第二十三話 水帝の申し子、ソリュース・ル・ソワーズ
明日も20:00までに次話更新します。
「敵の援軍がきた。挟まれると厄介だから、一旦引くぞ」
水色の長髪を揺らしながら、ゆったりとした口調でそう語り掛ける男がいた。
彼の名は、ソリュース・ル・ソワーズ。
水帝流の使い手であり、ゴーラス王が支配するプロメシア王国きっての聖騎士である。
「でも私、まだお人形さんと遊びたいんですけど~」
ぷーっと頬を膨らませ、不満そうな顔をするパメラ。
その小さな体をぴょんぴょんと跳ねて抗議するが、長身の彼は呆れた様子をするだけだった。
「あまり遊びすぎると竜化するぞ? それに、そろそろ俺も活躍させてくれ」
そう言い、パメラの額をコツンと拳で小突く。
「もー、分かりましたよ。でもその代わり、ソリュース……あとでお仕置き」
恨めしそうに上目遣いで見つめるパメラに対し、ソリュースは「はいはい」と軽くあしらうにすぎなかった。
「「お人形さんたち、また遊びましょーねっ!」」
パメラがそう言い、杖をトンと地面に叩く。
それを合図に一つ……二つと屍兵の動きが止まっていった。そして──
「──ガラガラガラッッ!!」
と豪快な音を立てて、梯子から手を放し、地面に落下していったのだ。
「止ま……った?」
城壁の上で果敢に応戦していたアナスタシア姫の動きが止まる。
と同時に、兵士の口から朗報が飛び出してきた。
「援軍が到着しました! 西方向、数にして三千です!!」
伝令を聞いたアナスタシア姫は、ふっと笑みを浮かべた。
そして、
「私たちの勝ちですね」
と冷静に前を見据え、はっきりとそう告げた。
「しかし、アナスタシア姫。援軍はたったの三千です。少なすぎるのでは?」
通達に訪れた兵士が疑問を投げかける。
それもそうだ。自分たちは何ヵ月も耐え忍んで、やっときた援軍がたったの三千騎。文句の一つや二つ、言いたくなるのも無理もない。しかしそれでも、アナスタシア姫が表情を崩すことは無かった。
彼女は兵士の顔を見る。疑心暗鬼の表情に曇り、不安そうに見つめる彼の目を見る。
アナスタシア姫は深呼吸した。そして、勝ち誇ったようゆっくりとした口調で
「数が少ないのは、私がそう仕向けたからです」
と、短く返答した。
兵士の頭に?マークが浮かび、きょとんとしていると再びアナスタシア姫が口を開く。
「彼を引っ張り出すために、必要だったから」
「彼……とは?」
兵士が理解できない様子でアナスタシア姫に問いかける。その言葉を聞いたアナスタシア姫は勝ち誇った様子で──
「──フェリク・ウェハ・アルバート。これから英雄になる者の名です」
と満面の笑みで答えたのである。
**
「──ギイイッッ……」
兵士の残骸と血の沼で、門がいつもよりも重たい音で開く。開かれた扉には血痕がうっすらと伸びており、骨や剣が脇に集められていた。
「随分遅かったわね、フェリク」
アナスタシア姫が待っていた。ぼろぼろのドレスを身に纏い、顔に土と返り血がうっすら残る天下一の才女である。
「フェリク、アナスタシア姫に拝謁します」
天下一の才女を前にフェリクは跪く。と同時に、「ウッ」と吐きそうな素振りを見せた。
「初陣のあなたにとっては少し刺激が強いわよね。さぁ、こちらにいらっしゃい」
アナスタシア姫は彼を手招きし、城内部へと誘い込む。
その言葉を聞いたフェリクは、
「その前に、一つお聞きしたいことが」
と彼女を問いただす。
「何ですか?」と首を傾げるアナスタシア姫。
その様子を見た彼は、緊張を隠し切れない不安定な声で切り出した。
「──僕はまた、人を殺めるのでしょうか?」
声こそ弱弱しいものの、彼の表情は極めて厳しかった。もう二度と同じ過ちは繰り返さない。その強い意志が、彼の表情に伝播したのだ。
フェリクが疑惑の眼差しでアナスタシア姫を見つめる。
決意の炎で揺らめいている彼の瞳をアナスタシア姫が見返すと、静かに返答した。
「それはあなた次第よ」
後ろを振り向き、「着いてきなさい」と背中で語るアナスタシア姫。
フェリクは呆気にとられていた。ここにきて突き放されてしまったからだ。
淡い期待があった。アナスタシア姫なら、答えを見つけてきてくれるんじゃないかって。自分で探さなくても、自然と鍵が見つかるんじゃないかって。
しかし、現実はそう甘くはなかった。『虎の子落とし』という言葉もある通り、人生で一度は突き落とされる経験が誰しもある。落とされるのが一度だけじゃないことだってある。だけどアナスタシア姫なら……天下一の才女ならなんとかしてくれると思っていた。自分では出せない答えを、不確定な未来への軌跡を……彼女が示してくれると思っていた。だが……
(はぁ……)
溜息をつき、ひとまず思考を整理して安直に結論を出すのを遮る。とりあえず彼女に付いていこう。そうすればひとまず安心だ。
