第二十五話 青と黒の決闘
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「剣聖家の人間か。名は確か……」
水帝流、ソリュース・ル・ソワーズが問いかける。
「フェリクです。フェリク・ウェハ・アルバート……」
かすれるような、か細い声で返答するフェリク。それに対し、ソリュースは、
「あぁ、あの剣聖家の落ちこぼれか。噂には聞いていたが、まさかシャドウを殺すとはな。散々戦場には出たくないとはざいていたのに、どういう風の吹き回しだ?」
と、納得がいかない様子で応答を続ける。
「こちらにもこちらの事情があるんです。どうかお察しください」
フェリクが頭を垂れ……許しを請うような姿勢で生を懇願する。
ソリュースがフェリクを睨みつける。しかめ面のような、その怒り、憎しみ、悲しみを含んだ表情は瞬く間に空気へ伝播する。
「ふぅん。まぁ、どうでもいいけどよ。ところでお前──」
ソリュースが剣を構える。銀閃が横に構えられ、フェリクの喉元を反射で照らした。
フェリクが顔を上げる。ただならぬ気配を感じ取り、鳥たちもまた、さえずるのを止める。
「──覚悟は出来ているんだろうな」
黒かった。重かった。足は恐怖にひれ伏し、目は深淵の闇に引きずり込まれ、それはまるで闇の中の混沌、そのまたさらに深い場所へと誘われる。
「……はい」
鳥が鳴く。危険を察知した鳥が、仲間を連れて縦横無尽に逃げ回る。
フェリクは空を見上げ、鳥たちを羨ましそうに眺めた。本当は逃げたい。彼らと一緒に空へ羽ばたき、どこか遠く、それも自分が自分であることも忘れるほど遠い世界へと旅立っていきたかった。でも、それを世界が許してはくれない。仕方がない。すべてはもう──終わったことなのだから。
「「ザッ……」」
二人は歩み寄る。和解のためでなく、遠方よりきたる友を出迎えるわけでもなく。ただ彼らの首その一つ、欲するがままに歩く。
「天燐の玉──水竜トラルース」
「深淵の儀──黒竜ドメラ・ゲイル」
二人の剣が輝く。ある者は水色に、またある者は黒色に。揺らめくオーラを世に放ちながら、自らがこの世界にいることを宣言する。
「「ザッ」」
二人は近づく。その差、僅か数歩。水色と黒色が混ざり合う青黒の天上模様は、格の違いを人類に叩きつける。
「水帝流、五の型──」
「黒帝流、二の型──」
二人は剣閃を描く。鋼鉄でできた剣がしなり、その剣先が自分の首元まで曲がるほどに。空気との摩擦熱で地獄の業火を作れるほどに。彼らは彼らたらしめるもの、そのすべてを投げ捨てて剣を振るう。
「──伍水≪月華≫」
「──黒覇無双」
黙示録のラッパが、鳴り響いた。
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「「ガキィン!!」」
大地を巨人が踏みしめ、その地を陥没させるが如く鳴り響くはその音。ソリュースとフェリクの一騎打ちが始まったのである。
「ぐっ……!!」
ソリュースは辛そうにしていた。今だ迸る剣火花の中、ただ一人冷静ではいられなかったからだ。彼の足元には、少しずつ後退の兆しが見え始めてきた。
「まだまだぁッッ!!」
ソリュースが雄たけびをあげる。刹那、剣先が互いの地面に向かって交錯する。
「黒帝流、八の型──」
「水帝流、三の型──」
再び剣を構え、これを最後にと思い。ありったけその全てを剣先に込める。
「──八黒≪竜天宗円≫」
「──三山水!!」
再び相まみえるは、人外の調べ。再度くる衝撃に世界が耐えられたのが不思議なくらい、その調べは強大であった。
「クッ……ソォッ……!!」
