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第十二話 空への夢

 ――翌日。


「それじゃあ、今日は別行動ね」


 朝食を終えたメルクルが、ウルトに告げた。


「えっ?」

「……何よ?」

「いや、てっきり一緒に魔物退治をするんだと思ってたから」


 二人は昨日、ムルトト村の村長に話を通し、村の中に家を借りることができた。

 しばらくはその家を拠点に、村の周辺に現れる魔物を退治して生活費を稼ぐことになったのだ。

 ただし、ウルトが周辺の魔物を相手にどこまで戦えるのかは、まだ分からない。

 そこで、まずはメルクルが一人で仕事をこなし、ウルトには村でできることをしてもらうことになった。


「あなたが一人でも戦えそうなら、今後は一緒に魔物退治をしてもらうわ」

「えー……」

「何よ、その不満そうな顔は」

「いや、別に……」


 ウルトは気まずそうに目を逸らした。


「それと、買い出しを頼めるかしら? 食料が少なくなっているから、何日か分をお願い」

「分かった!」

「それじゃあ、行ってくるわね」


 メルクルを見送ったウルトは、家の扉を閉めた。

 さて、何から始めようか。

 まずは食料の買い出しだ。

 そう考え、ウルトは村の中心に向かって歩き始めた。

 ムルトト村は、ウルトがこれまで暮らしていた村よりも大きかった。

 道沿いにはいくつもの店が並び、広場では村人たちが荷物を運んだり、商人と話をしたりしている。

 少し歩くだけでも、さまざまなものが目に入ってきた。


 魔石を使った照明器具。


 小さな動力装置を備えた荷車。


 どれも魔石を利用した魔工品だ。

 こうした道具は故郷の村にも普及していたが、ムルトト村に並ぶものは、どれも作りが丁寧で、質がよさそうに見えた。


「へえ……こんなものまであるんだ」


 ウルトは思わず足を止めた。

 店先に並ぶ商品を眺めていると、いくつかの商品に、同じ印が刻まれていることに気づいた。

 形も用途も違うのに、なぜか同じ印がついている。


「……同じ工房で作られたものなのかな?」


 少し気になったものの、今はそれを調べている場合ではない。


「……っと、いけない。買い物をしないと」


 ウルトは首を振り、食料品を扱う店へと向かった。

 必要なものを一通り買い終え、両手に荷物を抱えて歩いていた、そのときだった。


「あれ?」


 人混みの向こうに、見覚えのある少年の姿が見えた。

 ゴーグルを首から下げ、何かを大事そうに抱えている。

 カイヴァンだった。


「カイヴァン?」


 ウルトは足を止めた。


「……何してるんだろ?」


 カイヴァンは周囲を気にする様子もなく、村の外へと向かっていた。

 そのまま見送ろうかとも思ったが、抱えているものが気になった。

 昨日、工房で組み立てていた試作品だろうか。

 そう思うと、自然と足が動いていた。


「おーい! カイヴァン!」


 ウルトは荷物を抱えたまま、少年の後を追いかけた。


 ---


 しばらく走ると、村の建物が少なくなってきた。

 やがて、道の先に少し開けた場所が見えてきた。

 周囲には草地が広がり、ところどころに低い木が生えている。

 その一角で、カイヴァンが何かを地面に置いていた。


「……何してるんだ?」


 ウルトが声をかけると、カイヴァンは驚いたように振り返った。


「うおっ!? なんだ、ウルトか!」

「なんだって……。村で見かけたから、追いかけてきたんだよ」

「ああ、そういうことか。悪い悪い。ちょっと実験をしようと思ってな!」


 カイヴァンは、足元に置いたものを持ち上げた。

 それは、両手で抱えられるほどの大きさの、奇妙な形をした物体だった。


 細長い胴体。


 左右に伸びた翼。


 後方には、小さな尾のような部分がついている。

 そして、機体の中央には小さな魔石が取り付けられていた。


「……それ、何?」

「魔石式飛行機だ!」


 カイヴァンは胸を張って答えた。


「ひ、飛行機?」

「そう! 空を飛ぶための乗り物だよ!」


 ウルトは目を丸くした。

 空を飛ぶ乗り物。

 船が海を進み、二輪車や四輪車が道を走るように、空を移動するためのもの。

 言葉にすれば簡単だが、それが実現できるとは思っていなかった。


「えっ、これが飛ぶの? 鳥みたいに?」

「当たり前だろ! まあ、まだ人を乗せられるような大きさじゃないけどな」


 カイヴァンは飛行機の翼を確かめながら、得意げに笑った。


「昨日、工房で作ってたのって、これだったのか」