そう思い、答えを濁されたまま彼女に足踏みを合わせざるを得なかった……その時。
「「決闘を申し込む! シャドウを殺したやつを出せ!!」」
場外から声が聞こえる。敵将の物で間違いないその声は、どこか威圧感があり、それと同時に悲壮感を漂わせるような嘆きに満ちた声だった。
「フェリク、お呼びですよ」
アナスタシア姫が意地悪げに問いかける。
それを聞いたフェリクは、
「僕をどうするおつもりですか?」
と返事を返す。
フェリクが見つめる。どうしようもできない状況をどうにかしてもらおうと。救いようのない自分を救ってほしいと。そう願い、天下一の才女に自分のすべてを託そうとする。アナスタシア姫は天才だ。だから、きっと打開策を練ってくれる。今までも、そしてこれからも、最善の策で突き進み、自分たちを天にも昇る勢いで勝利に導いてくれる。そう──勝手に盲信していた。
「戦いなさい。避けては通れない道です」
フェリクは耳を疑った。しかしもう一度耳を済ましても、訂正の言葉は付け足されず、首を傾げたアナスタシア姫がそこにいるだけだった。
「今なんと?」
「戦いなさいと言ったのです」
世界が空回りし、平衡感覚が揺らぐ。自分がまるでこの世界の片隅から放り出されたような感覚に陥る。目の前が蜃気楼のようにぼやけ始め、歪み始め……この世界に自分だけが嫌われているような気がした。
「嫌……です」
「命令です。戦いなさい」
「無理です。勝てるわけないです」
「戦う前から逃げ腰ですか? あなたは何のためにここにきたのですか?」
ここにきて強い口調で語り掛けるアナスタシア姫。その眼は冗談を言う目つきではなく、表情も硬いままだ。
フェリクはたじろぐ。が、彼もまた負けないように目つきを鋭くした。理由は他でもない。遠く離れたお城で眠る、たった一人のお姫様のために。
──
「大好きだよ」
──
マリア姫に言われた言葉を思い出し、彼は決意を固めた。そして、
「マリア姫を救うためです。決してあなたを助けるためではありません」
ときっぱりと言い切ったのだ。
「はぁ……」
一つ、ため息が聞こえた。アナスタシア姫の嘆息だ。
うろたえるどころか、むしろ軽蔑さえも感じさせるその一息は空気を凍り付かせる。
そして彼女は天を仰ぎ、城壁を眺め、兵士を見入り……フェリクに目線を落とした。
「いいですか、フェリク」
アナスタシア姫は諭すように語りかける。
「あなたが戦わなければ、私達はレビィール城内で、永久に囚われることになります。鳥かごに囚われた鳥が、何日も飲まず食わずで生きていけるとお思いですか?」
フェリクも負けじと応戦する。
「あなた様は今まで様々な死線を潜り抜けてきました。今回だって生存が絶望的だと言われてもなお、こうやって生きているではありませんか?他に何か策は──」
「──ありません」
アナスタシア姫が食い気味に断言した。と同時に、フェリクの瞳が黒く染まる。希望という希望を許さないほど暗く、明るい色を取って離さないような深淵だ。
手を握る。土を握りつぶすよう、自分の不幸をぶっ壊すように。万力の限りを込めた拳は地面に食い込み、爪痕を残さんと欲す。
「そうですか、そうですか」
フェリクは悔しそうに続ける。
「どうせ僕のことなんて、皆どうでもいいんだろ。結局! 皆が求めてるのは僕じゃなくて、殺戮兵士なんだろ!! 剣聖家の血筋なんだろ!!」
彼は憤慨し、憤りを体中で表現しながら続ける。
「あぁ、分かってるよ。分かってるさ! あなたに文句を言っても仕方ないことくらい分かってるさ!! でも、言わなきゃやってられないんだよ!! 憎むべきはこの乱世だ!! この血筋だ!! この世界だ!! ふざけるなよ……ふざけるなよ!! 誰が……こんな血筋に生まれたいと望んだ。誰がこんな扱いを受けることを願った!! 僕はこんな人生、望んでないのになんで!! なんで……僕だけこんな目に合わなきゃならないんだよ!!」
急に態度が変わったフェリク。
しかし、アナスタシア姫にまったく動じる様子はなかった。むしろ好機とばかり、半ば割り込む形ですぐさま返答した。
「生まれは選べません。どこで生まれるかも、どの時代に生まれるかも、その全ては神の意志によって定められます。望まずして生まれた人は皆思っています。理不尽だと。こんなはずではないと。でも変えられないんです。私達人間の力では到底抗えないような何かがそこにあるのです。だからこそ、強く生きなければならない。運命に抗えるように、自分の意志で自分の道を切り開けるように、私達はその果てしない道をただひたすら進まなければなりません。歩みを止めれば止めるだけ、怠惰を貪れば貪るだけ……人間は堕落していき、心は腐敗していきます。ゆえに私も、そしてあなたも、常に鍛錬を怠ってはいけません。心を、闘志を燃やし続けることを躊躇ってはならないのです。だからこそフェリク。あなたには強くなってもらわなければなりません。生まれは選べません。でもだからこそ、人は頑張るのです。順風満帆な人生ではないからこそ、よりより暮らしをするために、今よりももっともっと自分の人生を豊かなものにするために頑張るのです。あなたはそのスタートラインに立ちました。あとは……私が背中を押すだけです」
