第110話「ヴァルクールの凱旋歌」
大陸歴 2791年 12月 / ドラコニア帝国 西部領 大要塞 広場 / ロセリン・マクドレイ(ヴァルクール公国 新兵・騎兵隊長 16歳 女性)
冷たい冬の風が、容赦なく肌を刺す。
ドラコニアから奪い取ったばかりの大要塞。その中央に広がる大広間のど真ん中で、俺たち輸送護衛部隊の生き残り三百名は、冷たい石畳の上に一塊になって正座させられていた。
命からがら、文字通り身ぐるみ剥がされて大要塞に逃げ込んだ俺たちは、あり合わせの布切れや、ドラコニア兵が残していったボロボロの平服などを着せられている。誇り高きヴァルクールの騎士の面影など微塵もなく、まるで敵国に捕らえられた惨めな捕虜のようだった。
「……寒いわね。それに、なんで私たちがこんな晒し者にされないといけないのよ」
隣で正座している親友のミレイスが、ガチガチと歯の根を鳴らしながら小声でぼやいた。彼女も薄汚れた布を頭から被り、普段の姫騎士のような美貌は見る影もない。
「我慢しろ。生きて帰れただけでも儲けもんだ」
俺は前を向いたまま小声で返した。 俺たち三百人の座る広場には、要塞に集結してきたヴァルクール軍の全軍が続々と集まってきている。彼らはドラコニアの要塞を落とし、各地の街や村で莫大な戦利品を獲得し、ここまでほとんど勝ちっぱなしで戦い続けてきた。その圧倒的な高揚感と熱気で、冬の広場はむせ返るようだった。
「お前らのせいで勝ち戦が台無しになった!」と罵声を浴びせられる覚悟はしていた。 だが、不思議なことに彼らの視線に軽蔑や怒りはなかった。
『お前らも不運だったな……』
『ほら、これでも羽織っとけ』
竜王旗と『鉄砂嵐』の旗を掲げた集団に俺たちが襲撃されたのは、大要塞にいた兵士たちや、本隊の斥候たちも遠目から確認していたらしい。 前線で戦う彼らだからこそ、あんな規格外のバケモノどもに追い掛け回されることの凄まじさを理解して、同情的になってくれているのだろう。「寒そうだから」と、自分達のマントや毛布を羽織らせてくれる先輩方もいたほどだ。
やがて、広場の正面に設けられた壇上に、グウェンドリン様と、その背後に控える鬼ババアが姿を現した。 ざわついていた広場が、水を打ったように静まり返る。
その鬼ババアこと、老軍師ヒルダが、ゆっくりと前に進み出た。 深く暗い皺の刻まれた顔で全軍を見渡し、魔道具を通して広場中に響き渡る声で演説を始めた。
「皆の者、よく聞け! 我らヴァルクール公国は、この地を守るドラコニア将兵三万を見事に粉砕し、西部の要であるこの大要塞を制圧した! さらには、多くの敵都市から莫大な戦利品を得た! ……これは間違いなく、我が軍の大勝利である!!」
『おおおおおっ!!』
ヒルダの宣言に、ヴァルクールの騎士たちが熱狂的な歓声を上げた。 だが、ヒルダがスッと右手を上げると、再び静寂が戻った。
「じゃが! 諸君も知っての通り、我々は後方からの補給線を失った。……敵の執政官、リリス・ドラコニアの本軍五万が、補給を失った我々とわざわざ野戦で正面決戦などしてくれるはずがない。奴らは遠巻きに包囲し、飢えて弱った我々をただ屠るだけで良いのだからな」
兵士たちの間に、納得と緊張のどよめきが広がる。今のヴァルクールの騎士たちに、この状況が分からない者はいない。
「ゆえに……我々は、これより全軍撤退する! ……その責任は、そこで捕虜のように座っておる補給部隊の者たちには問わん。襲ってきたのはアスラの最強戦力『鉄砂嵐』の本隊じゃ、しかも竜王旗まで掲げていたという。10倍近い数の鉄砂嵐と戦っても、皆殺しにされるのが関の山じゃからの」
(……鬼ババアめ)
最初から俺たちを死地に送り込んだくせに、さも寛大な処置をしているように振る舞う見せ方に、俺は内心で悪態をついた。
ヒルダが一歩下がると、今度はグウェンドリン様がマントを翻して前に出た。
そして腹の底から、闘気に満ちた声を張り上げた。
「よいか! 我々は、敵を打ち破り、大要塞を落とした! まごうことなき大勝利である! そして我々は、このまま勝利の成果と戦利品を抱え、胸を張って祖国へと凱旋する!」
グウェンドリン様の言葉に、兵たちの熱が再び上がり始める。
「敵軍の追撃を避けるためにすぐに撤退するが、ただ帰るだけでは面白くない! 今から一時間、決戦ができなかった鬱憤の全てを、この大要塞にぶつけてしまえ!! 敵が二度とこの要塞を使えぬよう、徹底的に破壊し尽くすのだ!!」
『おおおおおおおおっ!!!』
ヴァルクールの騎士たちが、堰を切ったように怒号と歓声を上げた。 ドラコニアの本軍と戦えなかった不完全燃焼のエネルギーが、「破壊」という明確な目標を与えられて爆発したのだ。
