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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長と英雄たちの群像劇~  作者: 五十六


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第87話「父の強さと魔法の授業」

大陸歴 2791年 8月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮小ホール / ヒイロ=エヴェリン(エヴェリン王国 王子 0歳 男性)


「……ふぅ。ようやく、家族だけで落ち着いて食事ができるわね」


母上アウローラが、グラスのワインを一口飲み、心底安堵したような息を吐いた。 窓の外では、晩夏の虫の声が聞こえる。7月のあの嵐のような「国外向け顔見世パーティ(グローバル・ローンチ)」から一ヶ月。王都の喧騒もようやく落ち着きを取り戻し、王族にも平穏な日常が戻ってきていた。


「ええ、姉様。ドラコニアもエテルニアも、表立った干渉は控えていますが、水面下での動きは活発です」


宰相のリリア叔母上が、サラダを取り分けながら現状を分析する。


「両陣営とも、エヴェリンを『無視できない勢力』として認めざるを得なくなったようです。武力による威圧と、経済や文化による懐柔……剛柔織り交ぜて、こちらの手綱を握ろうと必死ですわ。お互いに牽制し合っているおかげで、今のところ絶妙な均衡が保たれていますが」


「綱渡りには変わりないけれど、以前よりはずっと視界が開けたわね」


俺は今、祖母上エリシアのふかふかの膝の上で、狸寝入りを決め込んでいた。祖母上の撫でる手つきは絶妙で、演技ではなく本当に寝てしまいそうになる。


(外交戦は第1ラウンド終了、といったところか。大人たちはもちろん、ミラベルやテオラスたち「チーム・ヒイロ」の奮闘のおかげで、うまく乗り切ったな)


俺は薄目を開けて、テーブルを囲む家族を見渡した。 両親、祖母上、叔母上。そして4人の姉たち。 クラリス姉さんは優雅にナイフを使い、ルミナ姉さんは早くもデザートに目を付け、セラフィナ姉さんはマナー練習中という感じでこぼさないように頑張ってて、ヴァレリア姉さんは口元にソースをつけて豪快に肉を食べている。侍女長のエラーラさんが甲斐甲斐しく世話を焼く、平和な光景だ。


「そういえば、アウローラ」


父上エリオンが、穏やかな声で母上に話しかけた。


「魔法大臣のエルドリン殿から相談があったんだ。『ルミナを正式に研究所のスタッフとして迎えたい』とね。……まだ10歳だけれど、どうだろうか?」


「んぐっ……ぷはっ! 本当!?」


名前が出たルミナ姉さんが、目を輝かせてガバッと顔を上げる。


「やるやる! だってヒイロの『Holy(聖)』の解析、ボクにしかできないもん! エルドリンったら計算が雑なんだから」


「こらこら、大臣を呼び捨てにしちゃいけないよ」


父上は苦笑しつつ、母上と視線を交わした。母上も「ルミナなら大丈夫でしょう」と頷く。


「それで、その解析の件なんだけどね……。ヒイロの魔法教育について、ルミナはどう考えているんだい?」


その問いに、ルミナ姉さんはフォークを置き、研究者の顔になった。


「うん。ボクの予想だと、ヒイロはもう魔法の使い方が分かってると思うよ。呼吸したり、ミルクを飲んだりするのと同じ感覚で、魔力を動かせるはず」


(……ギクリ)


俺は内心で冷や汗をかいた。姉さん、勘が鋭すぎる。実際、先月の実験で魔導具を光らせた時、確かに「回路が繋がる」感覚があった。


「でも、まだ制御が不安定だから、いきなり放出するのは危ないよ。だから、特定の現象だけが起きる安全な魔導具を持たせて、魔力を流す感覚に慣れさせたいんだ」


「待ってください、ルミナ」


長女のクラリス姉さんが、心配そうに口を挟んだ。


「ヒイロはまだ生後3ヶ月ですわよ? いくら何でも早すぎませんか? 魔力に触れるのは、自我が芽生えてからでも……」


「ううん、早くないよ」


ルミナ姉さんは即答した。


「私たちだって、生後半年くらいから魔力に触れる訓練を始めたじゃない? ヒイロの魔力量はSランクで、しかも『Holy(聖)』っていう強力な『Word(語)』を持ってる。器が未熟なうちに中身が溢れ出したら、それこそ体が壊れちゃうよ。3ヶ月でも遅いくらいだ」


ルミナ姉さんの論理的な説明に、クラリス姉さんも押し黙る。 場の空気が少し重くなった時、父上が静かに立ち上がった。


「……父親としてはね」


父上は俺の元へと歩み寄ってきた。祖母上が、どうぞ、と俺を父上の腕に渡してくれる。


「ヒイロには、のびのびと育ってほしい。生き急ぐ必要なんてない、ずっと子供のままでいてくれたら……そう言ってあげたいんだ」


父上の腕は温かい。魔力量は「D(少ない)」と聞いているが、その温もりは誰よりも大きい。


「だけど、この子の将来を考えれば……僕たちが守るだけじゃ不十分だ。厳しくても、鍛えるべき時は今なのかもしれないね」


父上は俺を抱きかかえたまま、テラスへと出た。 夜風が心地よい。プランターには、まだ芽を出したばかりの植物が植えられている。


「ヒイロ。起きているかい?」


父上に囁かれ、俺は観念してパチリと目を開けた。父上は優しく微笑み、俺の小さな手を握った。


「今日から、パパがヒイロにWordの使い方を教えるよ」


(……父上が?)


