第五章 石の篩(ふるい)
太陽は熱を与えなかった。重みを与えていた。
大闘技場は都の中心に刻まれた古い傷跡のように広がっていた。灰色の石、高い塔、完璧な円を描いて昼の光の中に消えていく観客席。数えきれない人々がすべての空間を埋め尽くしていた。そのざわめきは会話ではなく、無数の人間が同時に息を止めている音だった。地面が足の下で震えていた。空気はいつもより重く感じられた。息を吸うたびに、どこか満たされないものが残った。
ケンジは歩調を緩めずに入口をくぐった。山で過ごした九年の歳月が、肩に、そして記憶に重くのしかかっていた。前腕の皮膚の下で「鬼の腕」が熱を帯びて脈打っていた。「冥朧拳」は拳の中で静かに眠っていた。「天狗の歩法」は足裏で待機していた。隣では大地が無言のまま歩いていた。乱れた髪が額にかかり、包帯が両手と前腕を覆い、緑の道着はほとんど揺れなかった。指の間には麻の葉を挟み、ゆっくりと煙を吸っていた。その表情には軽さなど微塵もなく、ただ冷たい警戒だけがあった。
ケンジは塔を見上げた。
「これは大会とは思えない」低い声で言った。「まるで篩だ」
大地は煙を横に吐き出した。答えながらも彼を見なかった。
「二百年閉ざされていた。皆、見せびらかしに来たんじゃない。篩い落とされずに生き残りに来たんだ。お前は開かれた周期に生まれた。それは特権じゃない。刻まれた期日だ」
ケンジは答えなかった。周囲の気配を測り続けていた。硬い体。異なる武器。抑えられていても感じ取れるほどの力の気配。数が多すぎた。
「しかもこれはまだ本当の大会じゃない」大地が付け加えた。「これは予選だ。上位八人に入らなければならない。入れるのはその八人だけ。残りは脱落だ。異議申し立ては無い」
「この人の海から、たった八人?」
「八人だ」大地は腕を組んだ。「残りの者は、できるだけ早く自分の限界を思い知る。もう誰か見つけたか?」
ケンジに言葉は要らなかった。視線が前方に釘付けになった。
ブルーノがそこにいた。
灰の上で泣いていた少年の記憶が溶けて消えた。今そこにいるのは、密度の高い筋肉の塊、広い肩、深い胸、破壊のために作られた腕だった。模様の無い真っ黒な道着を纏っていた。数歩後ろ、口を挟まずに、白髪で顔に皺の刻まれた老人が立っていた。師は何も語らなかった。ただ見ていた。その目は、ブルーノの一挙一動の価値を正確に量るかのように追っていた。
ケンジは歩み寄った。
「ブルーノ」
筋肉の塊はゆっくりと彼を測った。黒い道着が、腕を組んだ拍子に張り詰めた。
「お前はいつも全員揃った後に現れるんだな」
ケンジは適切な距離で足を止めた。
「温かい再会を期待してはいなかった。だが、ここまでの距離があるとも思っていなかった。大きくなったな。閉ざされたな」
「お前もな」ブルーノは首を傾け、見定めるように言った。「もっとも、その体つきでお前に会うとは思わなかったが。何年も純粋な鍛錬だけでそれを?」
「毎日、休まずにだ。近道なしで」
「分かる」
後ろから大地の声がした。低く、容赦のない声だった。
「そのくらいにしろ。与える必要のない情報を与えるな。ここでは一言一言が優位になる。俺は自分のことを黙っている。お前たちも同じようにすべきだ」
ブルーノはこめかみを撫でた。表情が硬くなった。その背後の白髪の老人は微動だにせず、ただその遣り取りを黙って記録していた。
ブルーノは最後にケンジの方を振り向いた。
「お前の台詞はしまっておけ。一つだけ忠告してやる。俺たちがここで当たらないことを願っておけ。もし当たれば……お前は入ってきた時と同じ姿では出て行けない。会話など無い。結果だけだ」
ケンジは眉を寄せた。
「本当に、俺たちだった頃の欠片も残っていないのか?」
「今のお前は俺の友ではない。見知った顔ですらない。お前は障害物だ。そして障害物は排除される」
ブルーノは踵を返した。白髪の老人は距離を置いて彼に続いた。黙ったまま。二人が二歩も進まないうちに、澄んだ声が空気を切り裂いた。
