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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長と英雄たちの群像劇~  作者: 五十六


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第117話「点と線を結ぶ地図」

大陸歴 2792年 2月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王立図書館 / セラフィナ=エヴェリン(エヴェリン王国 第三王女 10歳 女性)


王立図書館の最奥に位置する特別閲覧室。高い天井まで届く本棚に囲まれた静寂な空間で、私は机の上に広げた古文書と格闘していた。 ランプの灯りを頼りに、ページをめくる指先が微かに黒く汚れている。


探しているのは、光の同盟諸国における生命の誕生や成長に関する儀式や伝承についての記述だ。 昨日、魔法省の研究室でルミナお姉様やエルドリン大臣が導き出した『ヒイロの能力は生命の神秘に共鳴する』という仮説。それを裏付けるための過去の文献を、私は一人で集めていた。


だが、作業は難航していた。エテルニアのように神学研究が中心学問であれば、先日ソフィアさんから見せてもらった書物のように読みやすいものがあるのだろうが、光の同盟諸国の土着の精霊信仰や他国の古い儀式に関する正確な記録は、膨大な蔵書の中に埋もれている。


小さく息を吐き出して目をこすった時、車輪が床を擦る静かな音が近づいてきた。


「セラフィナ殿下。今日はまた一段と難しい顔をされていますね。何をお探しですか?」


本棚の陰から現れたのは、車いすに乗った大柄な女性だった。


王立図書館で司書として働いている、ヘレナ・ヴァインクレスト。 彼女については、少しだけ知っている。武門であるヴァインクレスト子爵家の縁者であり、かつては騎士の道を進んでいたが、戦傷で両足を失い、この図書館で司書の道を選んだ人だ。 もうだいぶ長く司書をしているはずだが、車いすの車輪を回すその両腕は、女性とは思えないほど太く、逞しい筋肉に覆われていた。


「ヘレナさん」


私は顔を上げ、机の上に積み上がった本の山を指し示した。


「各国の古い信仰や、命の誕生に関わる儀式の記録を探しているのです。昨日、魔法省で出た仮説の裏付けを取りたくて」


「なるほど。それはまた、骨の折れる作業ですね」


ヘレナさんは車いすを机のそばまで寄せ、数冊の本の背表紙を眺めた。


私は手元のノートに目を落とし、ふと、胸の奥に溜まっていた重たい塊が口をついて出てしまった。


「ルミナお姉様やエルドリン大臣の思考の速さには、どうしてもついていけないので......。私には特別なWordもないし、素晴らしい閃きもありません。だから、せめて情報を集めることくらいは頑張らないと、みんなの役に立てないと思って」


言い終えてから、自分の情けなさに唇を噛んだ。 姉たちと自分を比べて落ち込むなんて、王族として恥ずかしいことだ。エリシアお祖母様にも、人と自分を比べないことを教えられたはずなのに。


その時、ヘレナさんの車いすがすっと前に進み出た。 驚く間もなく、彼女の太く力強い両腕が、私の小さな体をぎゅっと抱きしめた。


「えっ」


温かく、そして微かに古書の匂いがする胸に顔を埋められ、私は目を丸くした。ヘレナさんは何も言わず、ただ力強く、不器用な優しさで私を抱きしめ続けている。


「ヘレナ、さん?」


「人には、できることとできないこと、向き不向きがあるのでしょうね、殿下」


頭の上から、落ち着いた低い声が降ってきた。


「ルミナ殿下やエルドリン大臣は、確かに天才でしょう。彼らは未知の事象を解き明かす研究者として、類まれなる才能を持っています」


ヘレナさんは私の背中を大きな掌でゆっくりと撫でた。


「研究者というものは、常に誰も足を踏み入れたことのない領域に挑む者たちです。まだ誰も知らない謎に対して仮説を立て、実験を繰り返し、新しい真理を深い霧の中から見つけ出す。彼らの視線は、一つの事象をどこまでも深く、突き詰めるように向けられているのでしょう。真っ暗な闇の中に、新しい光の点を見つけ出す存在なのですね」


