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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第75話「綺羅星のごとく Ⅱ ~グローバル・ローンチ~」

大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮大広間 / ヒイロ=エヴェリン(エヴェリン王国 王子 0歳 男性)


「エヴェリン女王アウローラ陛下、王配エリオン殿下、ならびに第一王子ヒイロ殿下のご入場でございます!!」


儀礼官ブリオスの美声によるコールと、地鳴りのような拍手が会場を揺らす。 重厚な扉が開くと、そこには極彩色の光の海が広がっていた。


俺は母上アウローラの腕の中に抱かれながら、その光景を見渡した。


(……壮観だな)


前回の国内向け顔見世が「株主総会」だとすれば、今回はまさに「グローバル・ローンチ」だ。 煌びやかなシャンデリアの下、大陸中から集まった「怪物」たちがひしめき合っている。 彼らの視線は熱く、重く、そして品定めをするような鋭さを秘めていた。


「遠路はるばる、また急な呼び出しにもかかわらず、これほど多くの友人が集まってくれたことに感謝する。本日は堅苦しい礼儀は抜きにして、我が国の宝、ヒイロとの対面を楽しんでほしい」


母上が凛とした声で挨拶を述べる。


俺は母上の腕の中から、会場に向けて営業スマイルを振りまいた。 俺のスペック――『Holy(聖)』のWordとSランクの魔力は、すでにプレスリリース済みだ。ここにいる連中は、そのスペックが「買い」か「売り」か、あるいは「乗っ取るべき案件」かを見極めに来ている投資家であり、競合他社だ。


挨拶を終えると、俺はナムルー大臣特製のベビーベッドへと移された。 リクライニングが起こされ、視界が確保される。さあ、名刺交換の時間だ。


「これより、各国代表者様のご挨拶を賜ります!」


ブリオスの進行で、謁見が始まる。 最初のカードは、この大陸のパワーバランスそのものだ。


「炎盟代表、ドラコニア帝国使節団! 永遠条約圏代表、エテルニア大帝国使節団!」


左右から同時に進み出てくる二つの巨大勢力。 俺はぱっちりと目を開いて彼らを見つめる。


右側、白き衣を纏ったエテルニアの一団。 先頭に立つのは、大司教デリアンナ・フォン・リヒト。 柔和な垂れ目、聖女のような微笑み。だが、俺のビジネスマンとしての勘が警鐘を鳴らしている。


(あの笑顔は、企業内でハラスメント調査をしてる監察官のそれだな。笑顔で味方のように近寄ってくるが、油断すると自分の戦友や自分自身が処刑台に連行される羽目になる。人情とか持たず、自分の中の正義が正しいと思って行動するタイプの人間だ。「優しさ」で塗り固められた奥に、底知れない「危険性」を感じる)


その背後にいる若い女性――ソフィア・フォン・オルデンは対照的だ。 緊張でガチガチだが、その瞳には純粋な好奇心と善意が見える。


(……新入社員が古狸に連れ回されている構図か。彼女がこちらの窓口になってくれれば御しやすいのだが)


そして左側、赤と黒を纏ったドラコニアの一団。 こちらは隠そうともしない「覇気」の塊だ。 杖をついた知的な女性、リリス・ドラコニア。身体的なハンデをものともしない、歴戦の指揮官の風格。


だが、俺の視線は、その隣に立つ女性に吸い寄せられた。


燃えるような赤髪。褐色の肌。そして、琥珀色の瞳。 アマリス・ドラコニア。


彼女が俺の前に立った瞬間、肌が粟立つような感覚に襲われた。 恐怖ではない。もっと根源的な、生物としての「共鳴」だ。


彼女の瞳が、俺を射抜く。 そこにあるのは、「赤ん坊を見る目」ではない。初めて見るはずのその瞳が、ひどく懐かしく思えるのはなぜだろうか。お互いに記憶や感情を呼び覚まそうとしているようなこの感覚は何なのだろう。


(……『Dragon(竜)』か)


事前に聞いていた彼女のWord。 『Holy(聖)』を持つ俺と、『Dragon(竜)』を持つ彼女。 相反するようでいて、どちらも「人を超えた領域」にある概念。 彼女から放たれる熱量が、俺の中にある魔力を刺激する。


俺は無意識のうちに、彼女に向かって手を伸ばしていた。 アマリスの口元が、獰猛に、かつ艶やかに吊り上がるのが見えた。 「……素晴らしい」と、彼女が唇を動かしたのが読める。


