第三十一話 消失
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「あれから一か月が経過しました。レビィール城の兵糧はすでに枯渇し、敵兵の士気も乱れているため、アナスタシア姫を捉える絶好の機会かと」
軍師ロメニウスは、ゴーラス王、サルード王両名に目くばせする。その意図を感じ取ったゴーラス王は声を荒げ、陽気な船乗りのように口が達者になっていた。
「ついに俺の天下か! 待ちに待ったぞ、この時をよぉ! 帰ったら宴だな、サルード!」
サルード王の肩に腕を回すゴーラス王。屈強な右腕はその首をがっちりと掴み、離さない。
「『僕たちの』天下でしょ。それにそんなに信用していいもんなの? アナスタシア姫、何か企んでない? 嫌な予感するんだよねぇ……」
首を傾げ、うなだれるサルード王。そんな彼を横目に、ゴーラス王は声を張った。
「心配しすぎだぜ、サルード! お前は戦に疎いようだから詳しく説明してやるとだな、水攻めっていうのは最上の戦略、その内の一つなんだぜ? 考えてもみろ! 周りが水に囲まれて、どうやって武器兵糧を調達する? 水面に足をすくわれながら、どうして突破口を開ける? 甲冑も、武具も、馬も、何の役にも立たねぇ! 待っているのは死だけだ!」
「でも、水攻めってアナスタシア姫がやったことでしょ? 何の策もなしに、自分の首を自分で絞めるかね? それに向こうにはジオスがいる。白帝流の恐ろしさは、僕らの想像の上をいくよ」
思い返されるのは、ソリュースのあの苦悶に満ちた表情だった。あれだけ有利な場面でさえ仕留めきれなかった竜王を、どうして水攻めごときで閉じ込めきれようか。
「そう怖気づくなって! 俺らはアナスタシア姫の猛攻を生き抜いた歴戦の猛者だぞ? かつては星の数ほどいた王家も、いまや俺らを残すのみ! 中には俺らのことを無能呼ばわりする輩もいるが、それじゃあどうして俺らはここまで生き残れたんだ? 説明がつかねぇだろ! 選ばれたんだ、俺らは! 分かるか、サルード!」
ゴーラス王の饒舌は留まる所を知らない。片手にはラム酒、そしてもう一方には王剣を持ち、ブンブンと振り回しながら目を回らせる。まるで世界は自分中心に回っていると言わんばかりの様子だ。
サルードは呆れていた。自分たちが対峙しているのはアナスタシア姫。滅亡寸前だったラスト王国をわずか三歳にして復興させ、その後は数多の戦も連戦連勝のまさに軍神の如き才女だ。加えてあの美貌。金髪は最上級の絹織物にも勝るほど艶やかで、紫紺色の瞳はアメジストの中でも最上位、その中で最も大きく、美しいと言われた自然の奇跡『死の秘宝ラーパス』にも等しい。
『死の秘宝ラーパス』、それは数多の王が求めた宝玉。星の数にも匹敵するほどの内輪揉め、誅殺、略奪、ありとあらゆる戦乱を起したと言われている。ゆえについた名は『死の秘宝』。持っているだけで死期を早め、忠臣から捨てるべきだと諭された王でさえも手放そうとしない、その名に恥じぬほど人々を魅了し、惑わせ、狂わせた宝玉である。
元来、紫とは高貴な色の象徴である。数多ある色鉱物の中で最も出土率が少なく、何百万分の一といわれる確率で掘り起こされる自然の奇跡だ。それが瞳大、それも絶世の美女の両目についている所を想像してほしい。世の男が虜になるのも頷けるだろう。しかし忘れないでほしい、この世の全ての理において、表があれば裏もあることを。
──彼女の目はラーパスにも負けない。民謡にも謳われるその歌詞は、アナスタシア姫の美しさを表現した称賛歌だ。滅亡の危機から救ってくれたアナスタシア姫に感謝したラスト王国の臣民たちが歌い始めたといわれているが、それ以外の王国では別の意味で捉えられている。いわく、死の秘宝ラーパスに匹敵する程、恐ろしい……と。
綺麗な紫紺色の瞳は見る者すべての平衡感覚を奪い、地面に這いつくばらせる。その眼に未来を予知され、全ての言動を筒抜けにされ、丸裸にされた王は、数えきれない。民話にもある、教訓としてもある、それなのに、どうして人間はこんなに愚かなのだろうか。ここにもまた一人、死の秘宝に惑わされている王がいることをサルードは恥じていた。
「ヤーリーラホー♪ 晴れる日を♪ 剣を片手に海を駆け~♪」
(歌っている場合じゃないでしょ、ゴーラス……)
彼の蛮行は目に余る。特に顕著だったのがソリュースに対する八つ当たりだ。自分があの場にいれば仕留めきれたとでも言うつもりなのだろうか、ゴーラスは。全く、これだから筋肉ダルマは使い勝手が悪い。
「世界は回る、我が歌を~♪ 何とか、かんとか、ピーヒャラホイ!♪」
(しかも、歌詞忘れているし……)
はぁ、とサルードは溜息をついた瞬間、ゴーラスはバタン!と大きな音を立て、椅子から崩れ落ちた。
「ゴーラス、大丈夫か!?」
サルードが駆け寄り、ゴーラスの肩を握りしめる。夢見心地なゴーラスはサルードをゆっくりと見据え、瞼を重たくしながら静かに返答した。
「アナスタシア姫の首を取ったぞォ……俺はついに、皇帝になったんだぁ……ムニャ」
「はぁ……」
ゴーラスは酔っぱらっていた。そして夢の中におちていく。駄目だ、こいつといては一生、アナスタシア姫の首など取りに行けない。サルードは覚悟を決めた。そして衛兵を呼び出し、すぐさま水帝流のソリュースを招集する。
「お呼びでしょうか、サルード王」
後ろで眠っている、だらしないゴーラス王とは正反対の凛々しく、規律正しい騎士が目の前で跪いていた。
「ゴーラスはもう駄目だ、置いていく。私の判断は間違っているか?」
「英断にございます」
即答だった。ゴーラスからひどい仕打ちを受けただけある。
「命を下す」
ソリュースが襟元をただし、姿勢を低くする。手は自分の力を信じるよう胸元にあてられ、その目線は下、されど志は上へと向かうよう、眼光を鋭くする。
一呼吸のち、レビィール城を見据え、サルードは宣言した。
「レビィール城へ行く。アナスタシア姫を捕らえ、禍根を断ち切る!」
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