第3話:九度の冬
九度、冬の雪が道場の屋根を覆い尽くし、白い毛布のようにその姿を隠した。九度、夏の太陽が梁の木材にひびを入れ、壁をいっそう黒ずませた。
二振りの剣を背負い、手首には大きすぎる腕輪を着けてやって来た少年は、もうどこにもいなかった。
ケンジは十六歳になっていた。肩幅は広がり、手は鍛え上げられ、掌には第二の皮膚のように硬いタコができていた。
第二段階は、もはや呼吸をするのと同じくらい自然に扱えるようになっていた。炎を一つひとつ意識する必要はない。拳にも、脛にも、刀の刃にも炎が宿り、戦闘中も少し気を散らしたくらいでは消えなくなっていた。
だが、全身を一つの炎へと変える第三段階だけは、依然として閉ざされた境界の向こう側にあった。無理に突破しようとするたび、炎は乱れ、彼自身に牙をむき、あるいは焦る彼を嘲笑うかのように霧散してしまう。
その朝、道場の裏庭は静まり返っていた。
聞こえるのは、ブーツの下で土が軋む音と、高い松の枝を揺らす風の音だけだった。
ダイチが戸口に姿を現した。
短く不揃いな髪は、鏡も見ずに自分で切ったかのように跳ね回っていた。首から前腕、手の甲にかけて包帯が巻かれており、ところどころ汚れ具合が違っている。二か所ほど継ぎ当てのある緑色の上衣は、胸元をはだけたまま垂れ下がっていた。
指の間では、火の消えた小さなハシシの欠片がくるくると回っている。
三十四歳になった彼の顔には、それでもまだ若さが残っていた。まるで、世界と喧嘩することを完全にはやめられずにいる男のようだった。
ダイチは足を止め、ケンジを見て、前置きなしに告げた。
「今日は、いつもの稽古じゃない。今年は二百年祭武闘大会に出るぞ」
掌の熱を調整していたケンジは、はっと顔を上げた。炎はひとりでに消えた。
「二百年に一度の、あの大会ですか?」
「そうだ。開幕まであと一年。その前に予選がある。予選を突破できなければ、お前は外から眺めるだけだ。他の連中が、お前にも手が届くはずだったものを懸けて戦う姿をな。だから、そんな顔をするな。構えろ。九年も鍛えたんだ。まさか今でも、地面が自分に譲ってくれるとでも思ってるような構えをするんじゃないだろうな?」
ケンジの胸に、何かが強く打ちつけられた。
恐怖ではなかった。
故郷を襲った黒煙。並んだ墓標。腕の中で消えていったフジの声。
あの日から背負い続けてきたすべてに、ようやく具体的な行き先と、明確な期限が与えられたのだ。
「見ているだけで終わるつもりはありません」
「それを決めるのは戦いだ。お前の気合じゃない。さあ、第三段階を無理に引き出そうとせず、第二段階を見せてみろ。三つ目の連撃で制御を失うようなら、やり直しだ」
二人は向かい合った。
ケンジは前腕に炎を灯した。橙色の炎が滑らかに立ち上がり、安定したまま燃え続ける。
ダイチは最初、何の技も発動しなかった。ただ動いた。
短く、少し気だるげな動き。しかし、その一歩には無駄がなかった。
ケンジは胸を狙って真っすぐ拳を放った。ダイチは上体をひねってそれをかわすと、低い足払いで軸足を狙う。
ケンジは跳んだものの、タイミングがわずかにずれた。着地した瞬間、体勢が崩れる。
ダイチは前腕を持ち上げた。緑色の光が一瞬だけ走る。ぬりかべの甲冑が薄く展開し、乾いた音とともに次の攻撃を弾いた。
その回転を利用してケンジの手首をつかみ、腰をひねる。
次の瞬間、ケンジの体はきれいな体さばきによって地面へと投げ落とされていた。
背中が土に叩きつけられる。
肺から一気に空気が抜けた。
「まだ左側が開いてるぞ」
ダイチは、すぐには手を差し伸べなかった。
「第二段階は安定してきた。だが、第三段階は力ずくで引き出すもんじゃない。炎は覚えている。無理に押し込めば、その代償を払うのはお前のほうだ。誰かに借りを返すより先に、自分が焼かれることになる」
ようやく差し出された手を、ケンジはつかんだ。
