第74話 「綺羅星のごとくⅠ ~最終ブリーフィング~」
大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール ヒイロの寝室 / ヒイロ=エヴェリン
決戦の朝は、張り詰めた静寂と騎士団からの状況報告で幕を開けた。
「……以上が、最終的な来賓リストの変更点です。アムリティンのレイラ外務大臣は、予定より早く到着する見込みです」
「承知したわ。彼女の対応は私が引き受ける。テオラス、貴方はその間、後ろに控えている他の外交官たちの視線を逸らしてちょうだい」
「は、はい! お任せください、ミラナ様!」
俺の寝室は今、さながら企業の「大会議室」と化していた。 あるいは、社運を賭けた巨大プロジェクトのローンチ直前に行われる、最終ブリーフィングの現場だ。
俺はナムルー大臣特製のベビーベッドから、忙しなく動き回る「チーム・ヒイロ」の面々を眺めていた。
(……懐かしい空気だ)
前世、重要なクライアントへのプレゼンや、株主総会の当日の朝。 資料の最終チェックを行い、想定問答集(Q&A)を読み込み、スタッフの立ち位置や動線を確認する。 胃が痛くなるような緊張感と、これから始まる戦いへの高揚感が入り混じった、あの独特の空気。 それが今、この部屋に充満している。
「騎士団の配置、最終確認よし。……アルトリウス、貴様の立ち位置はここだ。私の右斜め後方、ヒイロ様との射線をいつでも切れる位置を維持しろ」
「はっ! 承知いたしました、団長!」
騎士団長のライラが、厳しい表情でアルトリウスに指示を飛ばしている。 14歳のアルトリウスは、緊張で顔を強張らせながらも、その瞳には強い意志を宿して頷いた。 彼は今日、俺の最も近くで盾となる「近衛」の役割を担う。
「ミラベル。ハンカチと予備のミルク、それからヒイロ様がぐずった際のあやし道具の準備は?」
「はい、エラーラ様。すべて腰のポーチと、ベッド下の隠し収納に」
「よろしい。貴女は決してヒイロ様から目を離さないように。私たちが周囲を警戒するからあなたはヒイロ様に集中して、赤子特有の『空気』の変化に敏感になりなさい」
「はい!」
侍女長のエラーラさんが、9歳のミラベルに最終確認を行っている。 ミラベルは俺の専属侍女として、俺のコンディション管理(機嫌取り含む)と、身の回りのケアを一手に引き受ける。いわば社長秘書だ。
そして、一番の難所に挑むのが、6歳のテオラスだ。
「いいこと、テオラスちゃん」
外務大臣のミラナが、膝をついてテオラスの目線に合わせて語り掛ける。
「貴方の場所は、会場の入り口付近。私と一緒に、儀礼官のブリオスが入場を告げるまでの間、来賓の方々をお待たせする『待機列』の最前線よ」
「は、はい……」
「そこには、ドラコニアの猛者や、エテルニアの古狸たちがひしめき合っているわ。彼らは待ち時間に、貴方や私たちから情報を引き出そうとしたり、揺さぶりをかけてくるでしょう」
ミラナは扇子でテオラスの頬をツンとつついた。
「でも、怖がることはないわ。貴方はただ、無邪気な子供のフリをして、ニコニコしていればいいの。困ったら私の後ろに隠れてもいい。……ただし、彼らの顔と名前とどのような話や態度をとったか、そして『誰と誰が親しげに話していたか』だけは、絶対に覚えておくのよ」
「……わかりました。僕、頑張ります!」
テオラスが小さな拳を握りしめる。
(……一番キツイ役回りだな)
俺は心の中で彼にエールを送った。 受付や待機場所というのは、企業の顔だ。そこで失礼があれば会社全体の品位が問われるし、逆に来訪者の素顔が一番見える場所でもある。 複数社の役員を招くラウンドテーブルなどは、待機中には自社の高位役職者が来客同士を紹介したり話題を途絶えさせないように動くほどの重要な役割だ。6歳の子供に、海千山千のVIPたちの相手をさせながら情報収集をさせる。相当なスパルタだが、リンディス伯爵とミラナ大臣の英才教育としてはこれ以上ないだろう。
「……準備はいいかしら?」
凛とした声と共に、部屋の扉が開かれた。 母上と、父上が入室してくる。 二人とも、国王と王配としての正装に身を包んでいる。その威厳たるや、場の空気が一段階引き締まるほどだ。
全員が作業を止め、深々と頭を下げる。 母上は部屋を見渡し、満足げに頷いた。
「良い顔をしているわね。……ライラ、ミラナ、エラーラ。そして若き側仕えたちよ」
母上はベッドに歩み寄り、俺を抱き上げた。
「これより、国外の賓客をお迎えする。頼もしき『光の同盟』の友邦、そして油断ならぬ『炎盟』と『永遠条約圏』の怪物たち。……一瞬の隙も許されないわ」
「御意」
全員の声が重なる。
俺は母上の腕の中で、自分を取り巻くチームを見回した。 物理防御担当のライラとアルトリウス。 運営・ケア担当のエラーラとミラベル。 外交・渉外担当のミラナとテオラス。 そして、最高責任者(CEO)である両親。
昨夜、セラが「影」の逃走ルートも確保してくれた。 盤石だ。これ以上の布陣はない。
(よし。……行こうか)
俺は自分に気合を入れるように、小さく拳を握った。
重要な商談の前、資料と身だしなみを完璧に整え、チーム全員で目配せをして会議室へ向かうあの一瞬。 胃が痛くなるようなプレッシャーと、それをねじ伏せるアドレナリン。
俺は35歳のビジネスマンとしての魂を燃やしながら、赤ん坊としての愛想笑いの準備を整えた。
「あーうー!(定刻だ、出発するぞ!)」
俺の号令(?)と共に、一行が動き出す。 エヴェリン王国の威信をかけた大舞台、その会場へと向かって、俺たちは進撃を開始した。
これから大舞台に挑む空気感が好きです。
準備重ねたものが形になる瞬間は学生時代も社会人になってもたまりません。




