第64話「遠い異国での知り合いとの食事」
大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール シュミットハウゼン商会 / イヴェット・カンガ
「……あかん、また胃がキリキリしてきたわ」
夕闇が迫るリュミエールの街。窓の外では明後日の諸外国向けの顔見世パーティを待ちきれん人らの活気で溢れとるけど、シュミットハウゼン商会の応接室におるウチの心境は、冬の北海より冷え冷えとしとった。
「こんばんは、ヘルガ。色々と準備をありがとう。おかげで助かったわ」
扉が開いて入ってきたんは、我がモントルヴァル公国の宰相、クロードゥィーヌ・バロ様や。 40代の働き盛り、頭脳明晰で実務の鬼。いつも眉間に皺寄せて書類と格闘しとる苦労人が、今日はさらに一段と険しい顔をしてはる。
「宰相殿、ようやく着いたかい。……それにしても、あんたの目は節穴だねぇ」
横でふんぞり返って座っとったヘルガ会長が、鼻を鳴らして口を開いた。
「こんなに優秀なイヴェットを、ろくに活動資金も渡さんと放置しとったことだよ。 おかげでこの娘、日雇い労働で食いつないどったんだよ? うちの商会が支援してなきゃ、今頃行き倒れてたかもしれないねぇ」
ヘルガ会長がウチを褒めつつ、クロードゥィーヌ様に「恨めしいわぁ」ちゅうニュアンスをたっぷり込めて視線を送る。さらに、畳みかけるように言った。
「それに、金だけの話じゃないよ。あんた、こいつの上げてきた報告書、ちゃんと読んでたのかい? 現場の生の情報をこれだけ吸い上げてたのに、それを国策に、ま~~~ったく活かせてなかったじゃないか。宝の持ち腐れだよ、ふん!」
「ひぃっ! 会長、その辺で! 宰相閣下、違うんです、ウチが好きでやったことで……!」
「……いいえ、イヴェット。申し訳ありませんでした」
閣下が深々と頭を下げた。え、嘘やん、宰相様がウチに謝った!?
「あなたの報告書の価値を見抜けず、苦労をかけた。……だが、今後は違う。イヴェットの実績は本国でも高く評価されている。これからの王都での動き、そして明後日のパーティ。あなたの手腕に、モントルヴァルの未来を、改めて託させてほしい」
「は、はい! 精一杯、頑張りますっ!」
(いやいや、実績言うても、ウチはただ金なくて自作しただけやし、飲み歩いて情報拾っただけなんやけど……! なんでそんな大変なことさらっと言うのぉ!? 明後日に向けての恐怖感が半端ないんやけど!)
心の中で絶叫するウチをよそに、閣下と会長は事務的に今後の予定をすり合わせ始めた。
「……さて、立ち話も何だ。今日は晩餐に昔馴染みを呼んでいる。ルナリア大公国の宰相、 ノクターナ・ディ・ステッラ のことは知っているね?」
「ノクターナ……。あの『Night(夜)』を司る策士ですか」
閣下が真剣な顔で頷く。
「彼女はルナリア族きっての才媛だ。 銀白の髪に蒼い瞳を持つルナリア族らしい見た目もだが、文武両道、そしてなにより野心家。今回の王子の件、彼女がどう動くかで見極める必要がある」
ヘルガ会長は声を潜め、意味深に笑った。
「あ、ソフィアお嬢ちゃんも呼んであるからね。……閣下、ノクターナには、あの子がどういう人となりか、正しく知っておいてもらおう。ノクターナは野心家だが、とても有能だし仁義は守る奴だ。こういう局面では、必ず味方につけておきたいからね」
(うわぁ……名前が出るたびに大物すぎて胃が死ぬ。ってか今から……ルナリア大公国の宰相とか、宗主国の次期宰相のソフィアちゃんがここに来て、うちの宰相と会食ってこと? そんなとこ、すぐ逃げ出したいんやけど...宰相とご飯食べるって聞いたらうちの宰相だけやと思うやん普通は!!)
***
そして、商会に併設された最高級のダイニングルーム。
「ノクターナ・ディ・ステッラ様がご到着されました」
支店長の声に合わせて扉が開いた瞬間、ウチはポカーンという音が出そうな顔になっとった。入ってきたんは、銀白の髪をなびかせ、蒼い瞳を輝かせた、中性的な超絶イケメン……いや、女性。 ルナリア大公国宰相、ノクターナ・ディ・ステッラ様。
(……なんやこれ。絶世の美男子が入ってきたかと思ったぞ)
「ご機嫌よう、ヘルガ。それにクロードゥィーヌ、久しぶりだ。……そちらがオルデン家のソフィア嬢と噂のイヴェットかな?」
ノクターナ様は、凛とした声で挨拶した。既に席に着いていたソフィアちゃんが「お初にお目にかかります!」と頬を赤らめて立ち上がる。慌ててうちも立ち上がって「はじめまして」と挨拶する。
食事が運ばれ、ワインが注がれると、話題はすぐに各国の動向、そしてヒイロ王子のことへと移った。
「イヴェット、君はヒイロ様をどう思う?」
ノクターナ様に不意に振られ、ウチは先日の顔見世を思い出しながら答えた。
「……うちらからしたら大事すぎる存在やと思います。何でもしてあげたくなるくらいには」
(そりゃもう大事やで。ウチらが作ったあの香炉立を見て、キャッキャと手ぇ叩いて喜んでくれた最高のお客さんやからな! あの笑顔のためなら、また徹夜でなんか作ったろかと思うくらいには、ええ子やったわ……!)
