第60話「怪物たちの足音」
大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 円卓の間 / アウローラ=エヴェリン(エヴェリン王国女王)
夜の帳が下りた王宮の最深部、「円卓の間」。 普段は国の重鎮たちだけが集うこの場所に、今夜は新しい風が吹いていた。
私の娘たち――クラリス(12歳)、ルミナ(10歳)、セラフィナ(9歳)、ヴァレリア(7歳)の4人が、末席とはいえこの重要な会議に参加しているのだ。 まだ幼い彼女たちだが、その瞳には王族としての自覚と、弟ヒイロを守るという強い意志が宿っている。
「……さて、来週に迫った『国外向け顔見世パーティ』について、最終確認を行いましょう」
進行役の宰相リリアが、張り詰めた空気の中で切り出した。
6月の「祝福の儀」でヒイロの『Holy(聖)』とSランクの魔力が公表されてから一か月。世界中の視線がこのエヴェリン王国に注がれている。今回のパーティは、単なるお披露目ではない。各国の思惑が交錯する、巨大な外交戦場だ。
「その前に、一つ提案があります」
手を挙げたのは、副騎士団長のセラだった。
「ヒイロ様の護衛についてです。警備体制はライラ団長と共に敷いていますが、万が一、至近距離での不測の事態に備えて、ヒイロ様ご自身に持たせておく『護身用の魔導具』が必要だと考えます」
セラは視線を魔法大臣エルドリンと工業大臣ナムルーに向けた。
「ヒイロ様はまだ赤ちゃんだ。自分では魔法を使えない。だから、攻撃を受けたら自動で防いでくれるような、あるいは我々に即座に危機を知らせるような道具があれば心強いのですが」
「ふむ、なるほどねえ」
エルドリンが顎に手を当てて考え込む。
「『Holy(聖)』の影響はまだ調査中だけど魔力量は膨大だから、それを動力源にすれば、かなり強力な自動防御を張る魔道具が作れるかもしれないね。……どうだい、ナムルー大臣。器の方は頼めるかな?」
「任せな。最高の素材を使って、赤ん坊の肌にも負担にならない極上のアクセサリーに仕上げてやるよ」
ナムルーが自信満々に腕を叩く。
「ボクも手伝う! ヒイロの魔力波長なら、もう解析済みだから!」
次女のルミナが身を乗り出した。彼女はすでに魔法研究の最前線にいる。
「ええ、頼もしいわね。エルドリン、ナムルー、そしてルミナ。大至急、ヒイロのための盾を用意してちょうだい」
私が承認すると、軍事と技術のトップたちが力強く頷いた。
「では、参加者の確認に移ります」
リリアが分厚いリストを広げた。その顔には、隠しきれない緊張の色が浮かんでいる。
「今回の来訪者は、まさに各国の『怪物』揃いです。……心して聞いてください」
リリアが名前を読み上げていく。私はその一人一人を脳内で反芻し、対策を練る。
「まず、『光の同盟』諸国から参加者をご説明します。お手元のリストをご確認ください」
「『光の同盟』参加者リスト
・アークランド王国クラリッサ・アークランド女王、第一王女アレクサンドラ・アークランド、第二王女ヴィクトリア・アークランド、騎士団長ヴィヴィアナ・ド・ランサ。
・フィオラ王国:長老ニンフェア・フィオラ、外交官リリオン・エストリア、大商人アイリス・フェアリー。
• カマラソラ公国:アルナーデヴィ・カマラソラ公主。
• ティルナリア王国:エルウィン女王、外交官シャエララ・ライトウィング。」
「アークランドは、第一王女だけでなく、第二王女のヴィクトリアまで連れてくるのね……」
私がリストを見ながら呟くと、外務大臣のミラナが真剣な表情で頷いた。