ソリュースは顔をしかめる。その拳に万力を込め、腕に全体重を乗せるがそれでも抑えきれない。彼はそれだけ苦戦をしいられていた……が、対するフェリクはどうか。こちらはソリュースとは対照的で、非常に穏やかな表情だった。というよりもむしろ、意識が向こう岸に行っており、その肉体はまるでもぬけの殻が如く現世に鎮座しているようにも見える。
瞳が戻ってくる。手の感覚が、足の重厚感が、そしてソリュースの殺気を感じる第五感までもが呼び戻される。フェリクは手を見る。真っ黒なオーラに包まれた、哀れな契約者の右手である。フェリクは足を見る。黒き波動を大地に響かせながら支える、肢体の大黒柱である。
「「キィン!!」」
さきほどよりもより一層大きな音で、剣が再び獲物を取り逃がす。二人はすぐさま体勢を整えなおし、歯を食いしばり……目に殺意を走らせる。
「水帝流、七の型──」
「黒帝流、五の型──」
「──七縦滅水」
「──五黒燐冥剣」
<『『ガキィン!!』』>
音の中の音、さらにその向こう側の音と呼べるか疑わしい轟音が鳴り響く。大地が悲鳴を上げ、天が助けを叫ぶ。青は本来の空の色を取り戻すべく、黒は空の色を侵食すべく。互いが互いの命、その根を止めるべく自我を広げる。
「「スッ!!」」
外れた。またしても剣が交錯した、首を取り損ねた!
「水帝流、六の型──」
「黒帝流、三の型──」
「──水常破≪六計≫」
「──三帝≪暗黒世界≫」
<<ガキィン!!>>
欲しいのはその命なのに、求めるのはその首ただ一つなのに!!それさえも取れないのは。それさえも掴み取れないのは。──もう、終わりにしよう。
『シャッ!!』
剣がまたしても交錯する。土煙の最中、剣を握りしめる二人の英雄、その影が映る。ソリュースが剣を構え直す。フェリクが剣と向き合い直す。互いが互いの大地を踏みしめ、双眸を煌めかせ、手には爆炎の怒りを載せて。
「「水帝流、派生、九の型ッッ──!!」」
骨が軋む。最後の一手、そのすべてをぶつけるために。
「「黒帝流、奥義──!!」」
放つ。己のすべて、その全生命を賭けて。
<<──九天冥水ッッ!>>
<<──黒帝!!>>
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「……」
フェリクは第五感を感じる。自らの胸の中の、そのまたさらに奥深くにある真意に目を向ける。奥義のぶつかり合い、その剣戟の火花が舞い上がる最中でも感じられるほど、それは邪悪で、醜かった。黒竜──ドメラ・ゲイル。生前の竜の姿はしておらず、あるのは黒い靄のかかった人魂のような姿であったが、それでもこいつが竜であることが分かるくらい、フェリクの感は鋭いものになっていた。
今思えば、こいつのせいでもある。僕が人殺しをしなければいけなかったのも、ソリュースさんと戦わなければならないのも。こいつがいなければ、今頃ぼくは屋敷でのんびり過ごせていただろうに。
──フェリクの手から、力が抜け始める。
あぁ、黒竜──ドメラ・ゲイル。なんでくるんだよ、なんでいるんだよ。なんで僕のもとにこいつはいるんだよ。こんなやつ、こんなやつ──いなくなればいいのに。
<<その時、事件は起こった>>
「──スウッ」
黒い靄が消え、果てしなく続いていた憎悪の源が断ち切られる。黒竜──ドメラ・ゲイルの気配がなくなったのだ。
ソリュースの剣が軽くなった。フェリクの剣が重くなった。相反する二つの拮抗力は、互いが互いを驚愕させるとともに、
『ドン!』
跳ねる。ゴムボールのように跳ねる。フェリクの華奢な体が吹き飛ばされ、地面を跳ねる。
『『ドン!!』』
再びの跳躍。それは三度繰り返され、そして──
「「ズザァァッッ……!!!」」
──フェリクの四肢は地面に投げ出された。




