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13話 決意

 カデルと阿弥陀丸のタッグバトルが終わり、トゥーラとヒルガオによるタッグバトルが始まった。

 ________________________________________


 ステータス

 名前 :トゥーラ

 年齢 :2

 種族 :上位豚鬼ハイオーク

 レベル:20

 HP :87/87

 MP :115/115

 筋力 :57

 耐久 :103

 俊敏 :74

 知力 :115


 装備 :なし

 ユニークスキル:ーーー

    スキル:回復魔法(C)

        支援魔法(D)

        経験値取得率アップ(D)

 _________________________________________


 トゥーラは進化によって、MP、耐久、知力が大幅に上昇した。完全に支援特化のステータスである。スキルランクも上がり、まさに後衛型。

 …ただし、豚鬼オーク特有の大きな体だけはそのままだった。

 トゥーラは多くの仲間がいる状況でその真価が発揮される。しかし、トゥーラ以外に1人しかいないこのタッグバトルでは、本来の強みを活かせないだろう


 『支援魔法・俊敏強化』


 ヒルガオの動きが速度を増していく。


 ヒルガオは二対の双剣を華麗な体捌きで操り、訓練場を舞うように駆け回る。さらにトゥーラは筋力強化、反応強化、身体強化と、次々に支援魔法を重ね掛けしていく。


  幾重にも施された支援魔法によって、ヒルガオの速度は肉眼で捉えきれない領域へ達していた。その姿はまるで、風に身を任せ宙を漂う花のようだった。


 舞のような剣術を可能にしていたのは、一切ブレることのない強靭な体幹と足捌きだった。股関節やハムストリングスをバネのように使い、どんな体勢で着地しても即座に次の動きへ繋げる。相手の攻撃の勢いすら足に伝え、その反動を利用して再び斬り込む。その連撃は止まることを知らない。


 しかし、その刃は和熊わぐまに届くことはない。届いたとしても掠り傷程度ですぐに回復されててしまう。高い耐久力と回復能力を持つ和熊わぐまの相性は最悪だった。

  しかもヒルガオは、支援魔法と回復魔法による援護があるとはいえ、格上相手に実質一対一を強いられている。


 ヒルガオの戦闘スタイルは、本来多対一向きだ。

 味方が複数いる状況なら、その俊敏性で敵を撹乱しつつ、仲間の動きを補佐できる。さらに、わずかな隙を突くだけで敵を仕留め切れるほどの攻撃力も備えていた。


  ヒルガオは苛立っていた。

 「チッ……!」

 和熊わぐま教官の拳を紙一重で躱しながら、舌打ちを漏らす。


 速さでは負けていない。何度も死角へ回り込み、何度も斬撃を叩き込んでいる。だが、届かない。届いても浅い。そして浅い傷など、和熊教官は瞬く間に回復してしまう。


 『支援魔法・筋力強化』

 後方からトゥーラの声が飛ぶ。その瞬間、身体が軽くなる。だがヒルガオの表情は晴れなかった。


 ――違う。

 欲しいのは、そんな後ろからの援護じゃない。

 前に出ろ。一緒に戦え。大盾でも構えて敵を抑えてくれれば、自分はもっと自由に動ける。もっと深く踏み込める。そうすれば、この教官にだって一撃入れられるはずなのに。


 鬼人族は前に出て戦う種族だ。拳を振るい、血を流してこそ鬼である。だからヒルガオには、後ろで支援魔法ばかり使っているトゥーラが、どうしても頼りなく見えてしまう。


 焦った踏み込み。その瞬間、和熊教官の拳がヒルガオの脇腹を掠めた。

 「っ、ぁ……!」

 小柄な身体が地面を転がる。


 「……まだよ。」


 思い通りにいかなくなると熱くなる。だから駄目なんだと、何度も言われてきた。

 ヒルガオは感情が表に出やすかった。戦闘中も思い通りにいかなくなると焦りが生まれ、攻撃が単調になる。そして、その隙を突かれて大きな一撃をもらう。


 それが、ヒルガオの悪癖だった。

 「甘い。」

 焦燥から同じような斬撃を繰り返した瞬間、和熊わぐまの拳が再びヒルガオの鳩尾へ深くめり込んだ。

 「がっ――!?」

 小柄な身体がくの字に折れ、そのまま地面を転がる。


 和熊教官は倒れたヒルガオから視線を外し、後方のトゥーラへ目を向けた。

 「お前は戦わないのか」

 トゥーラは肩を震わせた。だが、前へ出ようとはしない。戦う意思はなかった。ヒルガオが倒れた時点で、この試合は終わりだった。


 戦闘後、和熊教官の回復魔法を受けたヒルガオが立ち上がる。そして、そのまま一直線にトゥーラへ歩み寄った。ドシ、ドシ、と苛立ちを隠そうともしない足音。


 「あなた、本当に鬼人族?」

 ヒルガオが睨みつける。


 「なんで後ろでチマチマ魔法なんか使ってるわけ? 敵が見えてなかったの?」

 トゥーラは何も言い返せなかった。俯き、黙り込む。……実際、ヒルガオの言い分にも一理ある。

 もし別の前衛型と組んでいれば、和熊教官にもまともな一撃を入れられていたかもしれない。


 少なくとも今のトゥーラには、反論できるだけの結果がなかった。

 「なんか答えなさいよ! はぁ……あーもう最悪。だから泥臭い上位豚鬼ハイオークなんかと組みたくなかったのよ」


 内気なトゥーラと気の強いヒルガオ。二人の相性は最悪だった。

 鬼人族は武を重んじる。前線で戦えない鬼など、鬼として認められない。和熊(わぐま)のように、前で戦えるだけの体術と、それを支える回復魔法を持つのが“正しい鬼”なのだ。


