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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第65話「妖精族の恋心」

大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮客室 / シャエララ・ライトウィング(ティルナリア王国 外交官)


エヴェリン王国の王都リュミエールの夜は、魔法の灯りに彩られ、いつ見ても幻想的です。 明後日に迫ったヒイロ王子の「国外向けお披露目パーティ」を控え、街全体が祝祭の熱気に包まれています。


私は窓辺で紅茶を飲みながら、ふと溜息をつきました。 私の名はシャエララ・ライトウィング。深い森と霧に閉ざされた神秘の国、ティルナリア王国の外交官を務める妖精族です。


世間ではよく誤解されるのですが、「妖精の国」といえば私たちティルナリアのこと。 南にあるフィオラ王国は「エルフの国」であり、妖精族はほとんど住んでいません。 ですが、あちらにはアイリス・フェアリーという、世界中に商圏を持つ規格外の妖精族の大商人が拠点を構えているせいで、「フィオラこそが妖精の国だ」と勘違いしている方が後を絶たないのです。


「明後日のパーティでは、そんな教養のない方はいらっしゃらないと良いのですが……」


私はカップを置き、手帳を開きました。そこには、一か月前に行われた「国内向け顔見世」のメモが挟まれています。


本来、外国の外交官など呼ばれないはずのその席に、私は潜り込むことができました。 それは、エヴェリン王国の魔法大臣であり、私の親愛なる同胞であるエルドリン・シルヴァ様のおかげです。


「……あの時は、夢のようでした」


エルドリン様にエスコートされ、ヒイロ王子に拝謁した時のこと。 普段は研究室に引きこもっている彼が、私のためにおめかしをして、「君なら信頼できるから」と誘ってくださった。 男性が極端に少なく、さらに妖精族の男性となれば希少種中の希少種。そんな彼と並んで歩けたことは、外交官としての実績以上に、私個人にとって甘やかな思い出です。


(また……デートしたいな)


柄にもなく淡い乙女心を抱いてしまいますが、すぐに頭を振って仕事モードに切り替えます。 あの時、私が感じたのは恋のときめきだけではありませんでした。強烈な「口惜しさ」と「焦燥」もまた、私の胸に残っているのです。


あの会場に、「招待状なし」で潜り込んだ外国人は、私を含めて数えるほどでした。


一人は、フィオラ王国の アイリス・フェアリー 。 彼女は「光の同盟」における経済の女帝。正直、格が違いますし、エヴェリン王家とも長い付き合いがあります。彼女がいるのは当然でしょう。


もう一人は、トルヴァード連邦の アルーシャ・リリヤスカ 。 彼女については後の調べで、商業大臣ルシラ・ド・アルデンが、トルヴァードとの交易ルートを開拓するために手引きしたと判明しました。これも、外交戦略として納得できます。


ですが、最後の一人。 モントルヴァル公国の外交官、 イヴェット・カンガ 。


「……なぜ、彼女が?」


彼女は私やそのほか大勢の各国から送られている者たちと同じ「駐在外交官」という立場です。

しかも私よりずっと年下で、着任して日も浅い新人。 それなのに、彼女は誰の手引きでもなく、独自のルートで会場に入り込んでいました。


そして何より、彼女が献上した「黄金の香炉立」。 あれを見た時の衝撃は忘れられません。


私たちティルナリア王国は、アウローラ女王陛下がご懐妊されてからずっと、国を挙げてお祝いの品を準備してきました。 しかし、さすがに急遽の顔見世には間に合わず困り果ててしまいましたが、エルドリン様が颯爽と私の元にやってきて、最高級の「魔力増幅の魔導具」を用意してくださり献上品とすることができました。 アイリス・フェアリー殿も流石で、二度と手に入るか分からないほど貴重な天然香木をこの短期間で用意されていました。


それらは、どれも一級品だったはずです。 けれど。 イヴェットの香炉立は、それら全てを過去にしてしまいました。


『ナムルー大臣も舌を巻く高度な技術の結晶』『この時期のエヴェリンでは、男児を虫から守るためにローズマリーを焚く文化を理解した逸品』 『赤ん坊が触れても怪我をしない軽さと、倒れない重心設計』


ただ豪華なだけではない。使う相手への深い配慮と、完璧な技術。 女王陛下が妊娠してから準備していた私たちですら思いつかなかった「最適解」を、あの新人は、あの短い期間でどうやって用意したというのでしょうか。


(……恐ろしい相手です)


あのおどおどした態度は、きっと演技でしょう。 彼女の背後には、モントルヴァルだけでなく宗主国であるエテルニア大帝国の影が見え隠れします。 あれだけの活動にはとんでもない規模の後援があってこそでしょう。宗教国家エテルニアが、『聖(Holy)』を持つヒイロ王子に対して何を仕掛けてくるのか。 そして、それに呼応するように動き出すであろう、ドラコニア帝国の動向。


「明後日のパーティ……。イヴェットや他国の外交官がどう動くか、しっかりと見極めなければ」


私は小さくため息をつきました。 つくづく、私は妖精族の中で「苦労人ポジション」になってしまっている気がします。自由奔放な同族たちをまとめ、他国との調整に奔走し、気苦労の絶えない日々。