「ああ! これはその試作品。今日は実際に飛ばしてみるんだ!」

「へえ……!」


 ウルトは手に持った荷物を地面に置き、飛行機を覗き込んだ。

 翼には細かな部品が取り付けられている。

 胴体には魔石が埋め込まれ、その周囲には複雑な回路が組まれていた。


「それで、どうやって飛ばすんだ?」

「見てな!」


 カイヴァンは飛行機を両手で持ち、少し開けた場所へと移動した。

 そして、機体の中央にある魔石に手を添える。


「まずは魔石に魔力を込める。そうすると、ここの回路が動いて……」


 カイヴァンの指先から、魔石へと魔力が流れ込んでいく。

 小さな魔石が、淡く光った。


「よし……!」


 カイヴァンは機体を構え、前方へと向けた。


「いくぞ!」


 次の瞬間。

 カイヴァンの手から離れた飛行機が、勢いよく空へと飛び出した。


「うわっ!?」


 ウルトは思わず声を上げた。

 飛行機は地面に落ちることなく、翼を広げたまま空を進んでいく。

 風を切り、草地の上を滑るように飛んでいく。

 そのまま、まっすぐに。

 やがて魔石の光が弱まり、飛行機は緩やかに高度を下げた。

 そして、少し離れた場所の草むらに、ぽすんと着地した。


「…………」


 ウルトはしばらく、何も言えなかった。


「……飛んだ」

「だろ!?」


 カイヴァンは満面の笑みを浮かべた。


「本当に飛んだ……!」


 ウルトは慌てて飛行機の落ちた場所まで走った。

 機体を拾い上げ、壊れていないか確認する。

 翼に傷はなく、回路にも異常は見られなかった。


「すごいよ、カイヴァン! こんなものが作れるなんて!」

「へへっ、まあな!」


 カイヴァンは照れくさそうに鼻をこすった。


「でも、まだまだだ。今のは、込めた魔力の量に応じた距離を、ほぼ真っ直ぐ飛ばしただけだからな」

「それでもすごいと思うけど……」

「小型だからこそできるんだよ」


 カイヴァンは飛行機を受け取り、翼の付け根を確認した。


「これくらいの大きさなら、魔石も一つで済む。出力も安定させやすいし、多少の誤差があっても大きな問題にはならない」


「じゃあ、もっと大きくすれば、人が乗れるようになるんじゃないのか?」


 ウルトが尋ねると、カイヴァンは少しだけ表情を曇らせた。


「……それが、そう簡単にはいかないんだ」

「どうして?」

「仕組みも設計図もある。理論上は、人を乗せられるくらいの飛行機だって作れるはずなんだ。でも、実際に作ろうとすると、どうしてもうまくいかない」


 カイヴァンは空を見上げた。


「船を動かせるくらいの大きな魔石もあるし、複数の魔石を組み合わせて、もっと大きな力を生み出すことだってできる。だから、単純に力が足りないわけじゃないんだ」

「うん」

「問題は、その力をどうやって安定させ、制御するかなんだよ」


 カイヴァンは手元の飛行機を見つめた。


「これくらい小型なら、魔石一つで動かせる。込める魔力の量を調整すれば、飛ぶ距離もある程度は調整できるんだ。でも、人を乗せられる大きさになると、そうはいかない」

「そうなのか?」

「ああ。機体が大きくなれば、左右の翼にかかる力を細かく調整しなきゃならない。少しでも差が出れば、機体が傾いてしまう。地面なら転びそうになっても踏ん張れるけど、空じゃそうはいかないだろ?」

「確かに……」

「しかも、複数の魔石を組み合わせると、それぞれの出力を思いどおりに調整するのが難しいんだ。原因はまだよく分かっていないけど、魔石を組み合わせると、出力が乱れることがある」


 カイヴァンは悔しそうに唇を噛んだ。


「それを防ぐための回路も考えられている。でも、実際に大きな機体で試すと、どうしても動力が安定しない。そのせいで機体の制御もうまくいかなくて、真っ直ぐ飛ばすことすら難しいんだ」

「……そんなに難しいんだ」

「そうなんだよ。小型の模型なら飛ばせても、人を乗せられる大きさになると、必要な力も制御の精度もまるで違う。今の技術じゃ、そこを乗り越えられないんだ」


 カイヴァンは飛行機を両手で持ち上げた。


「でも、俺は諦めない」


 その声には、先ほどまでの明るさとは違う、強い意志がこもっていた。


「いつか絶対に、人が空を飛べる飛行機を完成させるんだ」

「……それが、カイヴァンの夢なのか?」

「ああ!」


 カイヴァンは迷いなく頷いた。


「船が海を渡れるようになったみたいに、二輪車や四輪車が道を走れるようになったみたいに、いつか人が自由に空を飛べるようにしたいんだ。遠くの場所だって、今よりずっと簡単に行けるようになる。そうすれば、世界はもっと広がるだろ?」


