第63話「竜の名を冠する小王女」
大陸歴 2791年 7月 / アークランド王国 街道 / アマリス・ドラコニア(ドラコニア帝国 小王女)
乾いた風が吹く北方の草原とは違う、湿り気を帯びた穀倉地帯の風が私の頬を撫でる。 アークランド王国の街道は、噂通り良く整備されていた。馬の蹄が心地よいリズムを刻む。
「……豊かな土地ですね、リリス様」
私は愛馬の手綱を握りながら、隣を行く師匠に声をかけた。 ドラコニア帝国第三王女にして西部執政官、リリス・ドラコニア。私の敬愛する師であり、上官でもある。 幼少期の落馬事故により片足が不自由な彼女は、馬ではなく豪奢な馬車に乗って移動している。窓から覗くその瞳は鋭く、かつ知的に周囲の地形を観察していた。
「ああ、アマリス。この豊かな実りが、アークランドの強靭な騎士たちを育てる糧となっているのだ」
リリス様は静かに、だが断定的に答えられた。 今回の旅は、エヴェリン王国の王子誕生を祝うための使節団だ。だが、その道中は異例の厚遇を受けている。 我々の隊列の前後を固めるのは、アークランド王国の精鋭騎士団。そして、その中央にはアークランドの女王旗が翻っていた。
女王クラリッサ・アークランド陛下ご本人と、その娘たちが、我々をエヴェリン国境まで護衛するというのだ。 建前は「同盟国の賓客への敬意」だが、実態は「ドラコニアの動向を肌で感じるための視察」だろう。
「……面白い」
私は口元を歪めた。 私のWordは『Dragon(竜)』。支配と力を象徴する言葉。 強い者を見るだけで、血が騒ぐ。そしてこの旅には、強者が揃いすぎていた。
***
一日目の野営地。 夕食を終えた後、私はたまらずある人物のもとへ足を運んだ。
「……アークランド騎士団長、ヴィヴィアナ・ド・ランサ殿とお見受けする」
焚き火のそばで武具の手入れをしていた老婦人が、ゆっくりと顔を上げる。 優雅な老婆に見えるが、その身から立ち昇る気配は、巨大な槍そのものだった。
「ほう。ドラコニアの小王女殿下ですな。このような年寄りに何用かな?」
「指南を乞いたい。……『槍の女帝』と呼ばれる貴女の武、この肌で感じさせていただきたい」
無礼を承知で申し出ると、周囲のアークランド兵たちがどよめいた。 だが、ヴィヴィアナ殿は楽しげに目を細めた。
「よかろう。若い竜の牙、見せてもらおうか」
彼女が立ち上がった瞬間、空気が変わった。 私は訓練用の剣を、彼女は手近な棒切れを手にする。
「参ります!」
私は身体強化の魔術を全開にし、踏み込んだ。 Sランクの魔力と、竜の身体能力。並の騎士なら視認すらできずに吹き飛ぶ速度だ。
だが――。
「遅い」
一瞬だった。 私の剣は空を切り、気づけばヴィヴィアナ殿の棒切れが、私の首筋にピタリと添えられていた。 速さではない。技術、間合い、そして「理」。全てにおいて上回られている。
「……っ」
「良いバネをしておる。だが、力に頼りすぎておるな。もっと『流れ』を見るのじゃ」
悔しい。だが、それ以上に歓喜が湧き上がる。 久方ぶりに出会った、私より明確に「強い」と断言できる存在。世界はまだ広い。
「……もう一本! お願いします!」
私は剣を引き、頭を下げた。ただ負けただけでは終われない。この「理」を、少しでも間なんで強くならねば。潜在的な敵国であるドラコニアの武官にどこまでご教授いただける川分からぬが.....。
「ふむ、熱心じゃな。よかろう」
そこから、私にとっての即席の修業が始まった。 何度打ち込んでも、柳のようにいなされ、急所を突かれる。だが、その度にヴィヴィアナ殿の棒切れが示す「軌道」と「呼吸」が、私の体に刻まれていく。
「力で押すのではない。相手の力に乗るのじゃ」
「はい!」
数合、数十合。 息が上がり、汗が噴き出す。だが、私の剣筋は確実に鋭さを増していた。
「……あ、あの!」
その様子を見ていたアークランドの王族たちの中から、一人の少女が進み出てきた。 第一王女、アレクサンドラ・アークランド。まだ年若いがSランクの魔力と母親譲りの剛の剣を使うと噂の逸材だ。
「わ、私とも! 私とも一手、ご指導願えませんか!」
彼女の瞳には、武人としての純粋な渇望があった。 ヴィヴィアナ殿は「ふっふっふ」と笑って棒を捨て、私に目配せをした。
「どうじゃ、小王女殿下。次はあやつとやってみるか?」
私は汗を拭い、ニヤリと笑った。
「いいだろう。来い」
アレクサンドラの剣は、鋭く、重かった。 膨大な魔力に任せた一撃は、岩をも砕く威力がある。アークランドの騎士道精神を体現したような、実直で重厚な剣技。
「くっ……!」
重い。だが、単調だ。 私はヴィヴィアナ殿との手合わせで掴んだばかりの「流れ」を意識し、彼女の重剣を受け流す。
(なるほど……これがアークランド流か)
正面からの突破力と、防御を捨て身で粉砕する圧力。 ドラコニアの遊撃戦術とは真逆の、「守るための攻め」。 私は彼女の動きを観察し、その重さを体感しながら、自分の糧として吸収していく。