「お邪魔して失礼」
一人の娘が迷いなく近づいてきた。細身で、線の整った体つき。赤い髪は実用的にまとめられている。肌はほとんど非現実的なほど白く、絹のように滑らかだった。表情は穏やかだが、そこに内気さは無かった。
「お二人のことは存じません」彼女は言った。「鶴姫と申します。私も戦いに来ました」
ケンジは頭を下げた。
「ケンジだ」
ブルーノは答えなかった。ただ横目で彼女を見た。白髪の老人は彼女を見つめる視線を一秒長く留め、観察していた。
鶴姫は両者の視線を受け止めた。
「お二人は、太陽の村への襲撃を生き延びた方々ですか?」
ケンジの胸に、見慣れた衝撃が走った。
「ああ。二人ともだ。なぜ分かった?」
「緑の道着の方が、お二人を指し示していました」
ケンジは振り返った。大地は黙って見ていた。彼女の方に向き直った。
「ああ。俺たちが残った二人だ」
鶴姫はゆっくりと首を振った。
「お二人だけではありません。私も太陽の村の生まれです」
沈黙が濃くなった。
「事が起きたとき、どこにいた?」
「私の家族は、襲撃の何年も前に大都へ移り住んでいました。二度と戻ることはありませんでした。ですが、生まれの地が同じであることに変わりはありません。だからこそお声をかけました。その出発点を共有しているなら、もしかしたら語り合えるのではないかと。知り合えるのではないかと。無理強いするつもりはありません。ただ、友情の可能性があればと」
ケンジは口を開いた。彼が答えるより先に、ブルーノが遮った。
「勝手に絆をでっち上げるな」
鶴姫は彼の方を向いた。
「失礼ですが?」
「絆をでっち上げるな」ブルーノは一歩踏み出した。黒い道着が張り詰めた。「友など探していない。すでに燃え尽きたものについての語らいなど求めていない。興味がない。離れろ」
白髪の老人は口を挟まなかった。ただその拒絶を正確に観察していた。
鶴姫は立ち位置を保った。
「ただ、私は……」
「何も求めるな。お前のことは知らない。知りたいとも思わない。もう一度その話を持って近づいたら、後悔することになる。消えろ」
ブルーノは返事を待たずに立ち去った。黒い道着が人混みに消えていった。老人が黙って彼の後を追った。
鶴姫はしばらくその場に立ち尽くしていた。やがてケンジの方を振り向いた。
「あの反応は予想していませんでした」
「ブルーノはもう昔の彼じゃない。すっかり変わった。お前個人に向けられたものだと受け取るな」
「個人的なこととは受け取っていません。ただ、共通の出自が扉を開くかもしれないと思っただけです。けれど、何を背負い、何を捨てるかは、それぞれが決めることですね」
短い沈黙があった。やがて鶴姫は、より抑えた表情を取り戻した。
「いずれにせよ、私は戦います。クノイチです。私の流派は風。もし私たちが当たれば、手加減はいたしません。闘技場の外で……いつか村のことを語り合いたくなったら、いつでも応じます。無理強いはせず。ただ、友情の可能性として」
ケンジは頷いた。
「分かった。幸運を」
「あなたにも」
彼女は準備運動へと離れていった。風がその動きにかすかに応えていた。大地が近づいてきた。その声はただの重みだった。
「気を散らすものはしまえ。時間が尽きた。これからはただ一つの規則しか存在しない――脱落しないこと」
観客席のざわめきが膨らみ続ける中、大地はケンジを横目で見た。
「登録は済ませたか?」
ケンジは足を止めた。顔から血の気が引いた。
「いや……お前がやったと思っていた」
大地は麻の葉を石に押し付けて消した。
「動け。今すぐだ」
二人は急ぎ足で会場を横切った。受付の机に着いたのは、ちょうど司会者が壇上に上がる瞬間だった。声が会場全体に増幅された。
「選手の皆様。二百年祭大会へようこそ。皇帝陛下の直々のご命令により、規則が変更されました。これより、この地に生まれし者のみが出場を許されます」
沈黙は短かった。その後、怒りが爆発した。
