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けむりちる  作者: 川進
8/10

漕ぎ出す

はち



温かな、湯気が、漂っている。

窓から、風が、入ってくる。


長いとき。

揺れるたび。


転がされたり。

流されたり。


そうして。

こっちまで。


来たのか。

そうか。


豊かな湯は、とめどなく。

地の底から、湧き上がり、あふれて、

流れ出していく。


貝は。

おおものか。


うん。

岩みたいだって。


一体は、湯船の中から、言った。


ため息が、もれた。


そんなにか。


そら、見てえなあ。


そんなにでかくちゃ、

もう、神さまだろう。


見てえなあ。

やるかよ。


明るい日差しが、透明な湯の中で、

ちらちらと、ゆれている。

皆が、からだを流して、沈むと、

湯が、音を立てて、あふれた。




まだ、暗いうちに、三咲の育った村の、

和尚が、やって来た。

荷車の上に、やぐらがこしらえてあり、

そこに、小ぶりの鐘が、吊り下げてある。


正時と和尚は、波に足をひたして、

唱え始めた。

一体や、村人たちは、後ろに立って、

うつむいている。


震える、自分の足を、見つめている。


暗い海の向こうが、しらみはじめて、

水平線が、あらわれた。


2つの鐘が、響くと。

波間に、行くひとびとは、大声をあげて、

自分の頬を、両手で、挟み打った。


舟を、力いっぱい、押し出していく。



潜っていく。

光が、弱くなっていく。


息できない、その暗さが、恐ろしく。

引き返しそうに、なる。


闇の底から。

あぶくが、とめどなく、上がってくる。

ゆるい渦を巻きながら、やって来て、

自分の、居場所を、知らせている。


闇が、ほのかに、明るくなる。

いくつもの、丸く白い光が、上がってきた。

先を、照らしながら、降りて行く。


あぶくをたどり、先を見せる光に、

ついていく。


深い底の。

砂が、真白く、浮かび上がる。


光が。

黒い岩のような、貝を、ぐるりと、

囲んだ。


その、大きさに、驚きながら、網で、

幾重にも、くるんでいく。



海面から、顔を出しては、

息を吸い込んで、戻っていく。

何度も、繰り返す。


貝のそばを、離れない光が、見えている。

黒い闇では、ない。


一体は、舟の上にいる村人から、

縄の端を、受け取った。


潜り、網を束ねる縄と、つなげた。

引いて、知らせる。


その、引く力は、舟の上に、伝わり、

旗が、上がった。


浜で。

たくさんの人々は、声をあげた。

一斉に、縄を、引いた。


一体たちも、力をこめる。


貝が、わずかに、持ち上がった。


だが。

貝は、あまりに、重たく。

縄は、中ほどから、ぶつりと、ちぎれた。


悲鳴が上がって、皆が、倒れた。

砂にまみれて、波間を見つめる。


残った縄は、まだ。

貝と、つながっている。

一体は、掴んで、離さない。


村人たちは、一体の手から、

縄を、もぎ取ろうとするが、

びくとも、しない。



丸く白い光が、より集まり。


網を束ねている、縄のあたりが、

きらりと、光った。


縄は、きれいに、断ち切れた。



村人たちは、一体を抱えるようにして、

海面を、目指した。


上り続ける、あぶくが、揺れて、

散らされる。


引きずり出された一体は、目いっぱい、

息を吸って、怒鳴った。


あいつは。

いのちをふりしぼって、ずっと、

待っていた。


暴れて、潜ろうとする一体を、

村人は、思い切り、殴りつけた。


舟から伸びた手が、一体の肩を掴み、

力を、込めた。



橙色の炎が、水平線に、線を描く。


ぽこぽこと、上がっていた、あぶくが、

止んだ。



つづく

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