「そこだ!」
私は彼女の剣をいなし、側面から蹴りを入れた。 彼女は吹き飛び、受け身をとって立ち上がるが、その首元にはすでに私の剣が突きつけられている。
「……っ、強い」
「筋は悪くない。だが、力任せでは動きが読まれるぞ」
「はい……! 勉強になります!」
アレクサンドラは目を輝かせている。私より弱いが、そのポテンシャルは凄まじい。 その横で、第二王女のヴィクトリアが「化け物同士の戦いね……」と絶句しているのが見えた。
少し離れた場所では、リリス様とクラリッサ女王がワインを片手に談笑していた。
「若いというのは良いものだな、リリス殿。見ろ、あの躍動を」
クラリッサ女王は、威厳のある、しかしどこか温かい声で言った。
「ああ、見事だ。クラリッサ陛下の姫君も、素晴らしい剣筋を持っている」
リリス様が知的に微笑むと、クラリッサ女王は静かにワインを口にした。
「光の同盟と今はまだ、事を構える気はまったくない。だが、こうして若者同士が剣を交えるのは悪くないものだ」
「同感だ。我々も、無益な血を流すつもりはない」
軽いトーンだが、そこには確かな不可侵の合意があった。
***
二日目の夕刻。我々はエヴェリン王国との国境に到着した。 そこで待っていたのは、眼鏡をかけた穏やかな表情の人物だった。
「ようこそ。ここから先は、私が護衛を務めます」
エヴェリン王国北方辺境伯、カイネ・スティールウィンド。 遠目には一見、私の師匠リリス様のような軍師か内政官のようにも見える優しく知的な雰囲気だ。 だが、馬を寄せて近づくにつれ、その印象は覆った。 大柄な鍛え抜かれた肉体、そして顔にまで刻まれた古傷。その身から放たれるのは、紛れもなく歴戦の勇士の覇気だった。
その夜の野営地。 私は性懲りもなく、カイネ殿にも手合わせを申し込んだ。
「……やれやれ。アークランドの方々から、ドラコニアの姫君は武芸熱心だと聞いてはいたが」
カイネ殿は苦笑しながらも、模擬剣を手に取った。 文官のような顔つきと、武人の肉体を持つ奇妙な人物。だが、構えた瞬間にその実力が本物だと悟った。
「シッ!」
カイネ殿の剣は、私の攻撃を「盾」のように弾き、その反動を利用して突き込んでくる。 魔力で障壁を展開しながら突撃する、攻防一体の戦術。
数合打ち合い、私はわずかに押し負けて尻餅をついた。
「……強い」
「お互い様ですな。……まったく、どいつもこいつも脳筋だなぁ」
カイネ殿は眼鏡の位置を直しながら、呆れたように言った。 だが、その表情は嫌そうではない。むしろ、同類を見るような親しみがある。
「エヴェリンは文化的な国だと思っていたが……武力においても見るべき所があるようだな」
私は土を払いながら立ち上がった。 ヴィヴィアナ殿やアレクサンドラに続き、カイネ殿。戦をしない国々だと思っていたが、どれだけ怪物が住んでいるのか。
その後、私たちは焚き火を囲み、馬の話で盛り上がった。
「なるほど、ドラコニアの騎馬は軽装で速さを重視するが、エヴェリンの騎馬は魔力障壁で防御力をカバーするのか」
「ああ。平原での衝突力を高めるためにな。だが、旋回性能ではそちらの馬には勝てん」
騎馬戦術に理解が深いカイネ殿との会話は、時間を忘れさせるほど楽しかった。 ドラコニアの騎馬戦術は隠すようなものでもない。私は自国の戦術を語り、カイネ殿の戦術論を吸収した。
***
三日目。 ついに、エヴェリン王国の王都リュミエールが見えてきた。 城門の前には、出迎えの騎士団が整列している。
その先頭に立つ二人の女性――おそらくは騎士団長や副団長クラスの人物......を見た瞬間、私の背筋に再び電流が走った。
(……ほう。あそこにも、良さそうな手練れがいる)
特にあの小柄なエルフと、先頭の騎士。どちらも強者の雰囲気を纏っている。 私は自然と口元が吊り上がるのを抑えきれなかった。
「アマリス」
馬車の中から、リリス様の静かな、しかし力強い声が響く。
「王都では立ち合い禁止だ。おとなしくしているんだぞ」
「……はい、師匠」
私は渋々頷いたが、胸の高鳴りは止まらない。
正直、ヒイロ王子という赤ん坊そのものには、そこまで興味はない。師匠に「異国への旅は必ず得るものがある」と言われてついてきただけだ。 だが、この国に来るまでの道中で出会った強者たち。 異国の強者がここまで想像外にいるのなら......。
(ヒイロ王子についても、想像外の驚きがあるかもしれない)
これほどの強者たちを従え、守られる存在。 彼が持つという『Holy(聖)』の輝き、そしてSランクの魔力。
「楽しみだ……」
私は王都の門をくぐりながら、単なる征服欲ではない、未知なる存在との「出会いの予感」に身を震わせた。
こういう脳筋的な体育会系な付き合い好きです。文科系や仕事の付き合いでは得られない距離感は大人になっても宝ですね。




