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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長と英雄たちの群像劇~  作者: 五十六


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第112話「見えざる観測者たち」

大陸歴 2792年 1月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 大神殿 / ルミナ=エヴェリン(エヴェリン王国 第二王女 11歳 女性)


「静かにね、エルドリン。ライラ団長がこっち見てるよ」


「分かってるよぉ。僕の作った『完全隠蔽の幻影外套ミラージュ・クローク』を信じてよ」


大神殿の天井高くそびえる純白の大理石の柱の陰で、ボクとエルドリンは一つのマントを一緒にすっぽりと被り、息を潜めていた。


今日は去年生まれた子供たちが「一歳」になったことを神様に報告する、祝福の儀式の日。神聖な儀式だから参加できるのは親と子だけなんて言われて、王女とはいえボクたちはお留守番を命じられちゃったんだけど……そんなのおとなしく聞いていられるわけがないじゃん。だって、ヒイロの魔力データを生で取れる絶好のチャンスなんだから!


エルドリンの外套が張る遮断フィールドのおかげで、入り口でぐずる子供たちに笑顔を見せながらも、油断なく周囲をしっかり警戒しているライラ団長も、ボクたちの存在には全く気づいていないみたいだ。


「ふふっ。上手く潜入できたね」


「当然だよ。でも、あんまり動くと魔力の揺らぎでバレちゃうから気を付けてね、ルミナちゃん」


ボクはこくりと頷き、意識をさらに集中させる。 すでにボクのWord『Scale(秤)』は測定を開始している。空間の魔力濃度、波長の揺らぎ、わずかな変化すら、ボクの頭の中には精密な数値としてリアルタイムで流れ込んでくる。


祭壇の方へ視線を向ける。 大神殿の中は、息を呑むほどに美しく、そして厳か……なんてことは全然なかった。


色鮮やかなステンドグラスを通して差し込む冬の光や、パイプオルガンの重厚な音色は確かに神聖なんだけど、それに負けじとあちこちから元気な赤ん坊の泣き声が響き渡っている。


中央には純白の法衣を纏った神官長のテレジアさんが立っているけれど、その前に並んでいるのは、去年生まれた子供たちを抱えた貴族や市民の親たちだ。慣れない空気に怯えて泣き叫ぶ子、きょろきょろして隣の子にちょっかいを出す子。 親たちも必死にあやしてはいるものの、「まあ、赤ちゃんだし泣いても仕方ないよね」とお互いに苦笑いして許容し合っているような、子育て世代特有の温かくて賑やかな空気が流れていた。


その一番前の特等席に、母上アウローラ父上エリオンの姿を発見した。 父上の腕の中には、テレジアさんの娘のユリアちゃんが抱かれている。テレジアさんは儀式で忙しいから、父上が代わりにお世話してるんだね。 そして、母上の腕の中には……ボクの大切な弟であり、最高に興味深い研究対象であるヒイロの姿があった。


ボクは『Scale(秤)』の焦点を、ヒイロ一人にぎゅっと絞り込む。


やっぱりヒイロは、他の赤ん坊たちとは明らかに違う。泣くこともぐずることもなく、大きな瞳で静かに祭壇の方を見つめているんだ。まるで儀式の意味を理解して、この神殿の空気を全身で解析しているみたいに。 時折、ヒイロが視線を動かして、ボクたちが隠れている柱の陰をジッと見つめてくる。その度に、心臓がドキッとする。


(もしかして、気づかれてる?)


エルドリンの隠蔽フィールドは完璧なはずなのに、あの黒曜石みたいな瞳に見つめられると、姿だけでなく心の中まで見透かされてるみたいな錯覚に陥っちゃうよ。


「おお、偉大なる光の精霊よ。そして世界を照らす神々よ。ここに集いし新しき命に、健やかなる成長と加護を与えたまえ」


テレジアさんの透き通るような声が神殿に響き渡り、祈りの言葉に合わせて、神殿内の魔力が大きく波打ち始める。


その時だった。


(来たっ!)


ボクの『Scale(秤)』の数値が、ありえない勢いで跳ね上がった。 発信源はヒイロだ。テレジアさんの祈りの波長に完全に呼応して、ヒイロの身体から黄金色の魔力が陽炎みたいに立ち昇り始めた。


「うわっ、すごい! エルドリンも今のデータ取れてる!?」


「やってる、やってるよ! なんだこの波長は!? 周囲の神聖な空気を吸い上げて、自分の魔力と共鳴させて拡張してるみたいだ!」


隠し持ってきた計測器の針が振り切れるのを見て、エルドリンも声を押し殺しながらテンション爆上がりだ。


(やっぱりだ。ヒイロの『Holy(聖)』の能力は、神殿みたいな場所や、祈りっていう『事象』に強くリンクして活性化するんだ!)