その時でした。


「あー、シャエララちゃん発見~! 暇だからおしゃべりしよーよー!」


ノックもなく扉が開き、軽い口調と共に一人の女性が入ってきました。 透き通るような羽に、光り輝く金髪。その美しさは、見る者すべてを瞬きさせないほどの美しさに満ちています。 我がティルナリア王国の元首、 エルウィン女王陛下です。


「……陛下。ノックくらいしてください」


「えー? いいじゃん、身内なんだしー。私とあなたの仲じゃないの~」


エルウィン陛下は、ポンッと私のベッドに腰を下ろし、足をぶらつかせました。 対外的には「荘厳な大妖精の女王」として振舞っていますが、中身はこれです。親しい人の前では完全にギャル。 流行りのものとイケメンが大好きで、今回も「ヒイロ君も見たいし、エリオン君とエルドリン君に会いたいから行く~♡」と言って聞かなかったのです。


「陛下。明日は朝から、アウローラ女王陛下や、カマラソラ公国のアルナーデヴィ公主をはじめ同盟国首脳と朝食会ですよ。午前中はずっと食事会を兼ねた会談なのですから、早くお休みになってください」


私が進言すると、陛下は頬を膨らませました。


「えー、マジで? つまんないー。政治の話とか超眠くなるんですけどー」


「それが女王の仕事です」


「ちぇー。……あ、そうだ! 今からエルドリン君のとこ行こうよ! 久しぶりにちょっかいかけに行きたいな~」


陛下が目を輝かせて提案します。


「ダメです!」


私は即座に却下しました。


「エルドリン様は、陛下のような『悪戯をしてくる妖精族の女性』が苦手で、国を出たのですよ!? ちょっかいをかけられるのを、本当に嫌がっていらっしゃるのですから、おやめください!」


「えー、だってエルドリン君、いじると面白い反応するんだもーん。イケメンだし」


「陛下!」


私が柳眉を逆立てると、陛下はニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべました。


「……なーんて。シャエララちゃん、必死すぎ~」


「っ……!」


「もしかして~、エルドリン君のこと、好きなの? 独占したい的な?」


図星を突かれ、私の顔がカッと熱くなりました。


「な、ななな、何を仰るのですか! 私はただ、同胞として、そして大臣としての彼を尊重して……!」


「あはは! 顔真っ赤~! ウケる~!」


陛下は楽しそうに手を叩きました。


「まあいっか。シャエララちゃんがそこまで言うなら、今日は我慢してあげる。……明日も明後日も、楽しみだねー!」


陛下は嵐のように言いたいことだけ言って、部屋を出ていこうとします。


(……はぁ。絶対に私をからかうために来たわね)


私が呆れて肩を落とすと、陛下はドアノブに手をかけたまま、ふと思い出したように振り返りました。


「あ、そうだ。一個だけマジな仕事のオーダー」


声のトーンは軽いままですが、その瞳の奥がスッと細められた気がして、私は思わず背筋を伸ばしました。


「モントルヴァルの外交官ちゃん……イヴェットだっけ? 彼女のことは、まあ放っておいていいよ。あれは無害だし、むしろ面白いことしてくれそうだから」


「はあ、そうですか……? かなり優秀な方だと警戒していますが」


「んー、優秀だけど『敵』じゃないね。それよりもさ」


陛下は王宮の外、ドラコニアの使節団が滞在しているであろう方角を、楽しげに、しかし冷徹な眼差しで指さしました。


「ドラコニアのリリスが連れてきてる女の子……アマリスって子。あの子のこと、会場でしっかり見ててね~」


「アマリス・ドラコニア……ですか? まだ情報の少ない人物ですが」


「うん。なんかねー、ビリビリくるんだよね。私の『Harmony(和)』がざわつくっていうか……。たぶん、とびっきりの『変化をもたらす者』を連れてきちゃってると思うんだ」


「……!」


陛下は500年を生きる大妖精。その直感は、どんな諜報機関の情報よりも鋭く、正確です。その陛下がそこまで言う相手。


「ま、よろしくね~!」


陛下はそれだけ言い残すと、ひらひらと手を振って部屋を出ていきました。


「……やはり、只者ではありませんね」


残された私は、どっと疲れが出てその場に座り込みました。 普段はあんな調子ですが、国の命運を左右する勘所だけは絶対に外さない。 だからこそ、私たちはあの自由奔放な女王についていくのです。


「これから……忙しくなりそうです」


私は熱くなった頬を両手で冷ましながら、ベッドに入りました。 イヴェットへの警戒よりも、未知なる脅威アマリスへの注視。そして陛下の制御。 胃が痛くなりそうな任務の数々を思い浮かべながら、それでも、またエルドリン様に会えることを密かに楽しみにしつつ、私は眠りにつくのでした。

ギャル口調のキャラは前から出したいと思っててようやく出せました。

エルウィン女王は最高位の存在ですが、親しい人にはギャル口調で距離感近く関わってきます。

妖精族は基本距離感近いですが、その最たる存在です。

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