立ち上がり、背中についた土を払い落とすと、口の端をわずかに上げた。
「いつか倒れるのは、先生のほうですよ」
「その日はまだ来ない。もう一度だ」
二人は再び向かい合った。
今度は、ケンジも正面から攻めなかった。ダイチが何度も見せてきた歩法を使い、相手の周囲を回り込もうとする。まだ完全には身についていないが、それでも正面突破よりはましだった。
拳と前腕の一部を炎で包み、連撃を繰り出す。
高い位置への二発。低い位置への一発。そして横蹴り。
ダイチは最初の二発を前腕で受け流し、三発目をかわすと、蹴りが届く距離の内側へ踏み込んだ。
胸への鋭い一押し。
ケンジは三歩後退した。
「よくなった。だが、まだ方向転換が読まれてる。お前は攻撃を出す半秒前に、体で次の動きを教えてしまってるんだ。大会じゃ、その半秒で顔の形を変えられるぞ」
ケンジは息を荒くしながらうなずき、再び構えた。
それから、ほぼ一時間にわたって稽古が続いた。
ケンジは炎をまとった拳と蹴りを組み合わせ、ダイチはほとんど技を使わずに応じた。
ただし、間違いを身に刻み込む必要があるときだけは違った。
鬼の腕を一瞬だけ発動させ、ケンジの攻撃を倍の力で押し返して、両者の差を思い知らせる。あるいは天狗の歩法を短く使い、視界から消えたかと思うと、次の瞬間には背後に立っている。
それでも、ダイチが大鬼装甲を全身に展開することはなかった。
ケンジが期待を込めた目を向けるたび、ダイチは首を横に振るだけだった。
「まだ早い。本物を見たとき、間抜けみたいに口を開けたまま見とれるような状態じゃ困るからな」
ようやく稽古を切り上げたころには、太陽はすでに高く昇っていた。
ケンジは胸を大きく上下させ、背骨に沿って汗を流していた。一方、ダイチに見える疲労は、額を手の甲でぬぐう仕草にわずかに表れる程度だった。
「飯を食え。少し休め。午後は炎に頼らない技をやる」
「何ですか?」
「鬼の腕だ。長年、闘技場の出場権を懸けて骨を砕き合ってきた連中の中に飛び込むんだろ。なら、熱だけじゃ突破できない防御を破る力が必要になる。炎は焼く。こいつは砕く」
二人は道場の中で食事を取った。
米と、少しの干し肉。それに苦い茶。
長年同じ場所で暮らしてきた者同士にとって、沈黙は少しも気まずいものではなかった。
ダイチは、とうの昔に単なる師匠ではなくなっていた。
ケンジが型の途中で居眠りすると、容赦なく頭をはたいて叩き起こす男。失敗をからかいながらも、ケンジが見ていないと思えば、どこか誇らしげに微笑む男。
そして、フジの記憶に胸を締めつけられ、もうそこにはいない人の体を探すように手を伸ばしながら目を覚ます夜、そばにいてくれた男だった。
午後、二人は再び裏庭へ戻った。
太陽は少し傾き始めていた。
ダイチはケンジの正面に立ち、両腕を伸ばした。
拳から肩にかけて、緑色の投影が実体化する。密度が高く、鈍い光を放つそれは、炎でも金属でもなかった。
「炎を探すな」
ダイチが言った。
「重さを感じろ。貫き通す意志を感じるんだ。この色は俺のものだ。だが、構造はお前のものにできる。目を閉じろ。皮膚じゃない。骨にどう力が乗っているかを感じるんだ。やってみろ」
ケンジは目を閉じた。
炎の感覚から、純粋な圧力の感覚だけを切り離そうとする。
炎は温かく、生きていて、まるで獣のようだった。
それに対して、鬼の腕は違う。熱ではなく、重さと圧力。そして、何かを貫くための意志。
だが、ほぼ一時間が過ぎても、ケンジにできたのは前腕をわずかに震わせることだけだった。振動は生まれるものの、形を保つまでには至らない。
集中し続けたせいで、手が震えていた。
それでも、ついに一瞬だけ、薄い膜のようなものが拳から肘までを覆った。
ほとんど透明な層だった。
しかし、次の瞬間には消えていた。
ダイチは一度だけうなずいた。
「もう一度だ。力むな。整えろ。力は無理やり引きはがすもんじゃない。あるべき場所に置くんだ」