好敵手となるのか、最愛の人となるのか、未来は何もわからない。だが、確かな魂の繋がりと一生忘れないであろう胸の高鳴りを感じながら、俺は満面の笑みを彼女に返した。


二大国の挨拶が終わると、次々と各国の代表がやってくる。


「アスラ連邦使節団、執政官ゼニス・アシュラ殿、副官カリマ・クラ殿!」


目の前に立ったのは、筋骨隆々の巨漢と、鋭い目つきの女性。


(……暴力装置そのものだな。筋肉の密度が違う。海外の女子プロレスラーでもこれだけのヒール感のあるキャラはめったにいないぞ)


「……ほう。俺の目を見て、逸らさぬか。いい『目』をしている。……化けるぞ、こいつは」


ゼニスが俺を見下ろし、鼻を鳴らした。 だが、その目は俺の肝の据わり具合を評価していた。「食いでがありそうだ」と言わんばかりだ。


「サングラビア王国使節団、ナジーラ・バヌ・サングラビア殿、ロジャン・バヌ・カズミール殿!」


赤を基調としたドレスに身を包んでいる淑女的な方々だが、ロジャンという女性の雰囲気が異様だ。 美しい顔立ちだが、肌は青白く、俺を見る目が……いや、俺の首元を見る目が熱っぽい。


「ククク……極上のヴィンテージになりそうだ」


(……完全に吸血鬼じゃねえか。名前はウラドかエリザベートじゃないの?)


血の盟約を掲げる国とは聞いていたが、ここまでゴシックホラーな雰囲気だとは。


そして、空気が一変する。


「アムリティン王国、外務大臣レイラ・ナディーム殿! ならびにルナリア大公国、宰相ノクターナ・ディ・ステッラ殿!」


現れたのは、白衣を思わせるドレスを纏った美女と、夜闇のようなドレスに身を包んだ銀髪の麗人だった。


まず、レイラ・ナディームが俺の前に進み出る。 彼女は優雅にカーテシーをした――かと思えば、顔を上げた瞬間、その瞳孔がカッと見開かれた。


「……お初にお目にかかります、ヒイロ殿下。レイラ・ナディームでございます」


彼女の視線が、俺の全身を舐め回す。 それは「可愛い赤ん坊」を見る目ではない。精肉店の店主が極上の肉を見るような、値踏みと解剖の目だ。


「……まぁ、なんと素晴らしい」


彼女は扇子で口元を隠しているが、荒い息遣いが聞こえてきそうだ。


(……おい、目が完全にイッてるぞ)


俺は本能的な悪寒を感じた。手術台の上に乗せられたような気分だ。 絶対にアムリティンには行かん。ホルマリン漬けにされる未来しか見えない。


「……レイラ殿」


その暴走しかけた熱意を、冷ややかな声が制した。 隣に立つ、ルナリア大公国の宰相、ノクターナ・ディ・ステッラだ。


「私にもヒイロ殿の顔を見せてくれ」


ノクターナはレイラを一瞥して黙らせると、俺の方へ向き直り、銀髪を優雅に揺らした。 その態度は、赤ん坊相手のものではない。対等な交渉相手を見るようなクールで知的な視線。


「お初にお目にかかる。ルナリア宰相、ノクターナだ」


彼女は俺の瞳を覗き込み、フッと口元を緩めた。


「……ほう。『Holy(聖)』か。私の『Night(夜)』とは逆の方向性だと思っていたが、どこか惹かれ合うものを感じるな」


彼女の纏う空気は、現代で言えばベンチャー企業のカリスマCEOみたいな雰囲気だ。 少しキザだが、宝塚のトップスターのような中世的な雰囲気と合わせて妙な説得力がある。


「光が強ければ強いほど、落ちる影もまた濃くなる。……ヒイロ殿下。貴方のその強烈な光が、この国に……いや、世界にどのような影を落とすのか。実に興味深い」


(……抽象的なことを言っているが、要するに「お前の影響力を見定めてやる」という宣言か)


そう解釈して俺が警戒していると、ノクターナは意味深に目を細めた。


(ただの赤ん坊扱いはしてくれないらしい。気の抜けない相手だ)


二人は礼をして去っていった。 「マッドサイエンティスト」と「夜の策士」。かなりクセの強そうな二人だが意外と仲がよさそうだったな。


俺は小さく息を吐き出し、次なる来客に備えて気合を入れ直した。


「シーラ王国使節団、大神殿長ジョヴァンナ・ディ・ラグーナ殿、大神官ミレッラ・ディ・フィアンマ殿! ならびに、ヴァルクール公国使節団、大司教ノア・ウィルデン殿!」


現れたのは、清らかな水を思わせる青い衣装の老婦人とその側近、そして質素だが芯の強そうな僧服の女性だ。


ジョヴァンナとミレッラの二人は、俺の前に立つと感極まったように胸の前で手を組み、静かに祈りを捧げ始めた。 殺伐とした会場の中で、彼女たちの周りだけマイナスイオンが出ているような癒しのオーラだ。