「そこの三百名は、ヴァルクールに帰るまでは下働きだ。せいぜい皆のために荷物を担ぎ、こき使われろ! ……全軍、行動開始!!」
その号令と共に、大要塞は「破壊の宴」の会場と化した。 騎士たちは奪い取ったばかりの大要塞の内部施設を親の仇のようにボコボコに壊し始め、俺達は先輩たちに笑われながら、重い木箱を荷馬車へと積み込まされた。
***
破壊の宴が終わると、俺たちは敵の追撃を振り切るために大急ぎで全軍でヴァルクールへ向けて撤退を開始した。
行軍の途中、荷馬車の横を歩いていたミレイスが、後方を示して声をかけてきた。
「ロセリン。後ろを見てみなさいよ」
振り返ると、はるか後ろで土煙が上がっている。殿を務める後軍の部隊だ。 そこには、グウェンドリン王の旗が翻り、「もし敵が追ってきたら戦ってやる!」と意気込む血気盛んな歴戦の騎士たちが集結していた。
「……ヒルダ軍師のヤバさは嫌というほどわかったけど、うちの新しい王様も何気にすごいよね」
ミレイスが感心したように語りかける。
「天候を支配する『Rein(雨)』のWordに、大量の魔力。それに……私たちみたいな新兵や輸送部隊を安全な前方に先行させて、自分が一番危険な撤退時の後軍を率いるなんて。猪武者っていう噂が立ってたけど、王としての胆力や優しさもあるのね」
「……違いない」
俺も素直に頷いた。行軍を急いだだけでなく、グウェンドリン様が後方の地面に雨を降らせてぬかるみに変えながら撤退してくれたおかげで、ドラコニア軍はついに国境まで俺たちに追いつくことができなかった。
そして、一年がもうすぐ終わる年末のある日、俺たちはヴァルクール公国の王都ヴァレクーラへと生還を果たしたのだ。
***
年末の王都ヴァレクーラは、普通なら仕事納めも終わり、一年で最も静かな街並みになっているころだ。だが今は、異常なお祭り騒ぎとなっていた。
「ウオオオオオッ!! ヴァルクール公国万歳!」
「エテルナの槍に栄光あれ!!」
王都の大通りは、王都の住民たちだけでなく、国中から集まってきたかのような国民一同の大歓迎による凄まじい熱狂に包まれていた。その中を盛大なパレードの列が進む。パレードの先頭には討ち取ったドラコニアの猛将エンギュル・カーンの重厚な鎧兜が掲げられ、その後に続く荷車の列には、敵地から奪い取った大量の戦利品が山のように積まれている。
そして、勝ち戦を続けて無事に帰還した白銀の騎士たちの堂々たる行進。 沿道の最前列には、最初の野戦や攻城戦で負傷して先に帰還していた負傷兵たちも松葉杖をつきながら並び、「待ってたぞー!」「良く帰ってきたなぁ!」と涙ながらに大声でエールを送っている。
荷馬車の横を歩く俺の耳にも、その熱狂と喜びに満ちた声が次々と飛び込んでくる。
「すっげえ!! 俺も大きくなったら、絶対に騎士になるんだ!!」
沿道で目を輝かせて木剣を振り回す子供たち。
「おい、見たかあの戦利品の数! さすがは我が国の騎士様たちだ!!」
「今からでも兵士になれるのか!? 俺も次の戦いには絶対に参加して手柄を立ててやるぞ!」
興奮気味に語り合い、歓声を上げる若者たち。
誰もが笑顔で、この輝かしい勝利に酔いしれていた。国中が誇りと喜びに満ち溢れ、まるで世界そのものが光り輝いているかのような錯覚さえ覚える。
(……やれやれ、とんでもない熱気だな)
俺は熱狂する群衆を見上げながら、思わず口元を緩めた。 あんなバケモノみたいな敵から裸で逃げ周り、どうなることかと思ったが……こうして無事に故郷の土を踏み、この大歓声を浴びていると、生き残れたことのありがたみが心の底から湧き上がってくる。
「生きて帰れて、本当によかったわね、ロセリン」
隣を歩くミレイスも、晴れやかな笑顔で群衆に手を振り返している。
「ああ。全くだぜ」
俺は大きく深呼吸をした。 大歓声と熱狂のど真ん中にいて、人々の笑顔と歓喜の声に全身を包まれていると、ようやくあの地獄から生き残って帰ってこられたのだという実感が、体の奥底からじんわりと湧き上がってくるのを感じていた。
(……とはいえ、もう戦場なんて絶対にこりごりだぜ。一生分走ったし、一生分ビビり散らかした。俺はこれでお役御免なんだから、この後は無能な騎士ってことになって、ぬくぬくと安全な後方で平和に生き抜いてやるからな)
大勝利の凱旋パレードの熱気の中で、俺の心も少しは暖かくなってきた気がした。
大勝利の凱旋は大盛り上がりですね。国によっては凱旋門とか建てちゃいますからね。
現代でいうとワールドカップとかも近い雰囲気かもしれません。