 ウルトは、カイヴァンの顔を見つめていた。

 その目は、空の向こうにある何かを見ているようだった。

 まだ誰も実現できていないこと。

 それでも、自分ならできると信じている。

 そんな姿が、ウルトには眩しく見えた。


「……すごいな」

「ん?」

「自分の夢が、はっきりしてるんだな」


 ウルトは小さく笑った。


「俺には、もうそういうのがないからさ」

「……どういうことだ?」


 カイヴァンが尋ねた。

 ウルトは少しだけ迷った。

 初めて会ったばかりの相手に、こんな話をしていいのだろうか。

 けれど、カイヴァンが夢について語る姿を見ていると、自分の中にしまい込んでいた気持ちが、少しずつ溢れ出してくるようだった。


「俺、前は先生になりたかったんだ」

「先生?」

「うん。それから、兵士にもなりたかった。育ててくれた母さんみたいに、誰かを守れる人になりたかったんだ」


 ウルトは遠くの村を見つめた。


「俺が暮らしていた村は、そんなに大きくなかったし、子供も多くはなかったけど……大切な場所だった。友達もいたし、毎日が楽しかった。だから、いつか自分も先生や兵士になって、あの村を守りたかったんだ」

「……だったら、なればいいんじゃないのか?」


 カイヴァンは不思議そうに首を傾げた。


「なれなくなったんだ」


 ウルトは静かに答えた。


「村が襲われたとき、俺は友達を助けようとして……魔法を使ったんだ」

「魔法?」

「ああ。でも、俺はヒューマのはずなんだ。普通のヒューマは、あんな炎の魔法を使えない」


 ウルトは自分の手を見つめた。

 あのとき、確かに炎が生まれた。

 目の前の友達を救いたいという思いに応えるように、手の先から炎が溢れ出したのだ。

 けれど、それ以来、どれだけ試しても同じようには使えなかった。


「それだけじゃない。村長からも、俺の魔力はヒューマよりルフに近いって言われたんだ。……もしかしたら、僕はハーフエルフなのかもしれない」

「ハーフエルフぅー?」

「ああ。そんなの、今の時代じゃありえないはずなのにね」


 ウルトは苦笑した。


「だから、村を出ることになったんだ。俺がいることで、また村に危険が及ぶかもしれないから」

「…………」

「先生になることも、兵士になることも、あの村を守ることも……もう、できないんだ」


 口にした途端、胸の奥が重くなった。

 旅立つときにも感じた気持ちだった。

 分かっていたはずなのに、誰かに話すことで、改めて自分が失ったものの大きさを思い知らされる。

 ウルトは俯いた。


「ごめん。初めて会ったのに、こんな話をして」

「いや……」


 カイヴァンはすぐには答えなかった。

 やがて、何かを考えるように顎に手を当てた。


「なあ、ウルト」

「……何?」

「さっき、魔法を使ったって言ったよな?」

「ああ。でも、あれ以来、一度も使えてないんだ。魔法を使おうとしても、何も起こらない」

「一度も?」

「うん。どうして使えたのかも分からないし、使えてもすごい威力ですぐに気を失うから、今は母さんに練習も禁止されてる」


 カイヴァンは顎に手を当てたまま、しばらく考え込んだ。


「うーん……その村の村長から、ルフに近いって言われたんだよな?」

「え? う、うん」

「それで、ハーフエルフかもしれないって?」

「そうだけど……」

「だったら、普通のヒューマとは魔力の量が違うのかもしれないってことか?」

「どうなんだろう……。俺にも分からないよ」

「そっか……」


 その表情からは、何かを考えつつあるような雰囲気が感じられた。


「……ていうか、どうしたの? さっきから」

「いや、ちょっと気になることがあってさ」


 カイヴァンは足元に置いていた飛行機を抱え直した。


「よし! ウルト、明日またここに来てくれないか?」

「明日?」

「ああ。ちょっと試してみたいことがあるんだ」

「試してみたいことって……?」

「それは明日のお楽しみ!」


 カイヴァンはニカッと笑った。


「まだ何も分からないけどな。ただ、試してみる価値はあると思うんだ」

「わ、分かった」

「よし、約束だぞ! また明日な!」


 そう言うと、カイヴァンは飛行機を抱え、手を振りながら村へと走っていった。

 その背中を見送ったウルトは、しばらくその場に立ち尽くしていた。


「カイヴァン、何か魔法が使える方法を知っているのかな……」


 ウルトは空を見上げた。

 話し込んでいるうちに、いつの間にか日が傾き始めていた。


「うわっ! 早く帰らないと!」


 ウルトは慌てて地面に置いていた買い物袋を拾い上げ、家路についた。

 けれど、その胸には、カイヴァンの言葉によって生まれた、微かな希望が残っていた。

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