だが、ヴァルクールのノア大司教だけは違った。


「ヒイロ殿下……。『Holy(聖)』を持つ御子よ」


彼女は俺の前に跪くと、震える両手を伸ばしてきた。 その瞳は涙で潤んでいるが、そこにあるのは癒しではない。切羽詰まった「すがり」だ。


「貴方様がいらっしゃれば……この世界から争いを無くせるかもしれない。貴方様の光があれば、ドラコニアも、私の祖国も止め、平和をもたらすことができる……!」


彼女の手が、祈るように俺の足に触れようとする。


「どうか、我らをお導きください……。貴方様の力で、血に飢えた者たちを浄化し……」


(……重い)



俺は本能的に顔を引きつらせた。 彼女は俺個人を見ているんじゃない。俺という「奇跡」に、自国の平和という巨大な荷物を全部乗せようとしている。 こんな赤ん坊に、国家の命運を背負わせないでくれ。


俺が辟易としていた、その時だ。


「し、失礼いたします!」


俺とノア大司教の間に、小さな体が滑り込んだ。 9歳の専属侍女、ミラベルだ。 彼女はガタガタと足を震わせながらも、ノア大司教の前に立ちはだかった。


「大司教様……。あ、あの……!」


「ヒイロ様は……ヒイロ様はまだ、生まれたばかりの赤ちゃんなんです!」


「で、ですが……この方は聖なる……」


「赤ちゃんのお仕事は、ミルクをたくさん飲んで、よく寝て、お母様に甘えることです! 今はまだ……ただの赤ちゃんでいさせてあげてください。お願いします」


ミラベルの必死の語りかけ。 その言葉に、ノア大司教はハッとしたように目を見開いた。熱に浮かされていた瞳から、ふっと力が抜けていく。


「……ああ。私は、なんと浅ましいことを。幼子に、大人の不始末の尻拭いを求めるとは……。聖職者にあるまじき振る舞いでした。……ごめんなさいね、小さなお嬢さん」


彼女は恥じ入るように項垂れ、深く頭を下げ涙を拭った。


「貴女の言う通りです。……ヒイロ殿下が、ただ健やかにあらんことを。今日のお祈りは、それに留めさせていただきます」


彼女は静かに一礼して会場へと戻っていった。


「……ふぅぅ」


緊張が解け、その場にへたり込みそうになるミラベルを、後ろからエラーラさんが支える。


(……グッジョブだ、ミラベル)


俺は心の中で喝采を送った。 相手は大国の高位聖職者だ。震えながらも主君の平穏を守るために声を上げたその勇気。 彼女はすでに、立派な「専属侍女」だ。


俺の好きな、ハードボイルドすぎるナポレオンが主人公の漫画風に言うなら『お前は男だ!!』のノリで、この世界なら『お前は”女”だ!!』と叫びたいところだ。


ノア大司教の感動的な幕引きの後、現れたのは、一見すると地味だが、よく話題に出てくる一団だった。


「モントルヴァル公国宰相、クロードゥィーヌ・バロ殿。ならびにヘルガ・シュミットハウゼン殿、イヴェット・カンガ殿!」


胃薬が手放せなさそうな苦労人の宰相と、伝説の大商人ヘルガ。そして、前回の顔見世でMVP級の働きをしたイヴェットだ。


「ようこそ、モントルヴァルの皆様。遠路はるばる感謝します」


「お初にお目にかかります、陛下。モントルヴァル公国宰相、クロードゥィーヌ・バロでございます」


イヴェットはガチガチに緊張しているが、俺の枕元を見て、ハッと息を呑んだのが分かった。


そこには、彼女が作った「黄金の香炉立」が置かれ、今日は馨しい香木の香りを漂わせている。


「陛下。ヒイロ殿下の枕元に、我が国の技術の粋を集めた品を置いていただき、感謝に堪えません。……あれこそが、モントルヴァル公国の、そして我が国の若き才能が込めた『お祝いの気持ち』そのものでございます」


クロードゥィーヌ宰相が嬉しそうに感謝を述べると、母上アウローラは満足げに頷いた。


「ええ。とても素晴らしい品よ。デザインの美しさはもちろん、軽くて安全なのも気に入っているし、何よりエヴェリンの文化をここまで深く理解してくれていることが本当にうれしいわ。今日はアイリスさんがくれた香木を入れてるけど、いつもは虫よけのローズマリーを焚いているから、虫も寄り付かないし、ヒイロもよく眠ってくれるの」