ケンジは再び挑戦した。
一度。また一度。さらにもう一度。
失敗するたびに腕は重くなり、奥歯を噛みしめる力も強くなった。
ダイチは急かさなかった。
必要なときだけ棒で姿勢を正し、あとは黙って見守り続けた。
山の頂が赤く染まり始めたころ、ケンジはついに、四回分の呼吸が終わるまで投影を維持することに成功した。
弱々しく、不安定な層だった。
それでも、確かにそこにあった。
やがて投影が散り、ケンジはその場に腰を下ろした。腕をだらりと垂らし、心臓が肋骨を叩く音を聞きながら荒い息を吐く。
「今日はここまでだ」
ダイチが言った。
「明日も繰り返す。その四呼吸を十呼吸に増やすまでな。明後日は天狗の歩法を加える。ぬりかべの甲冑は、ほかの二つを発動させても震えなくなってからだ。三つを一度に身につけようとすれば、内側から体が壊れるぞ」
ケンジはうなずいた。疲れ切っていて、言葉を返す余裕もなかった。
しばらく座ったまま、松の木々の向こうで色を変えていく空を眺めていた。
その夜、道場は静まり返っていた。
二人は急ぐことなく食事を取った。
ケンジは、空になった茶碗を必要以上に見つめていた。ダイチは茶碗を手に持ったまま、茶を口に運ぼうとしなかった。
ハシシは机の端に置かれたまま、まだ火がついていなかった。
「ダイチ先生」
やがてケンジが口を開いた。視線はまだ、完全には上がっていない。
「俺が来る前、どうして教えるのをやめたんですか?」
ダイチは茶碗を置いた。
指先が縁に触れたまま、普段より一秒ほど長くとどまる。
その視線は暗い窓へ向けられた。外には、かろうじて輪郭のわかる松の木々が立っていた。
「お前の祖父との修行を終えたとき、俺は二十歳だった。あの人は去っていった。俺には、この道場の壁と、教わった技だけが残った」
彼は静かに続けた。
「世間は、元素を持たない師匠なんて求めなかった。面と向かって笑う奴もいれば、一度目の稽古が終わったきり二度と戻ってこない奴もいた。何か月かは続けたさ。恥も飲み込んだ。それから、挑戦すること自体をやめた。鍛錬もやめた。外へ出ることもやめた。ある日、朝起きる理由すら見つからなくなっていることに気づいたんだ」
長い沈黙が落ちた。
声はさらに低くなり、かすかなつぶやきに近づいた。
「お前があの戸を叩いたとき、俺はもう限界だった。手紙を書いていた。包丁も、あの机の上にわざと見えるように置いていた。痛みを受け入れる価値があるのか、それとも深く考えないほうがいいのか、そんなことを考えていたんだ」
ダイチは一度、言葉を切った。
「そこへお前が現れた。背中にはフジの剣を背負っていて、あのじいさんが死んだと告げた。そして、俺に鍛えてくれと頼んだ。自分でもまだ、完全には理解できていない理由で……俺は引き受けたんだ」
彼は顔を上げた。
いつも少し充血している目には、今、違う光が宿っていた。
静かで、揺らぎのない光だった。
「お前のおかげで、俺はここに残るという選択肢を取り戻した。教えることだって、諦めないための一つの方法なんだと思い出させてくれたんだ」
ダイチはケンジを見つめた。
「誰かに頼られることは、重荷になることもある。だが、地面が崩れ落ちるとき、必死につかまれる唯一の釘になることだってある。ありがとう、ケンジ」
ケンジはゆっくりと首を横に振った。
喉が重く、言葉を出すのが難しかった。
「違います。俺のほうこそ、ありがとうございます。あの日、先生が中に入れてくれなかったら、自分がどんな道を進んでいたのかもわかりません。たぶん、どこかの山道で野垂れ死んでいたか……もっとひどいことになっていたかもしれない」
彼は拳を握りしめた。
「先生は俺に居場所をくれたんです。ただの『焼け落ちた村の子供』じゃない名前をくれた」
ダイチは、棘のない短い笑い声を漏らした。
「今さらしんみりするな。飯が冷めるぞ。あとで文句を言うくせに」