 「トゥーラ――」

 「待て、カデル。今は見守ろう」

 割って入ろうとしたカデルを制する。

 「……」

 「トゥーラにとっても、必要な時間だ」


 ヒルガオはトゥーラを睨みつけたまま、吐き捨てるように言った。

 「あなた何? 医者にでもなりたいわけ? ここにいる私たちは戦士なの。戦う気のないやつが、なんでここにいるのよ」

 「……私は、ただ……みんなを癒してあげたくて……でも、戦うのは怖くて……」

 途切れ途切れの声。俯いたまま、トゥーラは拳を握り締めていた。


 「戦うのが怖い? だったら今すぐ荷物まとめて帰りなさいよ」

 ……ヒルガオは相当気が強い。

 クラスの中心で強気に振る舞い、思ったことを遠慮なく口にするタイプだ。気弱なトゥーラとは致命的に噛み合わない。


 「帰る家は……ありません……。ここにいないと、私は……私は……」

 「私だって!」

 ヒルガオが叫ぶ。


 「ここで成果を出さなきゃ、帰る場所なんてないのよ!」

 その瞬間だった。怒鳴っていたはずのヒルガオの声が、わずかに震える。俯いた横顔は、どこか苦しそうだった。


 「……鬼なら鬼らしく、戦うしかないのよ。めそめそしてる鬼なんて、大っ嫌い」



 その後は、大きな波乱もなく和熊わぐま教官との手合いが進んでいった。

 ハーミットは相変わらず戦闘に興味がないらしく、最低限といった様子で無難にこなしていた。


 俺はというと、【アカウント顕現】でカラフルーースライムのアカウントを顕現し、『魔装アマルガム』を使用して戦った。それでも和熊(わぐま)には歯が立たない。


 『無属性魔法』だけでは圧倒的に火力が足りず、決定打を与えられなかった。むしろ、ユキミヤの『雷魔法』の方がよほど威力が高く、俺は彼女の援護に頼らざるを得ない場面が多かった。


 とはいえ、収穫はあった。

 今の俺には、火力が足りない。

 今後の課題が明確になっただけでも、悪くない実戦訓練だったと思う。


 _________________________________________________________________________


 夜。

 また俺は頭の整理をするために一人で散歩していた。考えていたのは、トゥーラのことだ。

 トゥーラが後衛しかできないようになったのは、俺のせいだった。鬼人族のことを何も知らないまま、俺はあいつらを率いてしまった。

 試験の時は同じパーティーだった俺たちも、これからは別々に組まされることが増えるだろう。そもそも、常に十分な人数で動ける保証もない。


 もし少人数で戦うことになれば、トゥーラはどうなる。

 戦う恐怖を捨てられないままでは前に出られない。この里では、それは“戦えない鬼”と同義だ。


 きっと、今日みたいな扱いをこれから何度も受けることになる。俺は足を止めた。だが、答えは出ない。どうすればいい。何を変えればいい。

 解決策が見つからないまま歩き続けているうちに、気づけば鬼舎からかなり離れた場所まで来てしまっていた。こんなに長時間歩く予定ではなかったのに。


 「…私怖いんです。生まれて間もなく狩りの方法も教えられないまま、親に捨てられてよくわからない人たちに拾われて、家畜のように馬小屋のような寝床と廃棄物のような食事だけ与えられて、、」


 トゥーラの声が聞こえ咄嗟に木陰に隠れてしまった。


 「外に出してもらえたと思ったら、ここに連れてこられて……急に殺し合いが始まって……。試験が終わって、やっと安全に暮らせるのかと思ったのに、その後も戦わないといけないなんて……私、耐えられないです……」


 生まれてから今日まで抱えてきたものを吐き出すように、トゥーラは泣き出した。


 「そうか。」

 トゥーラを慰めていたのは、カデルだ。


 「俺の話をしていいか。」

 「……はい。」


 「俺も生まれてすぐ、親がいなくなった。死んだのか、俺を捨てたのかは分からない。だから俺は、生きるためにたくさんの鬼を倒してきた。」

 カデルは淡々と語る。


 「俺は、それが楽しかった。鬼として戦うのが好きだったんだ。」


 そして、真っ直ぐトゥーラを見た。

 「だから、俺はお前がすごいと思う。」


 「……え?」

 「俺は戦うのが楽しくて仕方ない。でも、トゥーラから感じるのは殺し合いをする辛さ、命に対する尊さを感じる。」

 「私はただ……平和に暮らせたらって思ってるだけだよ。お互い、殺し合う必要なんてないと思うの……」


 「うん。そういうところが、すごいんだと思う。」

 カデルは迷いなく頷く。


 「でも、俺はお前に生きててほしい。」

 「……」

 「強くなれば、たくさん敵を倒せる。それはトゥーラにとって苦しいことかもしれない。でも、その分だけ仲間を守れる。」

 「仲間を……守れる……」

 「トゥーラの力を、俺たちを生かすために使ってくれ。」

 カデルはゆっくりと言葉を続ける。


 「俺たちのことを大切だと思うなら、仲間を失わないために強くなるしかない。」

 普段は勢い任せのカデルが、驚くほど饒舌にトゥーラを励ましていた。


 「俺もトゥーラを守る。辛い時は俺が守る。だからトゥーラも、みんなを守ってくれ。そのために強くなれ。」

 「……カデル君、ありがとう。」


 トゥーラは涙を拭いながら、小さく笑った。


 「とりあえず……みんなのために、頑張ってみようと思います。」

 カデルの偽りのない言葉は、確かにトゥーラの心を動かしていた。

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