「ええ。それにアークランドだけでなく、フィオラ王国の事実上のトップである長老、カマラソラ公国の公主、ティルナリア王国の女王……すべての同盟国が、国を代表する長自らが来訪されます。これは、今回の顔見世に対する重要度と、ヒイロ王子への期待値の表れでしょう」
「国内の護衛に関しても、万全を期しています」
騎士団長のライラ・ウルフスベインが胸を張って報告する。
「国内からはダリア・ウォーデン侯爵とリンディス・ヴェルダント伯爵にも、軍装での参加を要請しております。有事の際は、彼女たちが我々と共に即座に壁となります」
これらは我々の防波堤だ。問題は、ここから先。
「次に、『永遠条約圏(エテルニア陣営)』です」
リリアの声が低くなる。
「エテルニア大帝国からは、大司教デリアンナ・フォン・リヒト、次期宰相候補のソフィア・フォン・オルデンの二名」
ミラナが柔らかい口調で話す。
「昼間の会談で、ソフィアさんとは一定の協力関係を結べました。彼女は裏の仕事には関わっていないご様子でしたね」
ナムルーが腕を組みながら苦い顔を作る。
「だが、デリアンナ大司教は油断ならないね。表向きは聖職者だが、裏では帝国の諜報を握る女狐だ。ソフィアお嬢ちゃんを隠れ蓑にして、何を探ってくるか分かったもんじゃない」
リリアがナムルーの発言に頷きながら続ける。
「アムリティン王国からは、外務大臣 レイラ・ナディーム 」
その名が出た瞬間、部屋の空気が凍り付いた。
「……彼女は危険です」
リリアが警告する。
「アムリティンは『研究のためなら倫理を捨てる』国。レイラは、その狂気的な研究のための資金を外交で稼ぎ出している女です。ヒイロの『Holy(聖)』やSランクの魔力を、信仰の対象としてではなく、『希少な実験材料』として見てくるリスクがあります。獣人や異教徒を使って平気で人体実験をしているという噂が絶えない国です……」
「……絶対に隙を見せてはいけませんね」
ミラナの言葉に、ライラが剣の柄に手をかけた。
「いざとなれば、私が斬り伏せます」
「アタシもだ。どんな手を使ってでも排除する」
セラも目を光らせる。頼もしい武人たちの言葉を受け、私は低い声で呟いた。
「……あの子に指一本触れさせないわ」
その言葉に、長女のクラリスも強く頷き、王女としての覚悟を示した。
リリアが参加者リストを読み進める。
「ルナリア大公国からは、宰相ノクターナ・ディ・ステッラ。シーラ王国からは、大神殿長ジョヴァンナ・ディ・ラグーナと大神官ミレッラ・ディ・フィアンマ」
「どこも宰相や大神殿長クラスが来るのね……」
私は小さくため息をついた。エテルニアの衛星国とはいえ、一国の政治や宗教のトップが顔を揃えるなど、前代未聞だ。
「ヴァルクール公国からは、大司教ノア・ウィルデン」
「……意外ね。てっきり武官が来るかと思ったけれど、穏健派のノア大司教なら、まだ対話の余地はあるか」
「あるいは、ヒルダ・ザ・ヴァルクールの入れ知恵かもしれませんわ。油断は禁物です」
「そして、モントルヴァル公国からは……宰相 クロードゥィーヌ・バロ 、大商人ヘルガ・シュミットハウゼン、外交官イヴェット・カンガ」
クロードゥィーヌ・バロ。 その名が読み上げられた時、工業大臣のナムルーがふっと口元を緩めた。
「クロードゥィーヌか……。懐かしい名前だね」
ナムルーは目を細め、どこか遠い昔を見るようにニヤリと笑った。
「あたいがモントルヴァルにちょいといた頃、まだ若かったあいつが王宮の隅で、胃をさすりながら書類と格闘してるのを何度か見かけたよ。……昔から眉間の皺が消えない女だったが、まだ苦労してんのかい。可哀想に」
「……知り合いなのですか?」
私がそういえばファミリーネームが同じだと思いながら尋ねると、彼女は肩をすくめた。
「遠い親戚さ。生きる世界は違うがね」
