03 地球
クラウス中佐は機関部と連絡を取り終えると、次に第3ワープホール管理局を呼び出した。すぐに管理官が応答してくれ、画面上に管理官が表示された。
「はい。こちら第3ワープホール管理局です。あなたの船名と階級、用件をお伝えください。」
画面上に出てきた管理官は淡々とクラウス中佐に尋ねる。連邦内にあるすべてのワープホールは宇宙交通省が管理しており、連邦宇宙軍の外側の組織である。
かつて、軍は軍事作戦の機密性を理由に軍艦が自由にワープホールを航行できるように、交通省に迫ったことがあったが、首を縦に振ることは一切なかった。そのために、双方の関係性が一時的に大きく悪化するという事件があった。
政権が変わり一昨年双方が和解したが、いまだに禍根は燻っていたために、管理局としてもあまり軍とは関わりたく無いという管理官の姿勢がそこに現れていた。軍としても丁寧に応対するよう通達を出していたために、クラウス中佐も通達に従って丁寧に応える。
「こちらは、巡洋艦リダ。艦番号はCG・894523です。私は同艦長のクラウス中佐と申します。第3ワープホールの最終報告ラインに達しましたために、報告いたしました。10分ほどしましたら、変針してワープホールに向けて針路を変えて進入します。どうぞ。」
「ありがとうございます。巡洋艦リダですね。こちらも確認が取れました。進入を許可します。船内において何か異常はありませんか?」
「現在、核融合炉の出力が不安定であるため、減速して航行しております。現在の値が最大船速です。よろしいでしょうか?」
「承知いたしました。航行に支障が無いようでしたら、そのまま進入ください。一応注意喚起のために、周囲通達システムの船体コンディションをノーマルからコーションに変更ください。」
「承知いたしました。コーションに変更いたします。」
周囲通達システムは自動的に他船のECDIS上に自船の状況を表示させるものであり、そこから船体の状況や行き先、船速など様々な情報が知れるようになっている。
その中にある表示項目の一つが船体コンディションであり、異常がないか知らせるものである。何段かに分かれてはいるが、問題がなければノーマル、少し注意が必要な場合はコーションにする必要があった。これはワープホール管理局の指示で変更しなければならない決まりである。
「ありがとうございます。それでは、周囲の状況についてお伝えします。ご存知かもしれませんが、入り口付近は航行に支障をきたすような他船や現象はございません。出口付近においても同様です。快適な行程をお約束いたします。質問はございますでしょうか?」
「入り口、出口共に支障なし、了解しました。質問はありません。このまま進入します。」
「それでは、十分に注意して航行ください。丁寧なご対応に感謝いたします。」
そう言って、管理官は画面を閉じた。どうやら、クラウス中佐が管理局とやり取りしている間に、気づけば変針地点にかなり迫ってきているようであった。
クラウス中佐は一仕事を終えたことで一息つき、スール少尉の仕事ぶりを眺めることにした。
やがて、変針点に至る。スール少尉は声を張り上げて、
「一番、二番スラスター、右舷出力全開。」
と言う。それに合わせて、スラスター担当が一番と二番のレバーを右舷全開の位置に合わせる。すると、指示通りに艦首にある2つのエンジンスラスターが動き出し、左へと大きく回頭を始めた。
やがて、予定の針路に近づいていくと、スール少尉は
「一番、二番スラスター、共に出力停止。」
と指示を出す。
「一番、二番スラスター、停止します。」
担当は少尉の指示にアンサーバックしてレバーを停止位置に戻した。すると、スラスターは停止して、回頭の加速が止まる。惰性によって、ゆっくりと回頭していく。
「一番、二番スラスター、左舷出力半開。」
ちょうどいいところで回頭を止めれるように、今度は左舷のスラスターを始動させる。すると、徐々に回頭速度が落ちていき、やがて、事前に計画されていた進路に船が乗った。
「一番、二番スラスターを停止せよ。」
スール少尉の指示に従いスラスターを止めるとピタリと船の回頭が止まった。それを受けて、スール少尉は隣に立っていたエヴァルト大尉の方に体を向けた。
「航海長。指揮の引き継ぎをお願いいたします。」
「ありがとう。」
エヴァルト大尉はそう言って、指揮を引き継ぐと、艦内放送用のマイクを手に取った。
「これより巡洋艦リダは第3ワープホールに進入し、太陽系に進路を取る。このため、各員長距離ワープに備えよ。」
この放送を聞いた各員は、最低限の機器を残して、各種機器の電源を切る。艦内の発電機の出力を抑えて、機関出力を高めるためだ。薄暗い艦橋にエヴァルト大尉の声が響き渡る。
「これより、ワープホールに突入する。カウントダウン始め」
そう言って、エヴァルト大尉は近くのボタンを押す。すると、艦内にカウントダウンを告げる機械音声が響き渡った。
「…5…4…3…2…1…0」
ゼロの声が聞こえると共に、艦がワープホールに吸い込まれるようにして消える。こうして、艦は長距離ワープに入った。
「各種、電気戻せ。」
エヴァルト大尉の言葉に起こされる。ワープは艦内にいるものにとっては一瞬の出来事である。吸い込まれたと思ったら、次の瞬間には別の星系に到着しているのだ。
明かりが戻った艦橋からは明るく輝いている太陽が見える。
「艦長。無事、太陽系に入ることができました。」
「そのようだな。」
クラウス中佐は太陽の側にある地球を眺めながら、ここにきた理由を振り返る。
2週間前に地球に本拠地を置く統合参謀本部から乗艦している巡洋艦と共に出頭せよという命令が、辺境で働いているクラウス中佐の元に届いた。
最初は半信半疑であったが、出頭せよと命令されている以上は行かざるを得ない。所属している艦隊の提督であるミッチャー中将に別れを告げて、ここまで来ていた。
「艦長。あなたに用事があると統合参謀本部は仰っていますが、何用でしょうかね?」
スール少尉に指揮を戻して暇になったエヴァルト大尉が、近くに寄ってきてそう話しかけた。どうやら、今回の招集が何のためであるのか理解に苦しんでいるらしい。統合参謀本部が、直々に巡洋艦の艦長を指名して呼び出すのはかなり珍しいことであった。
「さあ、私にも分からないさ。」
「もしかして、近くで新しく見つかったワープホールのことについてですかね?」
ワープホールが見つかると、まず無人調査が行われる。その後、官民一体の調査団が派遣されて有人調査が行われる。場合によっては、軍人もそこに加わることもあった。
だが、それにしては、わざわざ辺境の軍人を呼び出すのはおかしい。中央にも軍人はもっといるからだ。
「ワープホールのことについてでは無いと思っているが。」
「だとしたら何でしょうかね?艦長をわざわざ呼び出すとは。」
「まあ、とりあえず行ってみない事には分からない。先を急ごう。」
「承知いたしました。地球まであと4時間の行程ですが、お休みになられますか?」
「いや、もう十分休んだから、4時間くらいであれば艦橋に居ようか。」
「そうですか。それでは、私はここで。着陸作業まで休ませていただきます。」
「そうか。それではご苦労であった。」
エヴァルト大尉はクラウス中佐に敬礼すると階段を降りて、艦橋を後にしていった。
エヴァルト大尉を見送ったクラウス中佐はテーブルモニターをぼんやりと眺める。画面上に地球の姿をとらえると、かず多くの軍艦が戦闘訓練しているのが見えてくる。その数の多さは所属している艦隊の規模とは比べ物にならない。
連邦および宇宙軍の本拠地に来たのだという実感が徐々に湧いてきた。