その言葉は、まさに昨日、魔法省の研究室で見た二人の姿そのものだった。 既存の常識にとらわれず、新しい発見に歓喜して突き進む姿。


「ですが、セラフィナ殿下。貴女は彼らとは違います」


ヘレナさんは私をそっと離し、両肩を掴んで、真剣な眼差しで私の目を見つめた。


「貴女は学者になるのであれば、彼らを遥かに凌ぐ素質を持っていらっしゃるでしょう」


「私が、学者ですか?」


「ええ。学者とは、先人たちが遺した膨大な知識を読み解き、それらを正しく繋ぎ合わせる者たちのことですね。研究者が点として新しい知を生み出す存在なら、学者はその点と点を結んで線にし、誰もが道に迷わないための大きな地図を描き出す存在なのでしょう」


ヘレナさんの言葉が、真っ直ぐに胸の奥へと響いていく。


「貴女のように全体を見渡す広い視野がなければ、彼らが見つけた新しい発見も、ただの珍しい出来事として歴史の波に消えてしまうでしょうね。両者がいて初めて、人類の知識は後世へと受け継がれていくのですよ」


その言葉を聞いた瞬間。 ずっと私の胸の奥で燻っていた、ルミナお姉様の圧倒的な才能に届かないという劣等感。自分には何もないという無力感。 それが、温かい光に照らされて溶けていくのを感じた。


視界が歪む。 気がつけば、私の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。


「うぅ、ひっく」


声を上げて泣くなんて、いつ以来だろうか。 私は眼鏡を外し、手の甲で必死に涙を拭った。それでも、涙は後から後から溢れて止まらなかった。 ヘレナさんは無言のまま、懐からハンカチを取り出して私の頬を優しく拭ってくれた。


「ありがとうございます、ヘレナさん」


しゃくり上げながらも、私は彼女の目を見て礼を言った。 私の長所。本を読むこと。知識を蓄えること。 それは決して無駄なことではない。ヒイロを守り、彼のもたらす奇跡を世界が理解できる巨大な地図として描き出すのは、私にしかできない役割なのだ。


「落ち着きましたか?」


ヘレナさんがふっと口元を緩めた。私は深く頷き、眼鏡をかけ直した。


「ええ。泣いてしまって、恥ずかしいです」


「いいえ。泣けるのは心が動いている証拠ですね。さて、その立派な地図を描くための材料探し、私も手伝いましょう」


ヘレナさんは車いすを器用に旋回させ、本棚の方へ向かった。


「光の同盟諸国の生命の誕生に関する儀式ですね。それなら、あちらの棚にあるティルナリアの精霊信仰の記録と、歴史書の第四棚にあるカマラソラ公国の神話が参考になるでしょう。この図書館の蔵書なら、私の頭の中にも大方入っていますからね」


「まあ! それはとても心強いです」


私はノートとペンを手に取り、彼女の横に並んだ。


「ヒイロのために、一緒に最高の地図を描き上げましょう」


ヘレナさんの頼もしい背中を見つめながら、私は力強く頷いた。 誰かのために自分の持てる力を捧げようとする彼女の姿に、かつて剣を振るっていた誇り高き騎士の面影を見た気がした。 私だけの戦い方。私にしかできない役割。 静寂な図書館の中で、私は生きる場所を見つけられたような気がした。


研究者と学者って一緒にされがちだけど全く違う特性が必要だと思います。


ビジネス的には新規事業開発は0⇒1ができる人、既存事業の成長ができる人は1⇒100にできる人だと言われますが、これは研究者と学者の適性の違いな気がします。


既に存在してる製品を別の市場に展開するときに、まるで新製品の展開のように一から新しいことしようとして失敗する人とか多いですよね。逆に既存事業を長くやってた人が新規事業開発しようとしても、既存の何かを活かそうという観点でしか考えられなかったり(-ω-;)ウーン


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