母上の言葉に、イヴェットの目が潤む。 俺も彼女を見て、「あーうー(愛用してるぞ!)」と声をかけ、ニカっと笑った。 彼女は声にならない叫びをこらえて、顔を真っ赤にして喜んでいる。


(いい仕事をした職人への、赤ん坊が払える最高の報酬だ)


その後も、同盟国の面々や、事前に根回し済みのトルヴァード連邦アルーシャたちが続く。 アルーシャは俺よりも父上エリオンを見てうっとりしていたが、まあよしとしよう。


一通りの挨拶が終わり、会場は歓談の時間へと移った。 ここからが、本当の情報戦だ。 俺はベッドの上から、会場の動向をモニタリングする。


会場の一角で、異様な盛り上がりを見せているグループがあった。


「あの『香炉立』! お前が作ったんだろ!?」


樽のような体格の女性――モンタリアの王妃アストラが、小柄な女性の肩を掴んで叫んでいる。 掴まれているのは、モントルヴァルの外交官イヴェット・カンガだ。 彼女は涙目になりながら、隣にいる大商人ヘルガの後ろに隠れようとしている。


(……出たな、イヴェットの「技術外交」)


アストラ王妃はドワーフ族のトップ。技術屋だそうだ。 イヴェットが苦し紛れに作った香炉立の合金技術か重心設計が、技術屋の琴線に触れたのだろう。


イヴェットは「ひぃっ」と悲鳴を上げながらも、技術的な質問には真摯に答えている。 その横で、ヘルガ会長が「うちの若いのは優秀だろう?」とドヤ顔をしているのが印象的だ。


(技術は国境を越える、か。イヴェット、君は本当にいい仕事をした)


あの怯えた小動物のような外交官が、各国の重鎮たちを技術で繋いでいく。痛快な光景だ。

だが、笑ってばかりもいられない場所もある。


「……アウローラ陛下」


母上と父上の周りには、常に人だかりができているが、その中でも一際異様なオーラを放つ二人が母上を囲い込んでいた。


アムリティンのレイラ・ナディームと、ルナリアのノクターナ・ディ・ステッラ。


「アウローラ陛下。ヒイロ殿下の『Holy(聖)』ですが、熱量エネルギーとしての側面から測定はされましたか? もしよろしければ、我が国の研究所とデータ共有を……」


レイラ・ナディームが学術的な興味で話しかけている。目が爛々と輝いている。俺を解剖したくてたまらないような、狂気と紙一重の情熱だ。


「レイラ殿、場所をわきまえなさい」


それをノクターナが、暴走しないように横で見張っている。だが、そのノクターナの笑顔も腹に一物も二物もありそうだ。


母上は笑顔で対応しているが、額には青筋が見える。 父上も困った顔だ。 あそこは危険地帯だ。誰か助け船を出さないと……。


そう思った矢先、小さな影が二人の間に割って入った。


「失礼いたします、陛下、エリオン様」


テオラス・ヴェルダントだ。 その手には、飲み物が乗ったトレイ。 彼はあどけない笑顔全開で、レイラとノクターナに飲み物を差し出した。


「お話中恐縮ですが、皆様、喉が渇かれたのではないかと思い、お飲み物をお持ちしました!」


「あら。……気が利く子ね」


「まあ、ありがとうテオラス。ちょうど喉が渇いていたのよ」


毒気を抜かれたように、二人が動きを止める。 その隙を見逃さず、母上が話題を変え、包囲網を突破した。


(……グッジョブだ、テオラス!)


俺は心の中で喝采を送った。 6歳にして、あの怪物たちの間に割って入る度胸とタイミング。 後ろにいるミラナの後押しがあったのだろうが、的確に役割をこなせるのは重要なことだ。


会場を見渡せば、至る所で国境を越えた交流――あるいは腹の探り合いが行われている。 アークランド勢とアスラ勢が、殺気を放ちながら乾杯している姿などは、見ているだけで寿命が縮みそうだ。


だが、このカオスこそが、これからの俺が生きる世界。 綺麗ごとだけでは回らない。力と知恵、そして運と愛嬌が必要な世界。


(……悪くない)


俺はこの煌びやかで危険な宴の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。 さあ、こい。 エヴェリン王国の、そして俺の快進撃はここからだ。


俺はニヤリと笑い、会場に向けて愛想よく手を振った。


ローンチの瞬間ってかなり緊張するけどランナーズハイになってるような高揚感があると聞きます。壇上に登る経験は何度かすると緊張よりも誇らしさが出てきますね。

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