だが、その笑顔はいつもと違っていた。
普段よりもずっと大きく、身構えるものがなく、彼にはめったに見られない笑顔だった。
二人はしばらく黙って座っていた。
外では風が枝を揺らしている。
やがてダイチは立ち上がり、茶碗を片づけると、稽古中のからかうような、いつもの口調に戻った。
「予選の日は、一日ずつ近づいてる。それに、ブルーノだって、この九年間じっとしていたとは思えない」
ダイチは片づけながら言葉を続けた。
「子供のころにすべてを失った人間は、大抵二つの道に分かれる。完全に燃え尽きるか……危険な何かになるまで自分を研ぎ澄ますか。あいつがどちらを選んだのか、俺にはわからない」
彼は一度、ケンジを振り返った。
「だが、生きているなら、あいつもきっと大会の出場権を狙っているはずだ」
ケンジは松の木々の向こう、暗闇が広がる方角を見つめた。
「あいつ、今ごろ何をしているんだろう……」
ダイチは肩をすくめた。
「さあな。今は知らないほうがいいのかもしれない。道が交わる運命なら、そのうち交わるさ」
ケンジは答えなかった。
ただ、もうしばらく窓の外を見つめていた。
山々から遠く離れたどこかで、かつて兄弟のように遊んだ少年も、同じようにしているのかもしれない。
もう共有することのない地平線を、ただ見つめながら。
一方、松の木々の静けさも、山頂の冷気も届かない大首都。
高い壁に囲まれ、長年の打撃で擦り切れた木の床を持つ道場で、ブルーノは畳の上に仰向けに倒れていた。
胸が苦しげに上下している。
口の端から流れた血が首筋へと伝い、肌の上に黒い筋を描いていた。
その頭上には、厳しい顔つきの老人が立っていた。手には黒ずんだ木の杖が握られている。
放たれる言葉は一つひとつ鋭く、反論の余地すら与えなかった。
「もう一度だ!」
老人の怒声が道場に響いた。
「これだけの年月を費やして、まだ力任せに戦うことしか頭にないのか! 岩は迷う者にも、泣き言を吐く者にも応えん! 立て! さもなければ、お前が地面の一部になるまで、ここに転がしておいてやる!」
ブルーノはゆっくりと上体を起こした。
横を向き、血を吐き捨てる。
湿った音が道場に響いた。
老人を見上げたその目は、父の灰の上に膝をつき、泣いていたあの少年のものではなかった。
冷たく、計算高く、同じ声と同じ打撃にうんざりした目だった。
「黙れ」
老人が杖を振り上げた。
だが、ブルーノはすでに立ち上がっていた。
足元の地面が、かすかに震え始める。
耳で聞くというより、骨に直接伝わるような低い振動だった。
前腕に、暗い岩の板が次々と形成されていく。密度が高く、重々しいそれは、まるで大地そのものが自分の皮膚を貸し与えたかのようだった。
「俺はあの大会で勝つ」
ブルーノの声には、何の感情もこもっていなかった。声を荒らげることすらしない。
「名前を手に入れるのも俺だ。認められるのも俺だ。そして、十分な力を手に入れたら……積もり積もった借りも、必ず返す」
彼は老人をまっすぐ見据えた。
「そのことを思い出すのに、あんたの怒鳴り声なんか必要ない」
老人は数秒間、黙っていた。
やがて、喜びの欠片もない乾いた笑いを漏らした。
「ならば、口を動かすのをやめて証明してみろ。お前がただの大口叩きではないとな。最初からやり直しだ。今度は、わしが許すまで倒れるなよ」
ブルーノは拳を握りしめた。
岩がその上を覆い、第二の骨格のように固まっていく。重く、そして従順な岩の鎧だった。
彼は何も答えなかった。
ただ腰を落として構え、老人の杖を見据え、次の一撃を待った。
道場の外では、大首都の街路に松明が一つ、また一つと灯り始めていた。揺らめく光が、街を少しずつ満たしていく。
道場の中では、再び打撃音が冷たい空気を震わせた。
杖が振り下ろされる。
岩が応える。
そしてブルーノは、奥歯を噛みしめ、口元にまだ新しい血を残したまま、立ち続けていた。