元モントルヴァル公爵家の血を引くナムルーと、現宰相のクロードゥィーヌ。二人の間には、私たちが知らない因縁と、職人の国特有の絆があるのかもしれない。
「最後に、『炎盟(ドラコニア陣営)』です」
リリアが最後のページをめくる。
「ドラコニア帝国からは、使節団トップとして 王女リリス・ドラコニア 。そして アマリス・ドラコニア 」
「リリス……現女帝の三女ね。西部執政官としてエテルニアとの国境を管理している実力者。……エテルニアと接している西部地域の責任者が来るということは、ヒイロの価値だけでなくエテルニアの出方も見定めに来たということでしょうね。同行者のアマリスという女性は知らない人だけど、どんな人なのから」
私が警戒心を露わにしながら尋ねると、ミラナが「陛下」と手を挙げた。
「その同行者について……現地のアナスタシアから詳細な情報が入りました」
ミラナの表情は、いつになく真剣だった。
「アマリス・ドラコニアは、ただの同行者かと思いましたが、とんでもない存在かもしれません」
ミラナは詳細に説明するつもりらしく資料を広げた。
「現在のドラコニア女帝、サラリナ・ドラコニアには3人の有力な娘がいます。中央政権を押さえる第一王女カリナ、東部執政官を務める第二王女カラリス、そして西部執政官の第三王女リリス」
ミラナは一呼吸置いた。
「アマリス・ドラコニアは、その第一王女カリナ・ドラコニアの次女です。現在懸念されている女帝崩御の後の後継者争いには出てこない世代のはず……。ですが、彼女は『Dragon(竜)』のWordを持ち、魔力量は膨大。武術も学問も天才と謳われる才女なのです」
「『Dragon(竜)』……!?」
場がざわめく。 竜を旗印にするドラコニア帝国において、その言葉が持つ意味はあまりに重い。エテルニアにとっての『Holy(聖)』とドラコニアにとっての『Dragon(竜)』は同じように国を表すWordなのだ。
「彼女は現在、第三王女リリスのもとで武官として働きつつ、リリスを師と仰ぎ、最前線で戦術を学んでいるとのことです」
「……なるほど」
私は手を組み、唸った。
「竜人とも呼ばれるドラコニア人は、寿命が長い傾向にあります。まだ25歳のアマリスは修行中という扱いでしょうが……次世代の主力、いえ、将来の皇帝になり得る女というわけね」
ミラナが頷きながら答える
「顔見世の場で逆に我々も彼女がどういう人物か注目しておくべきです」
「賛成だ、これだけの人物が揃うのはこちらも理解を深めるチャンスだ」
リリアが賛成しつつ次の参加者の名前を挙げる。
「アスラ連邦からは、執政官 ゼニス・アシュラ と、副官 カリマ・クラ 」
名前を聞いた瞬間、騎士団長のライラの雰囲気が変わる。
「ゼニス・アシュラ……。『鉄砂嵐』の団長が自ら来るとは。彼女は生粋の武人です。個の武力だけで言えば、この会場に来る中で最も危険な人物の一人でしょう」
「副官のカリマ・クラも厄介だぞ」
セラが顔をしかめて補足する。
「あいつは『Claw(爪)』のWordを持っているクラ族の族長だ。こいつも強い。……アスラは本気でエヴェリンの『強さ』を測りに来てるな」
「モンタリア王国からは、第一王妃 アストラ 。モリガノン王国からは、宰相 クセニア・ヴァレリエヴィッチ と、王弟 イリヤ・ヴァレリエヴィッチ のご夫妻」
「アストラ王妃は、実質的なモンタリア王国の最高指導者ですわね」
ルシラがメモを見ながら言うと、ミラナが苦笑した。
「モリガノンの宰相夫妻は……夫のイリヤさんの方が厄介かもしれませんわね。彼のファンは世界中に多いですし、あのセクシーさは若い女性にとっては目の毒ですわ」
「ああ、彼は……」
夫のエリオンが困ったように眉を下げた。
