第77話「綺羅星のごとく Ⅳ ~技術は国境を超える~」
大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮大広間 / イヴェット・カンガ(モントルヴァル公国 外交官 22歳 女性)
「おい! お前がイヴェットか!!」と背後から呼ばれた時に受けた印象とは、目の間にいる女性はまるで違う。
しかし、よくよく見るとその筋肉の密度、そして全身から発せられる熱気は巨人のそれや。燃えるような赤髪に、ごつい腕輪。この人は有名なモンタリア王国の第一王妃、アストラ様や。
(ひぃっ!? な、なんで炎盟の重鎮がウチらに絡んでくるん!?)
アストラ様は、ウチの肩をガシッと掴むと、至近距離まで顔を近づけてきた。酒臭い!
「あの『香炉立』! お前が作ったんだろ!?」
怒られるんか!? ウチ、なんか国際問題になるようなミスしたんか!? ウチは涙目になりながらも、アストラ様の職人としての鋭い眼光に射すくめられ、逃げることもできへん。
「なんだあのふざけた合金比率は! 金と銀にあそこまで粘りを出させるなんて、どうやったんだ!? それにあの重心設計! ただの飾りじゃない、実用性を極限まで高めたあのバランス感覚……職人として嫉妬するレベルだよ!」
アストラ様が吠えた。
「あ、あれは……その……」
(ひぃっ!? も、もう無理! 誰か!)
ウチは涙目になりながら、助けを求めて隣におるヘルガ会長を見た。
(会長! 助けてください!)
せやけど会長は、ニヤリと笑って腕を組み、面白そうに見ているだけやった。 見捨てられた!
(あれ?よく考えられたら、怒って怒鳴っとるんかと思ったら、内容はガチガチの技術的な質問やったぞ……)
アストラ様はドワーフ族のトップ。根っからの職人や。どうやら、あの香炉立の「作り方」が気になって仕方ないらしい。 職人として問われているなら、職人として答えなアカン気がした。
「お、温度管理と……何回にも分けて混ぜるのが大事でして……。それに、ヒイロ様の枕元に置けるサイズと軽さにしました。使いやすい道具になればと思いまして……」
ウチがしどろもどろに答えると、アストラ様は目を輝かせた。
「気に入った!!」
バン! と背中を叩かれ、ウチは前のめりによろめいた。肺の空気が全部出たわ。 褒められたのは嬉しいけど、王妃様から「気に入った!!」なんて物騒な言葉が出ると心臓に悪い!
「やはり技術のことが分かる奴と話すのは楽しいねぇ! お前、気に入ったよ! 今度とことん飲もう! 最高級の酒を奢ってやるから、朝まで技術論を語り合おうじゃないか!」
「へ……? 酒……? 朝まで……?」
ウチの顔から血の気が引いた。 ドワーフの「朝まで」は、人間にとっては「死ぬまで」と同義語や。
(そ、それなら!)
ウチは必死に視線を彷徨わせた。 あ! あそこにエテルニアのソフィアちゃんがおる! 彼女ならきっと助けてくれるはずや! ウチは必死の形相で「助けて!」と視線を送った。気づいてほしくてウインクまで送る!!
ソフィアちゃんはウチと目が合うと、パァっと顔を輝かせ、満面の笑みで親指を立てた。 『グッジョブです!』と言わんばかりのサムズアップ。
(……アカン。あの子、頭の中がお花畑や。全然伝わってへん……)
絶望したウチの目の前に、アストラ様がニカっと笑って手を差し出した。
「職人の熱い思いってのは国境を越えるだろ? お前らの国の細工技術と、ウチの国の精錬技術。……飲み会という名の技術交流といこうじゃねぇか」
アストラ様の手は分厚くて熱い。 それは、単なる飲み会の誘いやのうて、敵対する陣営同士が、技術という共通言語で手を結ぶ、歴史的な瞬間やった。
「は、はい……! 喜んでぇ……!」
ウチが引きつった笑顔で覚悟を決め握手をしたその時。
「アストラ殿。そろそろお時間ですわよ」
涼やかな声と共に、妖艶な美女とダンディーな紳士が現れた。 モリガノン王国の宰相クセニア様と、その夫君イリヤ様や。
アストラ様は舌打ちをすると、ウチの手を離した。 そして、心底残念そうに、名残惜しそうにウチを見た。
「つまらねぇな。久しぶりに、技術の話ができる骨のある奴に会えたってのによ」
「え……?」
「いいか、小娘。話は終わってねぇぞ」
アストラ様はニヤリと笑った。
「技術交流の話、本気だかんな。この国にいる間に一度飲もうぜ」
「は、はい! お待ちしております!」
アストラ様は豪快に手を振って、クセニア様たちと共に去っていこうとする。 その去り際、イリヤ様とクセニア様が立ち止まり、ヘルガ会長の方を振り返った。
「あの香炉立……きっと国を超えて話題になりますよ。素晴らしい仕事でした」
イリヤ様が優雅に微笑む。
「ええ。モントルヴァルの加工品、わが国でも手に入るといいのですけれど」
クセニア様も扇子で口元を隠しながら、意味ありげな視線をヘルガ会長に送る。 それを受けたヘルガ会長は、不敵な笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとうございます。……色々と進めておりますので、ご期待ください」
その言葉に、二人は満足げに頷き、アストラ様を連れて去っていった。
(……助かったぁ)
ウチはその場にへたり込みそうになった。
宴もたけなわとなり、ウチらは会場を後にして馬車に乗り込んだ。 密閉された空間で、ようやく人心地つく。
「……よくやりましたね、イヴェット」
クロードゥィーヌ宰相が、興奮冷めやらぬ様子で口を開いた。
「モンタリア王国との技術交流の足掛かりができるなんて……! これは外交的な大金星です。アストラ王妃にそこまで言わせるとは、あなたの技術と知識は本物ですね」
「はぁ……。まあ、生き残れてよかったです」
「絶賛されていたではありませんか。自信を持ちなさい」
宰相閣下はニコニコと上機嫌や。 ウチは窓の外、流れる王都の灯りをぼんやりと眺めた。
アストラ王妃の去り際の言葉。 『この国にいる間に一度飲もうぜ』。
政治家でも、貴族でもなく、職人として。 それなら、ウチみたいな根っからの職人崩れでも、話が合うかもしれん。 言葉の裏を読んだり、腹の探り合いをしたりするより、よっぽど仲良くなれそうな気がする。
(ドワーフの国の女王か……。うちとは身分だけやなくて、職人としてもランクが違う人なんやろうなぁ……。ま、それも悪くないか)
胃の痛みはまだ残っとるけど、ウチの心には、ほんの少しだけ未来への楽しみな予感が灯っていた。 夜風が、火照った頬を優しく撫でていった。
ドワーフのイメージは男性の鍛冶屋か酒場で騒ぐおっさんと言うイメージが強そうですが、女性ドワーフの肝っ玉母ちゃん感も良いです。




