第104話「雲のあとに太陽は昇る」
大陸歴 2791年 12月 / ドラコニア帝国 西部領 野営地本陣 / アマリス・ドラコニア(ドラコニア帝国 小王女 25歳 女性)
冷え切った冬の風が、本陣の巨大な天幕をバタバタと荒々しく揺らしている。 天幕の中央に広げられた戦術地図を囲むのは、西部執政官であり私の師匠であるリリス様、私、ゼニス・アシュラとカリマ・クラ。さらに西部軍の将たちや、先日大要塞を奪われ敗軍の将として謹慎の身でありながら、現地の状況報告のために末席に控えているヴィララ・クランの姿もあった。
「報告します! 大都市ガルバをはじめ、アンダルやオルスなど複数の街や村々が次々と敵の手に落ち、略奪の限りを尽くされております!」
「報告! 焼け出された避難民が大挙して東へと逃れてきており、街道は難民たちで埋め尽くされております!」
血相を変えた伝令たちが、ひっきりなしに天幕へと駆け込んでくる。
西部軍の将の一人が、戦術地図を睨みながら呻いた。
「報告を元に考えますと、敵部隊は軍を分けて我々の予想以上に広範囲に同時に進軍しているようです。……我々が軍を差し向けないとでも思っているのでしょうか?」
戦線をここまで急速に広げるなど、通常の軍略ではありえない。 これは、我々を誘っているのか……?怒りに任せて突出してきた我が軍を、伸び切った戦線のどこかに誘い込み、罠にかけるつもりなのだろうか……。
重苦しい空気が漂う中、新たな伝令が飛び込んできた。だが、その声色には先ほどまでの絶望感はなく、確かな熱がこもっていた。
「急報! 朗報であります! 北部方面にて、アスラ連邦の馬賊と思われる荒くれ者の集団が敵軍と激突! ヴァルクールの騎士団を打ち破り、北から見事に追い返しております!」
その報告に、天幕の空気が一変した。
「ハッ! あの白銀の気取った騎士団どもに正面からぶつかって追い返すような荒くれ者の馬賊なんざ、ゼリカ・アフレイムのところくらいだろうさ」
アスラ連邦の執政官ゼニスが、獰猛な笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「ゼリカ・アフレイムとは何者だ?」
私が尋ねると、ゼニスの隣に控える副官のカリマが静かに答えた。
「悪名高き馬賊の頭目です。私も何度か会ったことがありますが、根は純粋な女です。ただ、彼女は幼少期からの貧困の中で、生き延びるために人から奪うことを覚えたような女ですので、強いものが力で奪うことを何も悪いことと思っておりません。アスラ連邦からは極悪人として追いやられたのですが、こちらに来ていたようですね」
(純粋な強さの信奉者……。いかにもアスラらしい獣だ)
馬賊にも骨がある者がいるな、などと西部軍の諸将が語っていたところに、また新たな伝令が飛び込んできた。
「報告です! 隠居されていたムーラン元将軍が、周辺都市の警備兵や逃げ延びた女たちをかき集めて南部に防衛線を構築! 敵軍の進軍を食い止めております!」
「なんと!! ムーラン・ナスム殿が西部にいらっしゃったのか!!」
諸将から驚きの声が上がる。
リリス師匠も杖を強く握りしめながら喜びに満ちた声を上げた。
「よし! すぐにムーラン殿の元へ一万の兵を送る! ムーラン殿がいらっしゃるなら南側はすべて彼女に任せられる!」
「師匠。貴女がそこまで手放しで評価する、ムーラン・ナスム殿とはどのような方なのですか?」
私が尋ねると、師匠は笑顔で、誇らしい話をするように説明してくれた。
