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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第78話「綺羅星のごとく Ⅴ ~覇者の目覚め~」

大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 高級ホテル最上階 / アマリス・ドラコニア(ドラコニア帝国 小王女 竜人 25歳 女性)


宴の熱気が、未だ肌に張り付いているようだった。 私は窓際に立ち、眼下に広がるリュミエールの夜景を見下ろしていた。極彩色の魔法灯が煌めくこの街は、無骨な石と鉄に覆われた我が国とは違う、軟弱で、けれど目が眩むほど美しい光の都だ。


喉が渇く。 私はテーブルの水差しを手に取り、グラスに水を注いだ。酒など飲む気にはなれない。今の私の体内で燃え盛る熱を冷ますには、純粋な冷水こそがふさわしい。


「……眠れぬか、アマリス」


背後から、静かな声が響いた。 振り向くと、豪奢な椅子に身を沈めた師匠――リリス・ドラコニア様が、私を観察するように見つめていた。彼女の手元にも、同じく水が入ったグラスがある。


「いえ。……ただ、昂りが収まらないのです」


私は正直に答えた。 この旅は、私にとって多くの学びがあった。アークランドの生きる伝説ヴィヴィアナ殿との手合わせ、エヴェリンの将カイネ殿との語らい。それらは私の武人としての血肉となった。 だが、今日という日は違う。 あの赤子――ヒイロ=エヴェリンとの対面で、世界の色が完全に変わってしまったのだ。


***


数時間前。エヴェリンの王宮の大広間。 「光の同盟」の盟主たるエヴェリン王国が、その威信をかけて開催した「顔見世パーティ」。 そこで私は、世界の縮図を見た。


東西南北。 大陸中から集まった怪物たちが、たった一人の赤子を中心にして回っていた。 私はこれまで、自分の人生の幸せをどう掴むか、いかに強くなり名を上げ、良い男を選び、子を成し育てるか……そんな漠然とした「一人の人間としての成功」を考えていた。


だが、あの会場で「世界」が集まる様を見た時、強烈な「葛藤」が湧き上がったのだ。


(……嫌だ)


ただの一参加者でいたくない。 誰かが作った舞台の上で、踊らされるだけの存在でいたくない。


そして、ヒイロが現れた瞬間。 その感情は、明確な「渇望」へと変わった。


『Holy(聖)』のWordを持つ赤ん坊。 そう聞いていた。守られるべき、清らかで儚い光の象徴だと。この世界において、男は「種」であり「宝」だ。守られ、愛され、子孫を残すために消費される、美しくも弱い存在。


だが、違った。 あれは、そんな柔なものではない。


壇上に安置された彼と目が合った瞬間、私の魂に刻まれた『Dragon(竜)』の文字が、焼けるように疼いたのだ。 彼の瞳は、赤子のそれではなかった。 煌びやかな会場と、そこに集う怪物たちを、遥か高みから見下ろすような視線。すべてを理解し、すべてを受け入れ、そしてすべてを支配しうる器の大きさ。


彼は、ただの男では終わらない。 いずれ、この世界そのものを統べる者になる。


その瞬間、私の中で何かが弾けた。 この世界を、自分のものにしたい。 彼がいる世界のどこかに有象無象に混ざって存在しているのではなく、その中心で、彼と対等の存在として、そこにありたい。


***


「……で、どうだった? 『聖なる王子』は」


リリス様が、水を一口飲みながら問いかけてきた。 私は窓から離れ、師匠の正面に座った。


「怪物でした」


私は短く答えた。


「無垢な皮を被った、底知れない化け物です。……エテルニアの連中は、あれを『神の愛し子』として偶像化しようとしていますが、大きな間違いです。あれは、いずれ自らの意志で世界を統べる者になります」