「男性としては尊敬するし、素晴らしい人物だけれど……アウローラとリリアには、あまり近寄らせたくないね」
「あら、嫉妬? 可愛いところあるじゃない」
私がからかうと、エリオンは顔を赤くした。
「サングラビア王国からは、ナジーラ・バヌ・サングラビア と ロジャン・バヌ・カズミール 。そして トルヴァード連邦からは、クルタガン・カランベイ 大臣と アルーシャ・リリヤスカ 外務大臣」
「サングラビア王国……。私は面識がありませんわね」
ミラナが首を傾げると、セラが口を開いた。
「ナジーラ・バヌ・サングラビアの名前は知っている。確かサングラビア女王の妹で、Word持ちの文武両道の重臣のはずだ。あそこは血族意識が強いからな、女王の名代として下手な奴は寄越さないだろう」
「トルヴァード連邦についてはご安心を」
商業大臣のルシラが、自信満々に胸を張った。
「先日の密会で、しっかりと味方に付けておきましたわ。クルタガン大臣もアルーシャ外務大臣も、エヴェリンとの交易拡大に乗り気です。彼らは防波堤として機能してくれるでしょう」
全員の名前が読み上げられ、部屋に重苦しい沈黙が落ちた。 各国の支配者層、武の頂点、知の巨人、そして海千山千の曲者たち。 これらが一堂に会するのだ。赤ん坊のヒイロを中心にして。
「……では、最後にヒイロの側仕えたちの配置について確認しましょう」
リリアが話を切り替えると、ライラが居住まいを正した。
「アルトリウスは、私の傍、つまりヒイロ様の玉座の最も近くに配置します。14歳とはいえ、その剣技と胆力は本物です。いざという時、私が敵に向かう間、ヒイロ様の盾として機能するでしょう」
「頼もしいわね。ミラベルについては?」
「私と共にヒイロ様の後方に控えます」
侍女長のエラーラが、厳格な表情で続けた。
「まだ幼いですが、この数週間で宮廷のマナーも、侍女としての心構えも叩き込みました。ヒイロ様の身の回りの世話だけでなく、背後からの不穏な動きにも目を光らせるよう教育済みです」
「そして……テオラス君ですが」
外務大臣のミラナが、扇子を開いてふふっと笑った。
「彼には、私と一緒にヒイロ様への挨拶をする人たちが待つ『待機列』の対応についてもらいますわ」
ルシラが不思議に思った顔をして尋ねる。
「待機列、ですか?」
「ええ。リンディスさんからのたっての希望でね。『テオラスは将来、ヒイロ様が交流する際の一助にできれば』と。まだ6歳ですが、あの物怖じしない知性と愛嬌は、待機列で待つ各国の要人たちの退屈を紛らわせ、情報を引き出すにはうってつけですわ」
「なるほど、リンディスらしい教育ね」
私は苦笑した。 アルトリウス、ミラベル、テオラス。ヒイロを守るために集められた次世代の子供たちもまた、この怪物たちの宴でそれぞれの戦いに臨もうとしているのだ。
「……凄まじい顔ぶれね」
私は溜息をつき、そして微笑んだ。
「でも、これだけの者たちが集まるということは、それだけヒイロに、そしてエヴェリン王国に価値があるということの証明よ」
私は娘たちを見渡した。
「クラリス、ルミナ、セラフィナ、ヴァレリア。……よく見ておきなさい。これが、世界よ。貴女たちが守り、そして渡り合っていくべき相手たちです」
「「「「はい、母上!」」」」
娘たちが力強く返事をする。 侍女長のエラーラと先代のエリシアも、静かに覚悟を決めた目をしていた。
「さあ、迎え撃つわよ。最高のおもてなしと、鉄壁の守りでね」
決戦は来週。 私たちは、歴史に残るであろう宴の準備へと、全力で走り出した。
だんだんと各国の登場人物が出てきました。
何気に登場人物のプロフィール考えてる時がめちゃ楽しいですね。




