第十一話 ムルトト村の工房
――ムルトト村。
「……やっと着いたわね」
メルクルが、目の前に広がる村を見ながら呟いた。
「そうだね……」
ウルトは疲れ切った声で答えた。
メルクルは現在、片腕を失っている。
そのため、修行の一環として、ウルトがここまで壊れた魔石式二輪車を押してきたのだった。
車輪は回るものの、自力で走ることはできない。
「もう二輪車を押すのは嫌だ……」
「ここまで運んできたんだから、あと少し頑張りなさい」
「あと少しって、村に着いたんだから終わりだろ?」
「修理してもらう場所を探すまでが、あと少しよ」
「それ、全然あと少しじゃない気がするんだけど……」
ウルトは肩を落とした。
村に入ると、二人はまず、近くにいた村人に声をかけた。
「すみません。この辺りに二輪車を修理できる工房はありませんか?」
メルクルが尋ねると、村人は二輪車を一瞥した。
「ああ、そいつはずいぶん古いな。そうだな……修理なら、カールヴァン工房に行ってみるといい」
「カールヴァン工房?」
「腕のいいワーフの職人がやっている工房だ。魔石式の道具にも詳しいから、そいつも何とかしてくれるかもしれん」
「本当ですか! ありがとうございます!」
ウルトは思わず声を弾ませた。
これでようやく、重たい二輪車を押し続けることから解放される。
そんな期待が、胸の中に膨らんでいた。
「場所はどちらでしょうか?」
「この道をまっすぐ進んで、広場を越えた先だ。大きな煙突が見えるから、すぐに分かると思うぞ」
「助かります」
礼を言い、二人は再び歩き始めた。
「よかったわね、ウルト」
「ああ! これでまた二輪車に乗れる!」
「まだ直ると決まったわけじゃないわよ?」
「大丈夫だよ! きっと直してくれるって!」
ウルトは、先ほどまでの疲れが嘘のように元気を取り戻していた。
メルクルはそんなウルトを見て、小さく笑った。
しかし、その笑みはすぐに消えた。
「……ん?」
道の向こうから歩いてくる男性が、メルクルの目に留まった。
その男性は、片足に義足をつけていた。
メルクルもまた、以前の襲撃で右腕を失っている。
失ったものを抱えながら、それでも日常を送る。
そんな姿に、どこか通じるものを感じたのだった。
だが、メルクルが気になったのは、義足そのものだった。
男性が足を踏み出すたび、義足がまるで生身の足のように滑らかに動いていたのである。
「……あの、すみません」
メルクルが声をかけると、男性は足を止めた。
「はい?」
「その義足……魔石式ですか?」
「ああ、これかい?」
男性は自分の足元に目を向けたあと、メルクルの右腕に視線を移した。
「そうだよ。魔石に魔力を込めれば、自分の足と同じように動かせるんだ」
「魔力を込めるだけで……?」
「もちろん、慣れは必要だけどね。最初は歩くのも大変だったよ。でも、今じゃ普通に走ることだってできる」
男性はそう言うと、軽く足を踏み出した。
義足は地面をしっかりと捉え、男性の体を支えた。
「すごい……」
ウルトは思わず見入っていた。
魔石が動力を生み出し、失われた足の代わりになる。
ただ便利な道具というだけではない。
それは、人が失ったものを補い、再びできることを増やす技術だった。
「これを作れる人が、この村にはいるんですか?」
「ああ。カールヴァン工房にな。こういう魔工品にも詳しいから、あんたの腕も何とかしてくれると思うよ」
「ありがとうございます!」
二人は男性に礼を言い、再び歩き始めた。
「メルクル、今の見た?」
「ええ。すごい技術ね。まさか、この村の職人がそこまでの腕を持っているとは思わなかったわ」
「うん。魔力を込めるだけで、あんなに自然に動くなんて……」
ウルトは何度も振り返りながら呟いた。
「魔石の使い方次第で、いろいろなことができるのね」
「僕も、あんなものを作れるようになったら面白そうだな」
「ふふっ。まずは自分の魔法を使えるようになることね」
「……それは言わないでよ」
ウルトは気まずそうに顔を背けた。
そんなことを話しているうちに、二人の目の前に大きな煙突が見えてきた。
その下には、木造の建物が建っていた。
入り口の横には、金属の部品や工具が並べられている。
そして、建物の看板には、こう書かれていた。
――カールヴァン工房。
「ここね」
「よし……!」
ウルトは二輪車の取っ手を握り直した。
二人は壊れた二輪車を押しながら、工房の扉を開けた。
カラン、カラン。
扉についた鈴が鳴る。
「いらっしゃい。何の用だい?」
奥から声が聞こえた。
そこにいたのは、がっしりとした体格のワーフの男性だった。
