吐き出す
ご
時々。
背中にいる、三咲の。
ほつれた、柔らかな長い髪が、
潮風に、なびいて。
一体の、首や顔に、ふれる。
おばあさんは、優しいひと、
だったのだろ。
一体は、たずねた。
三咲は、頷いた。
だけど。
気を使うひとで。
遠慮ばかり、してた。
一体は、頷いた。
もういちど、会いたい気持ちは。
わかる。
姿を、見ることは、できるがな。
まるで。
ひとが、変わるのだよ。
どんなふうに、変わっても。
いいの。
そうか。
うん。
三咲は、頷いた。
一体も、頷いた。
ならば。
いつも通り、やるな。
一体は、寺の和尚に、案内されて、
棺桶の前に、座った。
後ろには、村人が、ぞろりと、
並んで座り、目を輝かせて、居る。
三咲は、いちばん前に座り、見守る。
一体は、背筋を、ぐっと、伸ばして、
手を、合わせた。
皆、真似して、背筋を伸ばし、
手を、合わせた。
一体は、大きく、息を、吸い込んだ。
成仏しろよ!
叫んだきり、黙った。
皆、言われているから、ひたすら、
堪えて、座っている。
そのうち。
棺桶の、下の方が、どすん、と、鳴った。
蓋が、わずかに、持ち上がる。
闇のなかに光る、ふたつの目。
骨ばった、両手の指が出てきて、
ふちを、つかんだ。
聞こえているか!
はばあよ!
成仏しろよ!
一体が、叫ぶと。
かすれた、うめくような声が、言った。
お経は。
まだか。
はっきり言う。
読めねえ。
蓋が、飛んだ。
白髪を逆立てた、老婆が、
すっくと、立ち上がる。
おおお。
どよめいた。
三咲は、両手で、口を押さえた。
目を見張り、老婆を、ながめる。
墨染着て。
お経が、読めねえだと。
ぴょんと、飛んで、出た。
背中に、灰色の雲が、くっついている。
ズカズカと、一体の、すぐ前まで、
歩いて、来た。
足を開いてしゃがみ、下から、
睨んでくる。
成仏できねえだろうが。
ちっ、と、舌打ちする。
どうして、くれる。
さあな。
一体は、にやにや、した。
老婆の額に、太い青筋が、立った。
老婆は、握り拳を、繰り出した。
一体は、掴んで、投げ飛ばした。
老婆は、宙で回り、降り立った。
ぶるぶると、震えて、睨む。
おまえは鬼か!
としよりに何すんだ!
孫とは!
天地のような差だ!
唾を飛ばして、怒鳴る。
一体は、にやりと、笑った。
嫁に、くれよ。
やるか!!
顔を、真っ赤にして、飛び上がった。
一体は、外に、駆け出した。
ふたりは、ぼかすかと、
殴り合いながら、走って行く。
鐘撞堂の、そばまで来たとき。
和尚が、鐘を、ついた。
音は、重たく響いて、あたりを、
いっぱいに、満たした。
打ち出された輪が、ぜんぶを、
突き抜けながら、広がっていく。
老婆の髪が、後ろに向かって、
勢いよく、なびいた。
灰色の雲は、散り散りに、なった。
灰色の煙が。
再び、鳴る音に、押しあげられて、
うすく、跡を、残しながら。
海のかなたへと、運ばれていった。
余韻に、跡も、消えていく。
白いすじが。
満天の星に、引かれるように。
ゆっくりと、のぼっていく。
老婆の目に、灯りが、ともる。
ふと。
三咲を、見た。
三咲は、泣くのを堪えて、じっと、見た。
祖母は、いつものように。
変わらず、穏やかに、笑った。
まぶたが閉じて、その体は、揺れた。
倒れかかる体を、一体は、両腕で、
抱きとめた。
三咲のそばまで、歩く。
三咲は、祖母に抱きついて、
大きな声で、泣いた。
つづく




