第71話「闇を照らす炎」
大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 高級ホテル・貸切食堂 / アルーシャ・リリヤスカ(トルヴァード連邦 外務大臣)
張り詰めた空気の中、リリス・ドラコニア様とアマリス様が食堂の入り口に立っていました。 その圧倒的な覇気。一瞬にして場の空気を支配する「王」の気質。 私たちは自然と背筋を伸ばし、最敬礼で迎えます。
「……楽にしてくれ。食事の途中だったのだろう?」
リリス様は杖をつきながら、堅苦しい儀礼を避けるように手で制しました。 彼女が部屋の中央にある円卓に腰を下ろすと、まるで磁石に吸い寄せられる砂鉄のように、各国の代表たちが自然とそのテーブルへと集まります。
「エヴェリンの料理はなかなかイケるからねぇ。悪いが先に楽しませてもらってたよ」
モンタリアのアストラ様が、飲み干したジョッキを置いて豪快に笑いました。 リリス様も微かに口元を緩め、「構わぬ」と短く応じます。
ワインが注がれ、一息ついたところで、モリガノンのクセニア宰相が艶然と微笑みながら口火を切りました。
「料理も良いですが……やはり気になりますわね。リリス殿、謁見はいかがでしたか? エヴェリンの王族は、どのような方たちでしたの?」
その問いに、全員の視線がリリス様に集中します。 リリス様はグラスを揺らし、赤い液体を見つめながらしばし沈黙しました。そして、ふと視線を横に向けました。
「……アマリス。お前はどう感じた?」
話を振られたアマリス様は、腕を組み、琥珀色の瞳を細めました。
「……事前に抱いていた印象とは、違いました」
彼女の声には、隠しきれない熱が籠っていました。
「来る前は、軟弱な南方の国だと高を括っておりました。自分はあまり興味を持たない国だろうと。……ですが、なかなかどうして。アウローラ女王の胆力、それを支える大臣たちの眼光。ただ平和を貪るだけの豚ではありませんでした。……王族も大臣たちも、なかなかの『強者』が揃っております」
『Dragon(竜)』のWordを持つ、生まれながらの強者であるアマリス様がそこまで評価するとは。 会場にどよめきが走ります。
リリス様が深く頷き、重厚な声で宣言しました。
「同感だ。……今回初めてエヴェリンに来て、これから肌でこの国のことを感じるメンバーもいるだろうが、方針を伝える」
リリス様は円卓の全員を見回しました。
「我々ドラコニア帝国、ひいては炎盟は、この国と不可侵条約を結ぶだけでなく―― 交流を強めることに決めた」
その断言に、私やクルタガン、アストラ様は深く頷きました。商売や個人的な関心を含め、それは望むところです。 ですが、サングラビアのナジーラ様が眼鏡の位置を直し、冷静な声で問いかけました。
「……不可侵は妥当かと存じます。現在のエテルニアとの緊張関係が高まっている状況を考えれば、敵に回すべきではない。……ですが、なぜ『交流を強める』までに踏み込まれるのですか?」
その質問に、ロジャン様やクセニア様も「当然の疑問だ」という顔で頷きます。
(ええ、そうですわね。……ここに来る前の御前会議では、意見が割れていましたもの)
私は内心で頷きました。 当初の炎盟内部での議論は、「エテルニアが手を出す前にエヴェリンを攻め滅ぼし、その資源と人材を炎盟の戦力に加えるべきだ」という強硬論と、「二正面作戦を避けるための不可侵」という慎重論の二択でした。 「友好」や「交流」という選択肢は、テーブルの上にすら載っていなかったのです。
リリス様は「理由か」と呟き、天井を仰ぎました。 そして、少し考えた後、フッと自嘲気味に笑いました。
「……いや。何を理由にしても、後付けになるな」
彼女は私たちを真っ直ぐに見据えました。
「私は、エヴェリンの街や、この数日で出会った奴らを気に入った。……それ以上の理由がいるか?」
その言葉を聞いた瞬間、私の心にボッと火がついたような感覚が走りました。 「気に入った」。 覇道を進むドラコニアの中で最も知略に優れた執政官が、自身の感覚を信じて下した決断。それはどんな論理的な説明よりも、私たち炎盟の人間には響く言葉でした。
「……ふふ、そうですわね」
私は思わず声を上げました。
「私にとっては、納得しかありませんわ。エテルニアがどうとか、ドラコニアがどうとかではなく……私も、この国が気に入っていますもの」
もちろん、イイ男がたくさんいるという理由も含めてですが、それだけではありません。この国の空気、自由さ、そして多様性を受け入れる土壌。それらが心地よいのです。
「同感だね」
隣で、イリヤ様が優雅にグラスを傾けました。
「この国は、皆が笑顔に溢れている。すれ違う人々が、種族の違いを気にせず笑い合っている。……良い国だよ」
「確かに」
クセニア様も、愛する夫の言葉に同意するように微笑みました。
「私もイリヤも、滞在を延ばそうと思うなんて、ここに来るまでは想像もしませんでしたわ。……この国の人たちともっと出会いたい、もっと深く知りたいと思ったのも、リリス様と同じ感情だったのでしょうね」
「違いねぇ!」
トルヴァードのクルタガンも、ガハハと豪快に笑いました。
「男の俺でも暮らしやすいからな! 理屈なしに好きになれる国だが、あえて理屈をつけるなら……光の同盟各国との繋がりは、経済面や兵站面でもプラスが大きい。エヴェリンと組めば、俺たちの商売はもっとデカくなるぜ」
クルタガンの言葉に、先日の密談を思い出して、私と彼は目配せをしてニヤリと笑いました。
その後もしばらく、ゼニス様が「アークランドだけじゃなく、エヴェリンの騎士団も骨がありそうだ」と語り、アストラ様が「鍛冶の技術も侮れん」と語るなど、各人がエヴェリンへの興味を口にしました。
そして最後に、アマリス様が静かに口を開きました。
「……ここへ来るまでは正直、赤子であるヒイロ王子に全く興味がありませんでした」
彼女の瞳に、琥珀色の炎が揺らめきます。
「ですが、今は違います。これほどの国に生まれ、これほどの傑物たちに守られ……そして、この先この国の中心になっていくであろうヒイロという存在を、一目見てみたいと思っております」
『Holy(聖)』と『Dragon(竜)』。対立する旗印のようでいて、同じ境遇に惹かれ合う運命もあるのかもしれません。 彼女の言葉は、明日のパーティへの期待を最高潮に高めました。
「……楽しみだな」
リリス様が呟き、ゼニス様が獰猛な笑みを浮かべました。
「ああ。素敵な出会いがありそうだ。明日が待ちきれないねぇ」
夜は更けていきますが、私たちの熱気は冷めることを知りません。
明日の顔見世パーティ。 そこで私たちは、エヴェリン王国の「光」の正体を、この目で確かめることになるでしょう。
私は残りのワインを飲み干しました。 明日は、再会できる愛らしい王子はもちろん、またこの国の魅力的な男性たちに会えるのが楽しみでなりませんわ。