前に部屋で魔力ロッドを光らせた時とは比べ物にならないくらい、深く、広範な魔力の共鳴。ヒイロの周囲だけ、光の粒子がキラキラと物理的に舞っているようにすら見える。 ボクはバクバク鳴る心臓を抑えながら、この最高に貴重なデータを『Scale(秤)』で一滴残らず測り取っていった。


儀式自体は子供たちがぐずらないように配慮されているから、あっという間に終了した。 テレジアさんの祈りが終わると、最後に母上が参加者たちに向かって歩み出る。


「皆様、本日はまことにおめでとうございます」


母上の凛とした声が神殿に響いた。


「ここにいる子供たちは皆、我が息子ヒイロと同い年になります。これからの時代を共に歩み、共にエヴェリンの未来を創っていく、私たちにとって極めて重要な世代となることでしょう。彼らの輝かしい未来に、改めて祝福を」


温かい拍手が巻き起こる。 うん、素晴らしいスピーチだね。でも、ボクの興味はもう次の段階に移っちゃってる。


儀式が終わって、母上とヒイロ、そして父上とユリアちゃんが、他の人たちより先に神殿の出口へ向かって歩き出した。


「エルドリン。ヒイロの魔力、まだ高い水準で活性化しっぱなしだよ」


「本当だ。この余韻の状態のデータも欲しいね。ちょっとだけ近づいて、直接触れてみようか」


「うん!」


研究者としての知的好奇心が、駆り立ててくる。ボクたちは遮断フィールドを維持したまま柱の陰からこっそり抜け出して、通路を歩いてくるヒイロたちに接近する。


すぐ近くまで忍び寄っても、母上も父上も気づいていない。ヒイロだけは母上の腕の中からボクたちの方をじっと見ている気がするけど、そんなこと気にしてられない! ボクは隠蔽マントの中からそっと手を伸ばし、ヒイロのぷにぷにのほっぺたに触れようとした。


(あと少し! これで直接の波長が測れる……!)


その瞬間だった。


グイッ!


「んっ!?」


ボクたちの足元……神殿の床に落ちていた「影」の中から、ぬるりと黒い手みたいなものが何本も伸びてきて、ボクの足首、そして伸ばした手と口までもガッチリと縛り上げたのだ。


「むぐっ!?」


突然の拘束にバランスを崩したボクは、あっけなく倒れ込んでしまい、隣にいたエルドリンを巻き込んで一緒にこけた。その拍子に羽織っていた『完全隠蔽の幻影外套ミラージュ・クローク』も効力をなくしてしまった。


「ああっ、ちょっ、ルミナちゃ……!」


魔道具の隠蔽フィールドが消滅。ボクと、マントを引っぺがされてすっ転んだエルドリンが、いきなり現れたような形になった。


「何事か!!」


一番に反応したのは入り口にいたライラ団長だ。凄い形相で剣の柄に手をかけ、猛ダッシュでこっちへ飛んでくる。 でも、それより早く。 ボクを捕らえた影の中から、深〜い呆れため息と一緒にセラ副団長がスッと実体化して、ヒイロを守るように立ち塞がった。


「たく。『影縛り』が発動したから何が起きたかと思ったら。このマッドサイエンティストどもが」


セラさんがジト目でボクたちを見下ろしてくる。 駆けつけてきたライラ団長も、ボクたちの顔を見た瞬間、剣から手を離してカクッと肩を落とした。


「ルミナ王女殿下に、エルドリン大臣。あなたたちですか」


周囲の空気が、一瞬のピリッとした緊張から「またこいつらか」っていう深い呆れの空気へと一気に変わる。


「何をしているの、貴方たち」


ヒイロを抱いた母上が、絶対零度の声でボクたちを見下ろした。その顔、尋ねてはいるけど、すでに理由の予想が完全に付いちゃってる顔だ。影の拘束が解け、ボクとエルドリンは慌てて起き上がった。


「あはは、その、ね」


ボクは引きつった笑いを浮かべるしかない。


「ヒイロがこの儀式で何か普通と違う現象を起こすんじゃないかって、計測したかったの。ほら、神聖な場所だし、ヒイロの能力は『Holy(聖)』だからさ! 絶対なんかあるって思うじゃん!」


「そ、そうだよ! 実際にものすごいデータが取れたんだから! これは国家的な大発見で、痛っ!?」


エルドリンが必死に言い訳してる途中で、セラさんが影の手で彼をポンとたたいた。


「それなら、最初からそう言ってきなさい」


母上がやれやれって感じでため息をついて、ボクたちを軽く睨みつける。


「貴方たちの探求心は買っているけれど、護衛たちを無駄に緊張させるような真似は控えるように。もしセラが止めていなかったら、ライラに斬られていたかもしれないわよ?」


その言葉に、ライラ団長が何も言わずに大きく、そして力強くコクリと頷いた。こめかみには青筋が浮かんでいる。


「ご、ごめんなさい」


ボクはしゅんとして素直に謝った。


「あーうー」


母上の腕の中で、ヒイロが「しょうがない姉だな」とでも言いたげな顔で、呆れたようにボクを見てくる。


(でも、収穫は十分すぎたよ!)


ボクは心の中で思いっきりガッツポーズをした。 ヒイロの『Holy(聖)』は、やはり神殿みたいな神聖な場所に行ったり、祈りっていう事象に触れたりすると、強く影響を受けて活性化するみたいだ。ヒイロっていう謎に満ちた弟は、ホントに最高で最強の研究対象だね!


「さあ、帰るわよ。貴方たちも、後でちゃんとお祝いの晩餐には参加しなさいね」


母上が呆れ顔で歩き出し、父上たちも苦笑しながらそれに続く。 ボクとエルドリンは、顔を見合わせてニシシと笑い合った。


「すごいデータが取れたね、エルドリン!」


「ああ! 帰ってすぐに解析しよう! 晩餐会の前にやることができたよ!」


ボクたちの知的好奇心に、完全に火がついちゃった。 さあ、早く研究室に戻って、この素晴らしいデータの山を解き明かさなきゃ!


透明マントへの憧れ

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