アナスタシア姫から語られる言葉。それはどれも素晴らしく、聞こえもいいものだった。
それはまるで雨の後の日照りのように。それはまるで、砂漠に生えた一本の新芽のように。
生きる人に希望を、勇気をくれるような言葉だった。
しかし、フェリクの顔は相変わらず暗いままだった。
彼女の言葉が刺さっていなかったからだ。
「お言葉ですが、それは綺麗ごとだと思いますよ。アナスタシア姫」
少し間が空いたのち、フェリクが口を開く。
それを聞くと、アナスタシア姫が
「ほぅ。それはどういう意味で?」
と返答した。
フェリクは意を決し、自分の思いを伝える。
「アナスタシア姫。あなたは恵まれているからわからないだけです。確かにあなたの言う通り、生まれは選べませんし、それを根拠に努力を怠ることは間違っているのかもしれません。しかし、そういう綺麗ごとを言う人ほど決まって『恵まれた側の人間』なんですよ」
フェリクは続ける。
「あなたはこの世界の誰もが認める天才軍師で、僕の智謀などでは到底、あなたに勝つことはできないでしょう。でも、だからこそあなたは軍を指揮し、指導するだけにとどまり、僕みたいに先陣を切って敵将に切りかかることがないよう守られています。当然です。あなたの役目はあくまで軍を指揮することであって、敵将に切りかかることではありませんから。でも、本来であればその席に僕があやかりたかった。味方に指揮し、自分が屍の山を見ることなく、敵の断末魔を聞くことなく、血の海をこの身に浴びることなく……戦場にいたかった。でもできないんですよ。なぜかは言うまでもないですよね……僕が剣聖家だからです」
フェリクは一つ生唾を飲み込むと、再度続けた。
「つまり何が言いたいのかというと、努力の方向が決められてしまっているわけです。自分が進むべき道が決められてしまっているんですよ。確かに進み続けることは大切です。歩みを止めたり、後退することは百害あって一利なしでしょう。しかし、進むべき道が一本しかなくて、その道が茨の道だったらどうですか? それでもあなたは進まないのが悪だと、そう仰りたいのですか? 自分は楽な道を選べただけだと。努力が報われる、正義や忠義に欠けることが無い、そんな夢のような散歩道を選べただけだとなぜそう思わないのですか? 道は人それぞれ違いますし、険しさも違います。問題なのは、それが生まれもって決められていることであり、その結果楽な道をたどってきた人が、苦しい道の人たちに「努力不足だ」と言っているのが今の現状ですよ。まぁ結局……僕があなたに分かってほしいことは『恵まれた人間には、恵まれなかった人間の気持ちなど分かりっこない』ということです」
「……」
しばしの沈黙が流れる。あのアナスタシアが少し返答に戸惑うほどの静寂が流れる。
「……」
どれくらいたっただろうか。土煙が三度舞い、風が何往復もし、太陽がじりじりと西へ傾く。
「「おい! さっさと出てこい!! 騎士らしく堂々と決着着けようじゃないか!!」」
外から声が聞こえる。さきほどがなり立てていた男の声だ。いつもよりさらに深く、大きい声でまくしたてる怒号。それはフェリクを恐縮させ、アナスタシア姫を焦らせ……さらに時を過ぎさせる。
「あなたの言い分、よく分かりました。一理あると思います。しかし、今は一刻を争う時。この議論の行く末は、危機的局面が過ぎ去ってからにしましょう。まずは城外で待っている敵将と一戦交えなさい。そこは避けては通れません」
「分かりました……よっと」
歯切れの悪い回答をするフェリク。彼はアナスタシア姫に一礼すると、そそくさと門へ足を運んだ。
生きることを諦めた……そんな死相をしながら。
(強くなりなさい、フェリク)
アナスタシア姫はフェリクの後ろ姿を見守る。それはさながら母のような優しい眼差しで、彼を見送る。
「「──ギイイッッ……」」
門が開く。と同時に、目の前に青髪のロングヘア―をした大男が立っていた。
「待ってたぜ。お前がシャドウを殺したやつだってな──」
身長百九十センチはあろう巨体が剣を抜き、牙を剥く。
「──ぶっ殺してやるよ」
水帝流ソリュース・ル・ソワーズ。黒帝流フェリク・ウェハ・アルバート。
世紀の一戦が──始まろうとしていた。
9/25(日)19:45追記
一身上の都合により、本日(25日)の更新はお休みさせて頂きます。
急な連絡で大変申し訳ございません。
明日は更新できますので、次話は26日20:00までに更新します。