外国から来た戦士たちが互いに顔を見合わせた。その中の一人、肩幅が広く首に傷跡のある男が前に進み出た。
「俺たちが捨ててきたものすべてを経た後で? 国境を越え、何年もの歳月を燃やしてきた後で……今さら門を閉ざすのか?」
別の者が加わった。
「俺たちはすべてを捧げてきた。それなのに、よそ者として扱われるのか」
司会者は何の感情も見せなかった。
「決定は最終的なものです。お下がりください。いかなる騒動も、守護四天王、もしくは七人の守護者によって対処されます」
反応は即座だった。
外国人の数人が力を解き放ち、結界を破って下段の観客席へと向かった。恐慌が広がった。石が飛び交った。土煙の柱が立ち上った。
ケンジは反応した。炎が前腕を包んだ。ブルーノは岩の板を立ち上げた。鶴姫は攻撃者たちの間を奔流のように動き、よじ登ろうとする者たちを打ち倒していった。三人は混乱が広がる中で封鎖線を形成した。
司会者は、もはや自信を失った声で、上段の観客席に向かって叫んだ。
「マスクマン様!」
一つの人影が静かに立ち上がった。黒装束。仮面が顔を隠していた。急がず階段を下り、外国人たちの前で足を止めた。傷跡の男が彼を上から下まで眺め、地面に唾を吐いた。
「お前は何者だ?」
マスクマンは軽く頭を傾けた。声は低かったが、全員の耳に届いた。
「私は多くの名で呼ばれている。だが、最も気に入っている名は……マスクマンだ。七人の戦士の一人。影の戦士」
傷跡の男は軽蔑のこもった短い笑いを漏らした。
「それなら、俺たちを追い出す側の人間というわけか。やろうじゃないか」
マスクマンは動かなかった。
「いや。戦いはしない。これを終わらせるだけだ」
片手を上げた。
「影よ。出でよ」
黒い塊が彼の体から離れた。形を成し、まっすぐに男の口へと飛び込んだ。悲鳴が喉に詰まったまま消えた。影は内部に入り込み、内側から破壊した。体が痙攣し、痙攣し、そして崩れ落ちた。動きが止まるまで血が噴き出し続けた。
残りの者が反応する前に、数十本の黒い触手が発射された。その一つ一つが、暴動に加わった外国人一人ひとりに命中した。衝撃は一瞬だった。十秒も経たぬうちに、暴動は終わっていた。
マスクマンは手を下ろした。影が体に戻っていった。
「これは、我々にできることのほんの一部に過ぎない。我々に挑むのはやめることだ」
司会者は青ざめた顔で頭を下げた。
「マスクマン様……皇帝陛下のお名前をお守りくださり……」
「違う」声はさらに冷たくなった。「私に礼を言うな。そしてもう二度とその言葉を口にするな。私は皇帝を守ってはいない。庇護などしていない。私が守るのは、この地に住む人々だ。もし再びその二つを混同するなら、お前にも同じことをするまでだ」
司会者は口を閉ざした。
「大会をご観戦いただけますか? 慣例により、七人の戦士と四天王は……」
「いや」マスクマンはすでに立ち去りかけていた。「参加もしない。観戦もしない。慣例に我々は縛られない。そして、それはどうでもいいことだ」
階段を上り、姿を消した。
彼が残した沈黙は、どんな叫びよりも重かった。
大地がケンジに近づいた。
「聞いたか?」
ケンジは頷いた。まだマスクマンが去った場所を見つめたままだった。
「ああ」
「七人は皇帝を拒絶している。公然とだ。しかも自分たちの大会の最中に」
ケンジはすぐには答えなかった。
「理由は分からない。だが、軽々しく口にできることではない」
大地は一度だけ頷いた。
「ああ。軽々しくはない」
周囲では、倒れた体が動かぬまま横たわっていた。観客席は恐怖のざわめきに満ちていた。ブルーノは離れた場所から様子を見ており、白髪の老人がその傍らにいた。鶴姫は足を止め、影が働いた場所をじっと見つめていた。
石の篩はまだ開かれたままだった。だが今や、誰もが知ることとなった――皇帝に従わぬ力が存在することを。
そして、大会はまさに本当の意味で始まろうとしていた。