「もう引退して10年以上は経つが、母に付き従って数多の戦に従軍した歴戦の人物だ。サングラビア、モリガノン、モンタリア、トルヴァードと、ムーラン殿は今の炎盟に所属する国々を征服した戦争の全てに従軍し、結果を残し続けたのだ。彼女は小柄な犬系の獣人で、ぱっと見は軍人なんかには見えないんだがね。なんの血縁もWordもない身で、一兵卒からたたき上げで将軍にまで上り詰めた女傑だよ。彼女の経験に裏打ちされた戦場での嗅覚と、万を超える兵を率いることのできる手腕は、間違いなく今の我々の助けになる」
(悪名高き馬賊の頭目に、一兵卒から上り詰めた老練な元将軍。……面白い)
乱世の戦場には、まだ私の知らない様々な強者が眠っているのだな。
「盤面は見えた」
師匠が戦術地図を杖で叩き、力強く宣言した。
「我が本隊は、大要塞へ向けて真っすぐ進軍する。我々本隊が巨大な囮かつ圧倒的な圧力となり、散開した敵軍を押しつぶす役割を果たす。……南部は一万の兵をムーラン元将軍に送り、指揮を任せる。そして……」
師匠の冷徹な知将の眼光が、私に向けられた。
「敵のあの無謀な散開進軍を支えている『命綱』が何かは明白だ。どんな砂漠も荒野も踏破するヒルダの『ラクダ部隊』。……アマリス」
「はい。私が『鉄砂嵐』を率いて、敵の補給線を急襲しましょう」
私が即答すると、師匠は満足げに頷いた。
「師匠。出陣の前に、一つ要望があります」
私は一歩進み出ると、末席で身を縮めていた敗軍の将を一瞥した。
「そこにいるヴィララ・クランを、私の副官として採用したい」
「「えっ?」」
ゼニスや他の西部軍の将たちが、一斉に怪訝な顔をして驚きの声を上げた。 無理もない。ヴィララは評判の悪い女だ。しかも、大要塞を落とされたばかりの敗軍の将である。 なんでそんな女を?という雰囲気だ。だが、将たちからすれば「使い道がない小物」という印象が強すぎるため、誰も私の提案に強く反対しようとする者はいなかった。
当のヴィララ本人は声も出せず、ただ信じられないといった様子で目を見開いて驚いている。
リリス師匠は、私の目論見を見透かしたようにニヤリと笑った。
「……よかろう。了承する」
師匠はそう告げると、各将に向けて号令を発した。
「では軍議はこれまでとする! 各将、進軍せよ!」
「「「はっ!」」」
「……アマリス。お前は少し残れ」
将たちが一斉に天幕を出ていく。 ヴィララは何か私に声をかけたそうにしていたが、ゼニスとカリマに両脇から連れられて出て行った。
天幕に私と師匠だけが残されると、師匠は静かに口を開いた。
「……さっきのゼリカやムーラン殿に興味を持つこともそうだし、あのヴィララを副官にしたいというのも、去年のお前なら口にしなかったことだろうな」
師匠の言葉に、私はフッと口角を上げた。
「……少しだけ、他人に興味を持つようになったようです」
私の言葉に、師匠は「成長したものだ」と目を細め、静かに、しかし厳しい声で忠告した。
「だが、アマリスよ。あのヒルダが、己の命綱である補給線を無防備にしているはずがない。ラクダ部隊の襲撃は危険だ。罠があるかもしれん、深入りはするなよ」
「承知しております」
私は己の胸の奥で燃え盛る『Dragon(竜)』の熱情を抑え込みながら、深く頷いた。
大要塞を落とされ、同胞を蹂躙されたドラコニアの王族として、本来ならばヴァルクールへの激しい怒りを覚えなければならないのだろう。 だが、私の腹の底から湧き上がるこの感情は、怒りなどでは全くない。
これほどの盤面を描き、我が国を窮地に追い込んだヴァルクールの勇者たちと干戈を交えることができる……その圧倒的な高揚感で、胸がはち切れそうなほどに溢れていたのだ。
私は次なる一歩を踏み出すべく、熱く燃え盛る感情を胸に天幕を後にした。
「人材」に興味を持ち始めると、これまで見えてなかった人達に興味を持つようになります。管理職になったとたんにメンバーの特性とか能力、向き不向きとか考え始めるやつですね。
アマリスのもとに集まるのか、それとも敵対していくのか。