短く整えられた髭に、作業着。
その手には、使い込まれた工具が握られている。
男は二人と、運び込まれた二輪車を交互に見た。
「二輪車の修理か?」
「はい。道中で動かなくなってしまって……」
「ちょっと見せてみな」
男は二輪車に近づくと、車体をあちこち調べ始めた。
車輪を回し、動力部分を確かめ、魔石の状態を確認する。
しばらくして、男は腕を組んだ。
「ふむ……。直せなくはないな」
「本当ですか?」
ウルトの顔が明るくなった。
「ああ。このへこんだ部分につながっている回路がイカれちまってるようだ。ただし、問題がある」
「問題、ですか?」
「こいつはちと古すぎるな。部品もかなり傷んでいるし、正直、ほかの回路も限界に近い。今ここで修理したところで、またすぐに壊れる可能性が高いな」
「そんな……」
ウルトの表情が一気に曇った。
「修理しても、また壊れるんですか?」
「絶対とは言わん。だが、もし長旅にでも使うんなら勧められんな。次に壊れたとき、都合よく修理できる場所があるとも限らんだろう?」
男の言葉に、メルクルは難しい顔をした。
確かに、旅はまだ始まったばかりだ。
これから先、どれだけの距離を移動することになるか分からない。
そのたびに二輪車が壊れていては、時間も労力も無駄になってしまう。
「……新しいものに買い替えたほうがよさそうね」
「それが懸命だな」
メルクルの言葉に、男も頷いた。
「でも、新しい二輪車って、いくらくらいするんですか?」
「大きさや性能にもよるが、旅に使うならそれなりの値段になるぞ」
その後、ワーフの男が告げた金額を聞いて、二人は黙り込んだ。
今持っているお金では、とても足りそうになかった。
「……どうする、母さん?」
「どうするも何も、働くしかないでしょうね」
「やっぱり?」
「ええ。しばらくこの村に滞在して、お金を稼ぎましょう。新しい二輪車を買えるだけの額が貯まるまではね」
ウルトは大きく息を吐いた。
ようやく村に着いたと思ったら、今度はお金を稼がなければならない。
旅というのは、思っていた以上に大変らしい。
「まあ、仕事なら何かあるだろう。村の連中に聞いてみるといい」
男はそう言ってから、二人に向き直った。
「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はサイヴァン・カールヴァン。この工房をやっている」
「私はメルクル・メインパーズです。こっちは息子のウルト」
「ウルトです。よろしくお願いします!」
「おう。よろしくな」
サイヴァンは豪快に笑った。
そのとき、工房の奥から金属を打ち合わせるような音が聞こえてきた。
カン、カン、カン。
一定の間隔で響く音。
その音に、ウルトはふと興味を引かれた。
工房の奥では、一人の少年がゴーグルをかけ、作業台に向かっていた。
サイヴァンと同じワーフの特徴を持つ少年。
年齢はウルトとそう変わらないように見える。
少年は作業台に広げた設計図を見つめながら、いくつもの部品を組み合わせていた。
小さな金属の輪。
細長い棒状の部品。
歯車のようなもの。
それらを一つずつ確かめ、設計図と見比べながら、慎重に組み立てている。
「……何を作ってるんだろう?」
ウルトは思わず呟いた。
すると、少年が顔を上げ、ゴーグルを額にずらした。
「ん? 何か用?」
「あ、ごめん。何を作ってるのかなって思って」
ウルトが作業台を指さすと、少年の目がキラキラと輝き始めた。
「お前、興味あるのか!? これはまだ試作中なんだけど、かなり自信があるんだよ!」
少年のあまりの勢いに、ウルトは呆気にとられた。
「し、試作?」
「そう! 自分で描いた設計図を見ながら、部品を組み合わせてるところ!」
少年は再び作業台に向き直った。
ウルトは、その手元をじっと見つめた。
設計図に描かれた複雑な線。
その形に合わせて組み上げられていく部品。
そして、それらが一つの道具になろうとしている。
先ほど見た魔石式の義足が、ウルトの頭に浮かんだ。
「すごいな。こんなものを自分で作れるんだ」
「当たり前だろ? 作れなきゃ夢が叶えられないからな!」
少年はニカッと笑った。
けれど、その手は止まらない。
小さな部品を指先で回し、角度を確かめ、別の部品と組み合わせていく。
「あ、俺はウルト。君は?」
ウルトが尋ねると、少年は手を止めて答えた。
「カイヴァンだ! カイヴァン・カールヴァン!」
「カイヴァンか。よろしく!」
ウルトが笑顔で手を差し出すと、カイヴァンもその手を強く握り返した。
「ああ! よろしくな!」
カイヴァンは、再びニカッと笑った。




