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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第70話「炎を纏う者たちの宴」

大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 高級ホテル・貸切食堂 / アルーシャ・リリヤスカ(トルヴァード連邦 外務大臣)


明日に迫った「国外向け顔見世パーティ」を控え、我々が貸し切っている王都リュミエールの高級ホテルの食堂は、異様な熱気と、どこか鉄錆びたような重厚な空気に包まれていました。


「……壮観ですわね」


私はグラスの縁を指でなぞりながら、会場にいる面々を見渡しました。 ここに集まっているのは、北方の覇者ドラコニア帝国を中心とする軍事同盟――『炎盟』の主要メンバーたち。


西のエテルニア陣営が「白」と「静寂」を好むなら、私たちは「赤」と「喧騒」を好みます。 食堂にはすでに何本もの空になったワインボトルがあり、豪快な笑い声と、腹の探り合いを含んだ会話が飛び交っていました。


「アルーシャ。随分と喜びを噛み締めているようだな」


隣の席で、分厚いステーキを頬張っているのは、我がトルヴァード連邦の交易担当大臣、 クルタガン・カランベイ 。最初は文化が違いすぎてとっつきにくいところもあったのだけれど、今は誰よりも頼れる相棒です。


「ええ、クルタガン。明日のパーティが楽しみで仕方ありませんの。……それに、これだけの『濃い』方々が一堂に会することなんて、滅多にありませんもの」


私は微笑み、席を立ちました。 炎盟の窓口役を任された以上、皆様へのご挨拶は欠かせません。


まず私が向かったのは、私の故郷でもあるモリガノン王国の席です。


「お久しぶりでございます。クセニア宰相、それにイリヤ様」


私が挨拶すると、妖艶な肢体をドレスに包んだモリガノンの宰相、 クセニア・ヴァレリエヴィッチ が気だるげに手を振りました。


「あら、アルーシャじゃない。トルヴァードでの羽振りはいいようね」


「おかげさまで。……イリヤ様も、相変わらずお美しい」


私はその隣に座る男性――王弟 イリヤ・ヴァレリエヴィッチ に熱っぽい視線を送りました。 彼はモリガノンにおける「最上位サクリファー(奉仕者)」。女性に愛と快楽を与えることを神聖な務めとする我が国の、生ける至宝です。


「やあ、アルーシャ。君のような美しい花が、異国の地で咲き誇っているのを見るのは嬉しいよ」


イリヤ様が微笑むだけで、その場の空気が甘く色づくようです。


「恐縮ですわ。……明日はエヴェリンの方々も、イリヤ様の魅力に腰を抜かすでしょうね」


私がうっとりしていると、クセニア様が悪戯っぽく微笑み、グラスを揺らしながら囁きました。


「そうだ、アルーシャ。私たちは顔見世の後も数日エヴェリンに滞在する予定なんだけど……いろいろと人脈も作っておきたいし、貴女の伝手であれこれ紹介してもらえるかしら。もちろんその日の結果次第では『良い夜』にしてあげる可能性もあるわよ?」


「……え?」


「彼の夜の予定がないのはレアよ? せっかくの異国での夜だもの、開放的になりたいわよね」


その言葉の意味を理解した瞬間、私の背筋に電流が走りました。 イリヤ様の夜。それはモリガノンの女にとって、国家予算を積んででも手に入れたい至上の宝石。


「……まぁ! 宰相閣下直々のご依頼とあらば、このアルーシャ、全身全霊をもってお応えしますわ!」


私は淑女の仮面を被りつつも、食い気味に飛びつきました。尻尾があれば千切れんばかりに振っていたでしょう。


イリヤ様が、クセニア様の申し出に、微笑みながら優しく目を細めました。


「アルーシャと夜を過ごすとしたら、ずいぶん久しぶりだね」


「……っ! 覚えていてくださったのですか?」


「もちろんさ。君はまだ10代で男慣れしていない頃だったね。あの頃から君は情熱的だった」


彼の言葉に、私の脳裏に甘美な記憶が蘇ります。 あの時の刺激。未熟だった私に、大人の悦びと優しさを教えてくれた、溶けるような夜。 あれから私も多くの経験を積みましたが、彼ほど刺激的で、満たされる相手には出会っていません。


(ああ、神よ! この役得のためなら、どんな激務にも耐えられますわ!)


「クセニア様、イリヤ様、僭越ながらエヴェリンでの伝手も増えてきたところでした。お二人のこの国での最高に有意義な一日をお約束しますわ」


私は紅潮した顔を扇子で隠し、次なる席へ向かいました。 そこには、血のような深紅の衣装を纏った二人の人物が静かにグラスを傾けていました。


サングラビア王国。 「血は契約、名は絆」を掲げる、誇り高き一族主義の国。


「ごきげんよう。ナジーラ様、ロジャン様」


私が声をかけると、涼やかな瞳がこちらを向きました。 女王の妹にして重臣、 ナジーラ・バヌ・サングラビア 。 『Machete(鉈)』のWordを持つ彼女は、美魔女でありながら冷徹な切れ味を感じさせる女性です。


「アルーシャ殿か。……エヴェリンとの調整、ご苦労である」


「いいえ。……そちらのロジャン様も、ようこそおいでくださいました」


ロジャン・バヌ・カズミール 。 彼はサングラビアの貴族でありながら、その吸血鬼じみた異質な雰囲気や危行で知られています。噂では血を飲むことを生きがいにしているとか。