「ほう。……お前がそこまで言うとはな」


リリス様は面白そうに口角を上げた。


「相手はまだ、歩くこともできぬ赤子だぞ。この世界で男が権力を握ることの難しさは、お前も知っていよう」


「ええ。ですが、確信しました」


私は自分の胸に手を当てた。心臓の鼓動が、指先を通して伝わってくる。


「彼は育ちます。エヴェリンという温床と、アークランドの武、そしてあの規格外の臣下たちに守られて。……いずれ、大陸を揺るがすほどの存在になるでしょう」


「……それで?」


リリス様の瞳が、鋭く光った。試すような、冷徹な師の目。


「その『未来の支配者』の卵を、お前はどうするつもりだ? 奪うか? 殺すか? それとも、遠くから眺めるか?」


私は一瞬、言葉に詰まった。 今までの私なら、両国の友好の懸け橋として婚姻を結ぶべきとか、エテルニアに取られないように保護しましょうとか「理屈」で答えていただろう。 だが、今の感情はそれだけでは説明がつかない。


(別に彼のことをかわいいとか愛おしいと思っているわけではない。かといって彼を利用価値のある道具として割り切っているわけでもない。 ただ、彼の目を見てその存在感に共鳴していた自分がいた)


(そうか、私は彼と言う存在に呑まれるのは嫌で、逆に彼と言う存在を自分が呑み込んでやりたいと思っているのだ。彼と言う水を渇望していると言っても良いかもしれない。そのためには、私自身がもっと高く、もっと大きく、全てを吞み込むような強い存在になりたい。だが、生まれたばかりの赤ん坊を見てそんな感情になるのは、傍から見れば気が狂ったとでも思われかねないか...)


「……私は」


私が答えあぐねていると、リリス様がふっと息を吐き、静かに告げた。


「アマリスよ。……目が、変わったな」


「え?」


「昨日までのお前の目は、ただの『強者の目』だった」


リリス様は杖で床を突いた。


「己の強さを誇り、敵を倒し、頂点を目指す。それは純粋で美しいが、個人の武勇に過ぎない。……だが、今のお前の目には、違う色が混じっている」


リリス様は身を乗り出し、私の目を覗き込んだ。


「『覇者の目』だ」


「……覇者」


「そうだ。単に勝つだけでなく、支配し、統率し、世界を己の色に染め上げようとする者の目。……ヒイロという存在が、お前の中の『竜』を、本当の意味で目覚めさせたようだな」


リリス様の言葉が、雷のように脳裏を貫いた。 強者と、覇者。心の一番奥底にストンと言葉が落ちてきたような感覚があった。


「アマリス。お前がその道を行くのなら、教えておこう。『覇道を行く』とは、三つの誓いを立てることと同義である」


リリス様は指を一本立てた。


「一つ、 『正当性の自己調達』 。 誰かから与えられた権威、神や伝統、あるいは血統に頼るのではなく、自らの存在と行動のみを拠り所とすることだ。『ドラコニアの王女だから』ではない。『アマリスだから』従わせるのだ」


指が二本になる。


「二つ、『理想の具現化』 。 現在の安寧を破壊してでも、より高次の理想を実現しようとする意志だ。現状維持を望む者は覇者にはなれんし、世界を変えたくても己の目指す世界がどのような場所か見えていないものは覇道を進めぬ」


そして、三本目。


「三つ、 『道徳からの解脱』 。 覇道を行くものは既存の価値観に縛られてはならない。必要であれば人を殺すし全てを奪う。己の行動が善と呼ばれるか悪と呼ばれるかなどどうでもよいし、自分以外の存在が作った価値観で物事を評価してはならない。世界中の神や人に『否』と言われても、己が『是』とするならその道を行くのだ」


リリス様の言葉の一つ一つが、重く、熱く、私の芯に打ち込まれていく。 私はこれまで、自分が最強であればそれでいいと思っていた。 だが、違う。 今日、ヒイロを見て分かった。 真の『竜』とは、ただ強く恐れられる存在ではない。未だ来ぬ世界に理想を描き、時代そのものを力強く作り変える力を持つ覇者だ。


彼が「光」で世界を照らすなら、私は「炎」で世界を焼き払い、そして再構築する者にならねばならない。


「……師匠」


私は顔を上げ、リリス様を見据えた。迷いは消えていた。


「私は、決めました。私は、覇道を行きます」


私は宣言した。


「ドラコニア帝国のためとは言えません。私自身のために、この大陸に覇を唱えます。……そして、力をつけ、国を束ね、いつか必ず私の目指す場所に立ちます」


一人の覇者として、もう一人の大きな存在と向き合うために。


「……ククク。大きく出たな」


リリス様は楽しそうに、喉を鳴らして笑った。


「いいだろう。未熟な竜が、ようやく空を飛ぶ覚悟を決めたか。……だが、覇者として歩み、成功するためには、人として生きる幸せを捨てることになるぞ。ここで決めたことが人生の分かれ道になると、覚悟を決めて進まねばならない」


