだそれほど長い時間を過ごしていない。
それなのに、彼はウルトの話を真剣に聞き、自分にできることを考えてくれた。
そのことが、何よりもありがたかった。
「……よし!」
カイヴァンはパンと手を叩いた。
「じゃあ、さっそく始めてみようぜ! まずは魔石を持った状態で、魔力がどう変化するのかを確かめる! いきなり魔法を使おうとするんじゃなくて、少しずつな!」
「ああ!」
ウルトは魔石を握り直した。
これで本当に魔法が使えるようになるのかは、まだわからない。
それでも、試してみる価値はある。
ウルトは木剣を地面に置き、ゆっくりと息を吸った。
今度こそ、自分の意思で魔法を使えるようになるために。
その小さな一歩を、踏み出そうとしていた。