「……ふん。この国のワインは悪くない」


ロジャン様は短く呟き、赤ワインをまるで血液のように愛おしげに見つめました。


「サングラビアの方々の結束と能力は炎盟随一。……明日のパーティ、皆様がいてくだされば心強いですわ」


「我らは契約を重んじ仲間のために尽くす。……味方である限りは、な」


ナジーラ様が眼鏡の奥で目を光らせました。 サングラビアはかつてドラコニアの侵攻に対して激しく抵抗し、敗れて属国となりました。ですが、その「血の結束」は決して折れていません。 彼らはドラコニア皇帝に忠誠を誓いつつも、自国の誇りを何より大切にしています。一筋縄ではいかない相手です。


続いて私は、見るからに強者のオーラを放っているお二人に声をかけました。 アスラ連邦。実力主義の傭兵国家の女たち。


「ご機嫌よう、ゼニス執政官、カリマ副官」


私が声をかけると、鍛え上げられた肉体を持つ女性が、獰猛な笑みを浮かべて振り返りました。 アスラ連邦執政官にして最強の戦士団「鉄砂嵐」の団長、 ゼニス・アシュラ 。そしてその副官、 カリマ・クラ 。


「おう、アルーシャか。……お前は口が回る。明日のパーティ、エテルニアの古狸どもとの腹芸はお前に任せるぞ」


ゼニス様が杯を干しながら言いました。


「はい。お任せください。ですが、もし奴らが不穏な動きを見せたり、険悪なことになった時には……」


彼女は拳をバキリと鳴らしました。


「荒事はこっちに任しときな。あの白装束どもが調子に乗るようなら、その綺麗な服を真っ赤に染めてやるさ」


「……ふふ、頼もしい限りですわ。ですが、あくまで平和的なパーティですのでお手柔らかにお願いしますね?」


私が苦笑すると、副官の カリマ・クラ が冷静な声で口を挟みました。


「まぁ、パーティ会場で武力での仕掛けはないだろうね」


カリマ様は周囲を見渡しました。


「我々だけでもゼニスと私にナジーラ殿もいるし、アマリス様もいらっしゃる。それにアークランドの怪物達も当日はいると聞いたぞ。そんな場所で荒事を求めるわけがない」


「ああ、そうだな」


ゼニス様が面白そうにニヤリと笑いました。


「アークランドの怪力女王クラリッサは身重らしいが、娘も結構やるらしい。それに何より……ヴィヴィアナだ」


「ヴィヴィアナ・ド・ランサ殿、ですか」


「ああ。馬と槍を持ってなくても達人だ。我が全力でかかっても、足止めがせいぜいだぞ」


アスラ最強の戦士であるゼニス様にそこまで言わせる老騎士。 改めて、明日の会場に集う面々の恐ろしさを実感します。


最後に、私は一番奥の席で樽のようなジョッキを呷っている小柄な女性の元へ向かいました。


「くー! エヴェリンのビールもなかなかいい味だねぇ!」


豪快に笑うその女性は、 アストラ 。 モンタリア王国の第一王妃です。


(モンタリア王国は、ドワーフ族が多く住む山岳と鉱山の国。そして何より特殊なのは、この女系社会において唯一、「男が王になる」という伝統を持つ国であることね。第一王女がその世代の最も優秀な男と結婚してその男を王とする。……羨ましい文化だわ)


高い技術力で炎盟の中でも別格の地位を築き、他国といさかいがある時も仲介を頼まれるほどの影響力を持つモンタリア。アストラ様はその事実上の女王です。


「アストラ様。飲みっぷりがよろしいですわね」


「おう、アルーシャか! まあ座れ」


アストラ様はドワーフらしく豪快に笑いました。


「ま、堅苦しい話はいいさ。あたしが今回わざわざ来たのは、王子の顔を見るためだけじゃないんだ」


アストラ様はニヤリと笑いました。


「先月の顔見世で、モントルヴァルの外交官……イヴェットとか言ったか? あの娘が献上した『香炉立』の話を聞いてね」


「ああ、あの素晴らしい金細工ですか」


「そうさ。技術力じゃあウチが世界一だと思ってるがね、あの発想と仕上げには興味がある。……どんな職人が作ったのか、どうしても一目見ておきたくなってね」


技術屋としての好奇心。それが彼女を動かしたようです。


「イヴェットなら、明日会場にいるはずですわ。ご紹介します」


「頼むよ。……っと、おでましだな」


アストラ様が視線を入り口に向けました。


その瞬間。 ガヤガヤと騒がしかった食堂が、一気に静かになりました。


冷水を浴びせられたような静寂ではありません。 巨大な焚き火が投げ込まれたような、肌がチリつくような熱量と、圧倒的な「圧」が空間を支配しました。


「……お待たせした」


入り口に立っていたのは、二人の女性。


一人は、杖をつきながらも、知的な覇気を纏った女性。 ドラコニア帝国第三王女、 リリス・ドラコニア 。


そしてもう一人は、燃えるような赤髪と、琥珀色の瞳を持つ若き女性。 その身から溢れ出る魔力は、視覚化できそうなほど濃密で、荒々しく、それでいて王者の風格を漂わせていました。 アマリス・ドラコニア 。


(……空気が、変わった)


私は息を呑みました。 これが、ドラコニア。これが、炎盟の頂点に立つ者たちの覇気。


普通の人間なら萎縮して動けなくなるようなプレッシャーです。 ですが、不思議なことに、私は……いいえ、この場にいる全員が、どこか「安らぎ」にも似た感覚を覚えていることでしょう。


それは、絶対的な強者に守られているという安心感か。 あるいは、同じ「炎」をその身に宿す者としての共鳴か。


「……役者は揃いましたわね」


私は震える手を握りしめ、ニヤリと笑いました。 明日のパーティ。 この「炎」の化身たちが、エヴェリン王国の「光」と、エテルニアの「白」と出会う時。


一体、何が起きるのか。 時代が動く場面に参加者としていられることが、楽しみで仕方ありませんわ。

炎盟のメンバーの会話が好き

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