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しばらくして、私は話すことが出来るようになった。
初めて話した言葉は、
「おかあしゃま」
毎日お母様は私に会いに来ては、お母様と呼ばせようと必死であったので、私も頑張った。
まだしっかりとは発音できなかったが、それはそれはお母様を初めとするみんなが喜んでくれた。
喜んでもらえると、嬉しいものである。
私には乳母の方がいて、その方の名前も言えるように今は練習中である。
「りょー、りょーや」
ローラというのだが、まだまだ言いづらい。
私が間違うたびにローラや皆がニコニコ笑うし、お母様もお父様もなんだか悶えているので、居た堪れない。
まあ、まだ練習が必要だということだろう。
お兄様がある日、お部屋にやって来て言った。
「マーティ。僕の名前は言えるかい? 」
もちろん言えるとも。みんなの名前を言えるように練習していたからね。
「おにいしゃま」
瞬間、お兄様はむせ、床をゴロゴロと転がり始めた。毎日メイドさんが掃除しているので汚くはないだろうけど。
破壊力! と呟いていたので、攻撃を食らわせてしまったのだろうか。
「お兄様もいいけど……エド兄様と読んでくれないかな」
エドというお名前なのだろうか。
「エドにいしゃま? 」
「いいな! これからはそれでよろしく! 」
お兄様、改めエド兄様は嬉しそうに言うと、お外に出ていった。元気な人である。
一方の私は体があまり強くはないらしく、外に出たことは無い。
「ねえ、ローラ。わたしもおしょとにいきたい」
ローラにお願いをすると、今度お医者さまが来た時に相談してみましょうと言ってくれた。
楽しみだ。
数日後、お医者さまがやって来た。
この頃体調がうんと優れているので、お外に行けるはずだ。
「先生。マーティはそろそろ外出出来ますでしょうか? 」
ローラから話を聞いたお母様が、お医者さまに聞いてくれた。
「そうですねぇ。バルコニーで数時間程度なら大丈夫でしょう。激しい運動は避けてくださいね」
その言葉に、私は大きく頷いた。
翌日からバルコニーまで行けるようになった。
***
やがてだんだんとこの世界の文字も覚え、一人で読めるようになった。
それと共に、私の行動範囲も広がっている。
以前はバルコニーまでだったのが、お庭の中で走り回ることさえなければ大丈夫だろうと言うことだった。
私は天気のいい日はお庭のベンチに向かい、そこで本を読むというのが習慣になった。たまにお母様やエド兄様とお庭でピクニックをすることもあった。
字は一人でまだ書けないけれど、練習中だ。
今日は、最近元気がなくあまりお家から出られないお母様へお手紙を書くために、文字の練習帳、紙とペンをもってベンチにやってきた。
ローラは最近親戚の子を養子に迎えたらしく居ないので、一人で向かう。
お家の中だしね。迷いませんよ。もう慣れましたから。
……と、思っていたが、迷ってしまった。このお家が広すぎるからいけない。まるで迷路のようである。
壁際によって、誰かが通るのを待っていると足音が聞こえてきた。
「……マーティ? 」
この声は。
「エド兄様!! 」
「どうしたんだい? こんな所で」
私は手紙を書きにお庭に行こうとしたら、迷ってしまったことを伝えた。
するとエド兄様は、お手紙はいいね、と褒めてくれてお庭に連れてってくれると言った。
「ありがとう、エド兄様! 」
エド兄様が魔窟から救ってくれた神様のように思えた。
お庭で手紙を書き終えるまで、エド兄様は一緒に居てくれた。本当に優しい人だ。神様だ。
間違ってるところはないか、確認してもらう。
「ーーうん。大丈夫なんじゃないかな。あ、ひとつだけ言うなら」
エド兄様が最後の方を指さす。
「マーティ。君の名前はマーティではなくて、マーティナだよ。マーティナ・トラヴァース」
余っていた紙に、サラサラと書いてくれた。
「ちなみに僕の名前は、エドウィン・トラヴァース」
私はその名前に見覚えがあって、しげしげと見つめた。
「エド兄様はエドウィンというお名前だったんですね」
「そうだよ。あれ? 家族以外はそう呼んでいた気がするけどなぁ」
エド兄様は顎に手を当てて考えている。
その隙に私は手紙に修正を入れて近くにいたメイドさんに、お母様へ手紙を届けて欲しいと頼んだ。
私もエド兄様と同じように顎に手を当て、考える。
エド兄様のエドウィン・トラヴァースという名と、記憶にあった兄様に似た男性のお顔が、ぴったりと当てはまる。
そして、私の名前のマーティナ・トラヴァース。それと私に似た容姿の気の強そうな女性。
何処で見たのか。
考えつくのは前世での記憶であろう。
ーー思い出した。
高校生の頃ハマったゲームの登場キャラに似ているのである。
乙女ゲーム『魔王と癒しの女神』
魔法大国の学園で攻略キャラの好感度と戦力を上げ、最終的に魔王を封印するといった内容だった気がする。
エド兄様に似たゲームの中のエドウィンは、ぶっきらぼうだが優しい頼れる兄さんキャラだった。
対する私に似たマーティナは、エドウィンルートを含めた各ルートにおいての邪魔者。傲慢で高飛車。オマケにわがまま。公爵という身分に胡座をかき、挙句大好きな兄様や友人を平民のヒロインが取ったと思いこみ虐める、典型的な悪役。
全てのエンドにおいて、魔王と戦う際に序盤で死ぬキャラだった。
この世界が転生ものでありがちなゲームの世界であれば、私は将来死ぬということか。
私はエド兄様にお礼と別れを告げると、自室に戻ることにした。
とりあえず、覚えていることは書き出してしまいたかった。
部屋に戻って、机の引き出しから未使用のノートを取り出す。
覚えていることを書き出していったのだが、所々抜けている。忘れていたし、もう随分と昔のことであるししょうがないかもしれない。
まずエド兄様のような攻略キャラと隠しキャラの存在。
このゲームはダンジョンを攻略したり、キャラとのイベントを乗り越えて戦力と魅力度を上げていくのだ。
と、まあそれはいい。
ここが似た世界であればそれでいいし、ゲームで見たふわふわ髪のめんこいヒロインちゃんなんていじめる気などないのだから。たとえ兄様が離れてしまっても。
けれど、このままでは私は序盤で死ぬ。
本物の神様め。
兄様と違い鬼畜め。
私はこの世界へ転生させた神様を恨んだ。