意外だった。もし魔法の先生がつくとしたら、てっきりエルドリン大臣かどこぞの学者が教えるものだと思っていた。魔力の少ない父上のことを無意識に下に見ていたのかもしれない。


「Wordというのはね、魔道具に魔力を流して何かをするのとは根っこが違うんだ。……見てごらん」


父上は俺の手を握ったまま、プランターの土に手をかざした。


「僕のWordは『Soil(土)』。土と語らうことができる。良いかい?土を生み出したり動かしたりすることが『Soil(土)』というWordの本質じゃないんだ。土がこの世界でどういう役割をもっているかを理解して、その役割を果たすように語りかけるんだ」


父上の手から、淡い褐色の光が漏れ出す。 それは、ルミナ姉さんのような鋭い光でも、俺のような奔流でもない。 じんわりと染み入るような、静かで優しい光。


「……育て」


父上が短く呟くと、プランターの土が生き物のようにうねり始めた。 土の中で眠っていた種が、父上の魔力を吸い上げ、急速に芽吹く。 茎が伸び、葉が広がり、そして――ポン、と音を立てて、可愛らしい白い花が咲いた。


「あ……」


俺は思わず声を漏らした。 すごい。派手な爆発やビームではない。 生命を育み、土壌を豊かにする、創造の魔法。


「魔法はね、魔力量が大きいと強い現象を起こしたり、無理がきくのは確かだ。しかし、Wordを持っている者はそのWordの役割に沿った使い方をすることで、魔力量とは別の強さを持つことができる。僕はね、WordはそのWordの役割を世界で最も理解して表現してくれる人のもとに現れるものだと思っている。『Holy(聖)』がヒイロならうまく表現してくれると感じているんだと思うよ」


父上は咲いたばかりの花を指先で愛おしそうに撫でた。


「Wordは教科書を読んだりするよりも、『見様見真似』で感じるのが一番早いからね。……ヒイロ、君の『Holy(聖)』は、どんなことができるのかな?」


父上の言葉が、ストンと腑に落ちた。 そうだ。俺はずっと「マニュアル」を求めていた。論理的な正解を探していた。 だが、Wordとはもっと感覚的なもので、そのWordのことを思えば思うほどにできることが増えるものなのかもしれない。 父上の魔力が土に染み込み、根を刺激し、花を咲かせるまでのプロセス。その「流れ」を、俺の肌は確かに感じ取っていた。


前世で愛読した、等価交換を信条とする兄弟の錬金術師の物語風に言えば、『理解・分解・再構築』の手順といったところか。

魔力というエネルギーを、Wordという概念を『理解』して、現象として出力する。 だとするなら、今の俺に必要なのは最初のステップ――『理解』だ。


(『Holy(聖)』とは何か)


単なる光か? 浄化か? 治癒か? それとも、もっと宗教的な……「原初の象徴」や「信仰の対象」か? もっと理解を深めなくては、イメージが固まらない。イメージできなければ、その後のプロセスに進むことはできない。


(知りたい。俺のOSである『Holy(聖)』の役割を、限界まで突き詰めたい……!)


どうすればいい? どうやって解析する? 脳髄が焼き切れるほど思考を回転させる。転生してから一番、頭を使っているかもしれない。 知的好奇心の炎が燃え上がる。もっと、もっと見せてくれ。もっと教えてくれ。


「あーうー!(もっとやる!)」


俺が身を乗り出すと、父上は「ははは、焦らない焦らない」と笑って俺を抱きしめた。


「興味を持ってくれたみたいだね。……でも、今日はここまで。続きはまた明日だ」


父上の大きな手が、俺の背中を優しくトントンと叩く。 その一定のリズムが、オーバーヒート気味だった俺の思考を、急速にクールダウンさせていく。


(……くそ、まだ考えたいのに……)


思考とは裏腹に、赤ん坊の体は正直だ。 安心しきった父上の腕の中。日干しした布団のような温かい匂い。 意識が、温かい泥の中に沈んでいく。


「……おやすみ、ヒイロ」


父上の優しい声を聞きながら、俺はいつの間にか、深い眠りへと落ちていた。父上について行けばできるようになる。そう信じて疑わない、幸福なまどろみの中で。

いよいよ魔法の授業のスタートです。


有名どころの錬金術師の漫画や忍者の漫画もそうですが、

師匠についての修行パートも熱いものがあります。

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