そんなウチの思いなど知る由もなく、ノクターナ様は真剣な顔になり、目を細めた。
「……ほう。よく分かってるじゃないか」
彼女はグラスを揺らし、ゆっくりと語り始めた。
「彼は……単なる『聖なるWordを持つ王子』ではない。 Wordはその人間の在り方の象徴 だ。 彼が産まれるまでは、昨今の世界情勢はエテルニアとドラコニアが対立する価値観から戦争になるかもというだけの話だった。だが、彼という存在が 世界の流れを変えてしまった んだよ」
ノクターナ様は続けた。
「炎と竜を象徴とするドラコニアには皇帝が『Flame(炎)』を持ち、王族の中の若い奴には『Dragon(竜)』を持つ者もいるらしい。 この存在がいるだけでドラコニアは炎盟の頂点に君臨できうる。……その一方で、対立する我々には、いや、エテルニア大帝国様にはそんな存在がいるかい? ソフィア嬢」
ソフィアちゃんは、悔しそうに唇を噛んでからゆっくりと答えた。
「……確かに、我々の象徴は神聖や清浄など、神に繋がる言葉だと思いますが、現在の我が国にはそのようなWordを直接持っている人はいません」
「つまりね」
ヘルガ会長が、少しシリアスな、けれどどこか面白がるようなトーンで口を挟んだ。
「エテルニアはヒイロを何でもしてあげるから自分たちの元に欲しいし、ドラコニアはそれを全力で妨害する。あるいは、彼を手に入れてエテルニア征服の正当な理由にするかもしれないってことさ。怖い話だねぇ」
「ははは、笑えませんわ、会長」
(笑えへんて、ほんまに。さっきから国の象徴やの、世界の流れを変えたやのって……話がデカすぎんねん! ウチから見たら、あの子はウチらの作った香炉立を見てキャッキャ言うてくれた、ただの可愛らしい天使ちゃんやで? それが世界大戦の火種とか、あんたらの脳みそは危険物の塊でできとんのか! 頼むから平和に育ってくれよ、もう胃薬足りひんわ……)
ウチが引きつった笑いを返すと、ノクターナ様が頷いた。
「だからこそ、エテルニアもドラコニアも、今回の顔見世には重鎮を送り込んできている。 私が今回、最も警戒しているのはドラコニアの リリス・ドラコニア だ。あの女は、ドラコニア随一の策略家だぞ」
ノクターナ様の声に、冷徹な響きが混じる。
「これまで挑発行為や小競り合いが続いていた国境地帯で、あの女が西部執政官に就いてからは争いごとがぴたりと止まった。あの蛮族どもを完全に統括しているのは恐ろしいことだ。姉二人に皇帝の座は譲るようだが、逆に言えばエテルニア相手に戦争したいがために、西部で力を溜めているとも言える。うちの暗部の得た情報では『Dragon(竜)』を持つ者を決戦に向けて秘密裏に鍛えているという噂もある……極めて危険な人物だ。そんな女がドラコニアから使節として来ている」
その話を聞いて、ウチの脳裏に昼間の出来事がフラッシュバックした。
「……あの、もしかして」
ウチの呟きに、全員の視線が集まった。
「今日のお昼、アークランドの騎士団の人たちが珍しく武器屋に来てて話してたんですけど……。ドラコニアの使節団の代表が連れてた若い女の竜人が、あのアークランド騎士団長、ヴィヴィアナ・ド・ランサ殿や、名のある武官達と互角に剣を交えたらしいんです。どうもドラコニアの使節団はアークランド王国の王族や辺境伯と一緒に道中移動してきたようで、強い人達が集まって話が弾んでいたとか言うとりました……」
ウチはごくりと唾を飲み込んだ。
「もしかして……その使節団にいる若い竜人の女が 『竜(Dragon)』 を持ってる王族の子なんちゃいますか? さっきのノクターナ様の予測が当たってるとすると、国の象徴になるような人は同じく国の象徴になる人に強い興味を持っとる気が……」
一瞬、部屋が静まり返った。
ノクターナ様とヘルガ会長が顔を見合わせて頷き、それから真剣な目でウチを見た。
「『竜(Dragon)』 を持つ王族の情報は、ドラコニアにとって極秘事項になっているらしく、どんな人物なのか分からないままだった。国外に出てくるとは思ってもみなかったが、もし本当に来ているとしたら、この機会に人物像を必ず調べなければな。先に相手の存在を知れたことは大きいな」
「宰相殿、うちのイヴェットは厳しい状況下でも本当に優秀だね」
ヘルガ会長のとげ付きの言葉に、クロードゥィーヌ様が苦笑いしながら、しかし誇らしげに頷いた。
「ええ。彼女は本当に、我が国にとってかけがえのない、優秀な外交官です」
(ひぃぃ、また余計な事言うてもうた! ただの武器屋の世間話やのに! これ絶対、明後日のパーティで何かしてこいとか無茶振りされるやつやん! )
ウチは、冷めかけたスープを胃に流し込み、来るべきパーティの嵐を予感して震えるしかなかった。
ノクターナ様は、そんなウチを見つめながら、静かにワインを喉に流し込んだ。 夜はまだ始まったばかりだ。
宝塚の歌劇団のスターって男役もしてますが、普通に女性としても美人ですよね。
ノクターナはそんな感じの歌劇の主役みたいな感じです。




