紐
ろく
嫁いできた、三咲が、目の前の、
布団に、すっかり、潜り込んでいる。
一体は、どきどきしながら、考えている。
さて。
うえか。
したか。
自分の鼓動で、まわりの音は、ほとんど、
聞こえない。
さて。
(布団の。)
うえ(の方から、潜り込む)か。
した(の方から、潜り込む)か。
と、考えている。
正時は、ふすまに、はりついている。
音がしないように、膝をたたいたり、
舌打ちしたり、している。
がんばれよ。
こころの底から、祈って、つぶやく。
ちちさま!
耳もとで、双子が、声を合わせて、
叫んだ。
集中していた正時は、ひどく驚いて、
体勢を崩した。
ふすまが、倒れた。
一体は、飛び上がったあと、転がった。
三咲は、赤い顔を、のぞかせた。
あねさま!
双子は、容赦なく、ふすまを踏み抜き、
行こうとする。
平らな枕を、小脇に抱えている。
いつ来た。
こら、待て。
正時は、双子を、抱え込んだ。
急に。
おもてが、騒がしくなった。
間も無く。
大きな音を立てながら、雨戸が、
次々に、倒れこんできた。
障子戸まで、巻き込まれて、倒れる。
一体は、布団ごと、三咲を抱き上げて、
壁ぎわに、走り寄った。
どかどかと、足音が続き。
部屋が。
落武者のような、姿のものたちで、
いっぱいに、なった。
それぞれの背中に、うすい灰色の雲が、
くっついている。
一体どの!
こちらに、
おいでかー!
彼らは、腹の底から、声をあげて、叫ぶ。
廊下で。
眠たそうに、たたずんでいた、鶏たちが。
あまりの、やかましさに、目を、かっと、
見開いた。
負けじと、声高く、鳴きまくる。
もう、夜明けか。
あとひとつか。
急がねば。
武者たちは、うろたえた。
旗が、正時の方に、傾いて、ぱさりと、
ひろがった。
正時は、息を、のんだ。
素早く、座り直した。
わたくしは。
よく、通る声で、言った。
左位 正時。
武者たちは、正時を、見た。
正時は、懐から、刀を取り出し、
顔の前に、腕を、突き出した。
刀には、旗と、同じ紋が、入っている。
それは。
姫様の、御紋。
左位、なのか。
なぜ。
ここに、いる。
ふるさとは、ずっと。
西では、ないか。
幼き、ふたりの、御子様や、
姫様のもとに。
間に合わず。
生きながらえた、左位一門。
御子様方を、お探し申し上げて、
おります。
何を、言っている。
どれほどの。
時が、過ぎたと、思っている。
時は、700年余り。
それは。
我らには、無いに、等しいもの。
我らは、ただ。
一本の、紐でございます。
世に、長く続きながら、御子様方の、
ご消息を、
消息。
入水されたこと、知らぬのか。
生き延びられたという、
話しもございます。
正時は、まっすぐに、
武者たちを、見た。
しかし。
それは。
武者たちは、黙り込んだ。
忘れたとて。
何も。
不思議でない、
時の、長さぞ。
変わらず。
愚直よの。
左位の、血は。
啜り泣く、声が、する。
正時の目の端が、濡れる。
双子は、じっと、見上げた。
正時は、うつむいた。
美波は、後ろに座って、正時の背中に。
静かに、額を、つけた。
武者たちの、背負う雲が。
よりうすい、灰色に、変わっていく。
つづく