「……肝に銘じます」


私は深く頭を下げた。 覇道を行く。それは、確かに人としての幸せを捨てることかもしれない。 だが、この『渇き』が満たされるためならば、差し出すべき代償だ。


ふと、疑問が浮かんだ。 なぜ師匠は、これほどまでに覇道を理解しているのだろうか?

王位継承権を放棄し、穏健派と呼ばれ、戦術研究に没頭する彼女が、なぜこれほど熱く覇道を語れるのか。


「師匠。師匠にとって、覇道とは何ですか?」


私が問いかけると、リリス様は少し驚いたような顔をし、それから寂しげに微笑んだ。


「……憧れ、だろうな」


彼女は、不自由な片足を杖でコン、と叩いた。


「私は、覇者にはなれん」


その言葉には、諦観と、わずかな悔恨が滲んでいた。


「だが、私は歴史や戦術の研究が好きだ。古今東西の英雄たちが、いかにして国を興し、いかにして散ったか。それらの生き様や物語に思いを馳せるのが楽しくてしょうがない。……こういう私のような人間はな、アマリス。落ち着いた穏やかな人間のように見えても、心のどこかで、戦争や覇者というものに対して、どうしようもない憧れを持つものなのだ」


リリス様の瞳が、遠い過去を見つめる。


「自分の戦術を実践する場や、私の軍略を認め、使いこなしてくれる存在を……ずっと求めて生きている。そして、その欲望を分かっていても、現状を理解してその中で生きようとしてしまう」


(……ああ、そうか)


私は、師匠が王位争いから早々に降りた真意に気づいた。 彼女は力がなかったわけではない。知略においては誰よりも優れている。 だが、彼女は自分が「覇者」の器ではないことを、誰よりも冷徹に理解していたのだ。


「……だから、皇帝の地位を争わないのですね」


「そうだ」


リリス様は頷いた。


「覇者に憧れる私にとって、母上(サラリナ女帝)は仕えるに値する、真の覇者だった。あの御方の『炎』は、私の知略を燃やすにふさわしい燃料だったのだ」


彼女はグラスの水を揺らした。


「だが、私は覇者にはなれん。……そして、二人の姉たちもだ。長姉カリナも、次姉カラリスも、慈悲深い皇帝や、強く恐れられる皇帝にはなれても『覇者』にはなれん」


リリス様は顔を上げ、私を射抜くように見つめた。


「アマリスよ。……お前が覇道を考えるとき、世界はどこにある?」


「世界、ですか?」


「そうだ。お前の目の前か? 背の後ろか? ……はたまた、掌の上か?」


私は息を呑んだ。 世界はどこにあるか。


(目の前に広がる守るべきものか、それとも私が切り開く道に付き従うものか、それとも手に入れる支配すべき存在か、それとも――)


私はまた答えられず、ただ黙り込んだ。 その沈黙の中に、これからの私が埋めるべき「覇者の欠片」が、確かに広がっていた。


リリス様は何も言わず、ただニヤリと笑って水を飲んだ。


(待っていろ、ヒイロ)


私は心の中で彼に語り掛けた。 お前が育つまでの間、私は私の覇道を征く。 そして、いつか答えを見つけた時――


(覇者たる『竜』となって、お前も世界もまとめて吞み込んでやる)


私の心の中で、琥珀色の炎が、かつてないほど静かに、激しく燃え上がっていた。


窓の外、数多の街の明かりが、これからの世界を生きる者達の命が、綺羅星のごとく瞬いている。まるで、これから始まる激動の時代を祝福するかのように、あるいは嘲笑うかのように。 だが、私はもう迷わない。私の星は、私自身の歩む道の先にあるのだから。


ようやくアマリスが覇道に進むシーンを書けた。

作品書こうと思ってから一番書きたかったシーンかもしれない。

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